「人間の盲腸ってさ、左右どっちにあるんだっけ」
「さぁ……」
と、絶対的なボケ(リーオン)が居ないせいか、グリードーとウォルフィは実にぐだぐだな会話を交わしていた。
が、それもディーノが来た事で終わりを告げ、そしていつもの日常とはちょっと違った事が待っていた。
「何か、リーオンが可笑しいみたいなんだけど」
ディーノは来るなりそう切り出したからだ。
その発言に、二名はちょっと顔を見合わせて、
「気にするなディーノ。それが普通なんだ」
「むしろまともだったら異常なんですよ」
きっぱり言い放ったその言葉は、親友同士の遠慮ない冗談、というよりは確定した紛れも無い事実として話していそうだった。
「いや、そうじゃなくて、リーオンがいつも変なのは知ってる……
じゃなくて!様子がちょっと違うんだって!」
「ディーノ。フォローなんてしなくていいんだぜ」
「そうそう。リーオンが変なのは仕方無い事ですから、気遣い無用ですよ」
「僕が今言いたいところはそこじゃないったらー!」
吼えるように言うディーノに、最初に比べて自己主張がしっかり出来るようになったなぁ、とグリードーは眼を細めるが、此処は絶対に成長を喜ぶべき場面ではない。
「で、様子がちょっと違うって、どんな?」
ウォルフィが先を促す。ディーノは、うん、とひとつ頷いて、
「さっき近くを通りかかった時、昼寝もしてないのにその場にじっとしていて、お腹でも痛くなった?って聞いたら少し考え事があるだけだから気にしないでって答えて……」
ディーノのその内容に、二名は何ぃ!?と激しく慟哭した。
「あいつが考え事!?あり得ねぇ!」
「ボケる事しか出来ない頭で何をどう悩むってんだよ!」
「……いや、二人とも……リーオンだって悩みくらいはあると思うよ……?」
とフォローを入れてはいるが、ディーノだって昼寝をしないでじっとしているリーオンを異常と思い、空腹だと決めた時点で同じ穴のムジナだろう。
「あいつの悩みって何があるよ。今日の晩飯は何かなぁとかか?」
「いや、その時はボーっとした眼で口を馬鹿みたいに開けてる筈だから。それに誤魔化したりしないだろう」
「なるほど」
ウォルフィの言葉にグリードーは深く頷いた。
「うーん、ほら例えばさ、」
具体例を探し、少し顎を摘んでいたディーノは、やおら人差し指をぴ、と上げて言った。
「恋の悩みとかもしれないじゃないか」
『恋ぃ!?』
二つの声が綺麗にハモり、次には爆発したような笑い声が発せられた。
「ぼっちゃんそれは無い!絶ーっ対に無い!だって、リーオンですよ!?恋だなんてまさかそんな……!」
ひー、苦しい、と薄っすら涙を浮かべ、腹を抱えながらウォルフィは言った。
「だってさ、グリードー達……友達にも言えないような悩み事だったらそれかなって……
メグが持ってきたマンガの登場人物がそんな感じだったしさ」
思いっきり笑われた事に、頬を紅潮させながらもディーノは言う。しかしウォルフィはそんな訳が無い、という代わりに手をばたばたと振った。
「あいつにそんな繊細な感情持つ隙間が無いって。なぁ、グリードー……って何を急に考え顔になってんだよ?」
さっきまで自分と大爆笑していたグリードーは、さっきのディーノみたいに指(とゆーか鉤爪)を顎に沿え、真面目な表情になっていた。
「ディーノの言う事も一理あるかもな、と思ってな。確かに俺らに何も言わないのが気になる」
「おい、ちょっと待てよ。ぼっちゃんが言い出したからって、ころっと意見変えるのかよお前は。サーガ馬鹿も大概にしとけよ」
ウォルフィも笑い顔だった表情を変え、強いて言えば睨むような物騒な顔でグリードーに詰め寄る。最初の頃こそ、こんな雰囲気になる度はらはらしたディーノだが、今はこれが彼らの通常のコミュニケーションだと解ってるので平然としていた。慣れとは怖いものである。
「誰がサーガ馬鹿だ。んなセリフはシロンやランシーンにでも言っとけ」
「姐さんは?」
「……言いたいか?」
「……言いたくないな……」
「……ねぇ、少し話逸れてるよ?」
控えめにディーノが言ってくれたので、は、と我に返った。
「だってあいつ、普段は煩いくらいに喧しいじゃねぇか」
「そりゃそうだけど、だからってリーオンが片想いしてるなんて発想が飛躍過ぎだっつーんだよ!だいたい相手に誰が居るってんだよ!」
それもそうだなぁ、と自分で言い出した事ながら、ディーノも悩んだ。が、グリードーは何やら思い当たったようだ。
「ワニの穴に同じ属性の女が居たよな。えーと、名前はアンナだっけか?」
「アンナぁ?」
名前を反復しただけだが、その声色と言った表情から肯定的ではないと窺える。むしろ逆だろう。ウォルフィはこれ以上は出来ない、ってくらいに顔を顰めて言った。
「お前、いくらなんでもそれは失礼だろ。当人に知られたら殺されても文句言えねーぜ?第一、アンナは部長が好きなんだよ」
「いやでも、この前なんか話盛り上がってたじゃねぇか」
「だーかーら、それは部長の事を話してたんだってば!その時俺も話に加わってたよ!」
「……ウォルフィ、お前なんでそんなムキになってんだ?」
「じじちゅ………っ事実を述べてるだけで、ムキになんかなってねぇよ」
「セリフ噛んだな」
「やかましー!
だいたい、もし本当にそうなら、「ウーたーん、オレ好きな人出来たけど、どーしたらいー?」って怖い顔情けなくして俺かグリードーに言ってくるに決まってんだろ!そんなデリケートな問題、一人で抱え切れるヤツじゃねぇんだから!」
「……ウォルフィ……」
「今度は何だよ!」
「今のリーオンのモノマネ……すっげぇ似てねーな」
「そこを取り上げてどうしたいつもりだ-------!!別に似せようと努力もしてねぇよ!」
会話のテンションがエキサイトしてきたので、ディーノは邪魔しないように、余分な葉を取り除く作業をしていた。あ、テントウムシだ。小さい生き物を見つけて、ディーノはほっこりと微笑んだ。その後ろでは大きな生き物が激しくコントみたいな会話の掛け合いをしているのだが。
「っだ-------!!もう、ぐちゃぐちゃするな!
解った!俺が直に聞いてくるよ!!」
と、ウォルフィは言い捨てるように言い、足音も勇ましく温室を後にした。グリードーはしばらくドアの方を見ていて、
「ディーノ。バラの状態はどんなものだ?」
「うん、いい具合だよ。今年も綺麗な花が咲きそうだ」
「それは良かった」
「バラもいいけど、もっと色んな花を植えたいなぁ。ここがずっと、花が咲いているように」
「あぁ、そりゃいい考えだ」
微笑を携えながら、ディーノの言葉に頷くこのグリードーを見たら、ウォルフィはさっきの言葉を訂正しただろう。
多分グリードーはサーガ馬鹿ではなくディーノ馬鹿だ。
リーオンの気に入る場所は、ウォルフィの気に入っている場所と対になっているような所が多い。ウォルフィは人気の少ない所を好むが、リーオンは誰かが通りかかるような場所でまったり寛いでいる。人気があって、よくあそこまで無防備で居られるなぁ、といっそ感心してしまうくらいだ。まぁ、そんな訳でリーオンを探すのは特殊な場合を除き(例:隙間にはまって出られなくなった)、酷く簡単な訳だ。
で、ウォルフィは文字通りあっと言う間にリーオンを見つけた。
が。
「……寝てるし」
苦々しくウォルフィの呟いた通り、腕を組んで座り込む姿勢のまま、リーオンは鼻提燈をぷかぷか浮かべて寝こけて居た。滅多に使わない頭使ったから、早急に休息を要したんだろう。自分で出した結論にうんうん、と頷くウォルフィ。
格好を見る限りでは、確かに深く考え込んでいたような痕跡を窺える。リーオンに悩み事がある、というのは強ちディーノの勘違いではなさそうだ。それが間違いで無いのなら、その理由もだろうか。
誰か、好きな人が出来た。
「……チクショウ」
ぼそ、と呟いた。
自分でもさっき叫んだ。ぐちゃぐちゃする。頭の中や、喉の奥が。そして、ウォルフィは知らず胸の所の鬣を握り締めていた。
なんでこんな気持ちになっているんだろう。この不快の原因はなんだ。
何も相談してくれないのがそれほどショックだったんだろうか。あるいは、もっと違う明確な理由でもあるのか。
ちら、と横を見たらリーオンが間抜けな顔ですやすや寝ている。その寝顔を見たら、なんか余計ぐちゃぐちゃしてきたような気がした。
とりあえず、原因はこいつで間違いない。
それははっきししたので、八つ当たりと起こす為に頭の天辺を思いっきりゴィンと殴った。
「!!!? いってぇぇぇぇぇぇぇ------------!!!」
本当に痛かったようで、リアクションがワンテンポ遅れた。
「いってーなウーたん!今本気で殴ったろ!!」
「おい、どっち向いてんだよ。俺はこっちだ」
寝惚けているのか、明後日の方向にガン飛ばしてるリーオンの後ろ髪を引っ掴んで、ぐい、とこっちに寄せる。
「うあぁぁぁ〜、マジ痛い……っ!」
痛みが後に引いているらしく、頭を抱えるように悶絶する。
明らかにいつもと力加減が違った。いつものを10だとすると今のは80くらいありそうだ。別にこれくらいの威力で殴ってちょうだいね、なんて決めては居ないが、いくらなんでも強くやり過ぎだと抗議しようとウォルフィに顔を向けたが、顔を見た瞬間、リーオンが止まる。
「ウーたん顔が怖い……」
かなり凶悪な顔だったらしく、リーオンが顔を引き攣らせて怯える。
「リーオン、ぼっちゃんが気にしてたんだけど、お前何か悩み事があるんだって?」
前置きもしないで、ウォルフィはさくっと本題に入った。発した声は必要以上に剣呑さを含んでいる。とても悩み事を聞きだすに相応しい顔とは思えない。
リーオンは言われた内容を把握するように、一回瞬きをした。
「……あぁ、うん、まぁちょっとね」
ぽりぽり、と頬を掻きながら、そう答えた。
「……何かあったのか?」
「別に言うような事じゃないし……」
と、言ってふぃっと顔を背ける。この時、ウォルフィの不機嫌度合いを観測するメーターは振り切れた。あっさり言って地味にキレたとも言う。
「うるせぇ」
と、ウォルフィは問答無用でリーオンの髭を掴み、左右に思いっきり引っ張った。
「俺はどうでもいいんだけどな、いいか、俺はどーでもいいけどぼっちゃんが心配してんだよ。だからさっさと吐け!」
「わひゃっひゃはらてぇはなひへ!はなひへっへはー!」
さっぱりな発音だが、付き合いが長いので今のセリフが「解ったから離して!離してってばー!」と喚いているのが解る。ぱ、と手を離すと伸びていた頬がぱちん、と元に戻る。
「あーあ、危うく真っ直ぐ歩けなくなる所だった」
髭を労わるように頬をすりすり擦る。
「でー?何を考え込んでいたんだ?」
「うーん、本当に大した事じゃないんだけどなぁ……」
「アンナか?」
「へっ?なんでそれが出てくるの?」
「いや、なんでもない」
「?」
「いーから早く言えっての」
そう言って、ぱかん、と殴った力はいつもの通りだった。ならさっきのは何だったんだ、とクエスチョンマークが浮かんだが、早く言わないと拳がまた頭を襲いそうなので、リーオンは言った。
「あのね、ウーたん」
「あぁ」
「ぼっちゃんの本読んだんだけど、昆虫ってのは頭と胸と銅に別れてて、胸から足が6本無くちゃ昆虫じゃないんだって」
「……あぁ」
「それで言うと、蜘蛛は昆虫じゃないって事らしいんだけど、昆虫じゃないんなら一体何だって話だよねぇ。
………って、ウーたん?」
そこには、さっきよりうんと怖い顔をしたウォルフィが立っていた。その背後に「怒」とかいう文字が見えそうなくらいだ。しかもデカいの。
「…………てめーはぁ……ンなくだらない事を延々ひらすら考えてたって言うのか………?」
「だっ、だから大した事じゃないって言ったじゃんか!オレ悪くないよ!?オレ悪くないよ!!?」
「じゃかぁしぃこのあほんだらがぁ--------!!えぇいいい機会だ!今日こそそのボケ根性、叩き直してやる!!」
すちゃ、と両手に得物を装着した。
げ、とそれを見たリーオンが血の気を無くして戦く。
「ちょ、ウーた……どえぇぇぇ--------!!」
シュキィ、とウォルフィの剣が早速襲い掛かってきた。空気の切れる音がした。
「な、なんでそんなに怒るんだよ------------!!」
「うるせぇうるせぇうるせぇうるせぇ-----------!!」
「だわわわわわ!」
口答えの隙も許さず次々と繰り出される凶刃を、リーオンは必死に避けていった。
「そういや、ウォルフィはリーオンに聞いたのかな」
グリードーと植える花の種類を相談していて、ふとディーノはそんな事を言った。
「多分聞けてると思……」
『待てぇ------!逃げるなこのヤロ---------!!』
『だって逃げなかったら斬られちゃうじゃん!!』
『当然だろ---------!!!』
そんな声がして、そっちを向けば剣をぶんまわしているウォルフィから、リーオンが命からがらって感じで逃げ回っていた。
「……止めなくていいの?」
ディーノは言ってみた。
「大丈夫だ。武器は使っても、本気で殺しはしない…………………と、いいな」
語尾が憶測ではなく希望になっている。
「………………」
ディーノは何も言えずに黙って命がけの鬼ごっこを眺める。
『グリたーん!ぼっちゃーん!助けてぇー!!!』
「……あ、こっち来た」
「……逃げるか」
「…………うん」
リーオンには悪いが、ここは当人だけで解決してもらう。
しかし、こんな物騒な事になっているというのに、ディーノは、ウォルフィの顔がどこか晴れ晴れしているよな気がしてならなかった。
後日談。
「ウーたんウーたん大変だ!蜘蛛って蟹の仲間なんだって!だからタランチュラとか焼いて食べると蟹の味がするんだってー!」
「お前まだそんな事、って、えぇぇぇぇぇぇ-------!!マジでか---------!!?」
「うん!だから蟹がなくなっても蜘蛛食えばいいよね!」
「え、安心する所?」
<おわり>
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