「リーオン!おい、リーオン!」
と、何処か不機嫌調に自分を呼んだのは、シロンだった。
今日は特別にクラブ活動でもなく、スパークス邸に皆を揃えて気ままに交流を楽しんでいる。そんな中、何だか眉間に皺を寄せているようなシロンに呼び止められ、リーオンは己の不運を呪わずには居られない。この後には大抵、いや確実に厄介な事が待っている。
「なんだよ、もー」
せめてもの抵抗に、迷惑で仕方無い、といった態度で返事をするが、それくらいの事を気にする俺様ではないのだ。
「……ちょっとアイツ探してきてくれよ」
「はぁ」
と何ともリーオンは気の抜けた声で返す。アイツ、と固有名詞はぼかしたが、その内容で誰を指しているかは解る。消去法なんてものを用いらなくても、シロンがこんな言い難そうに、けれど口にする相手はたった一人だ。
「って。部長探すなら、むしろオレよりお前の方がよくね?」
確かに自分は属性が同じだが、シロンはそれ所か相手の存在が干渉する立場なのだから、自分よりうんと居場所を感じられる筈である。これくらい、考えるまでも無いのだが。
「うっせーな!いいから探して来いつってんだろ!!」
「あー、はいはい、探すよ、探します」
何を照れてるのか意地を張ってるんだが。気に掛けているという事を、相手に知られて何の不都合があるんだろう。朋友はあんなにもサーガと親身になって話し合っているというのに、この差はどこから来るんだろうか。
(きっと、性格だな)
うんうん、と自分で出した結論に深く頷きながら、リーオンはてほてほと歩き出した。
とても回りとよく馴染むのに、その存在ははっきり解る程に主張している。シュウから出ている風は、そんな不思議な匂いがする。本人の性質をそのまま反映してるからだろう。それを辿ってリーオンは庭を歩いた。
(部長こんな所に居るのか?珍しいな……)
そんな事を思い出した。何故って、今居るのは、結構奥まった場所だからだ。特別に目的を持たなければ入ろうとしない場所、と言ってもいい。そして、この場所をよく愛用しているのはウォルフィだ。群れるのは嫌いなんだよ、と自ら言っているだけあって、たまには1人になりたいらしい。
部長が来てたと聞いたら、ウォルフィは別の場所を探すのだろうか。この敷地内ならまだいいけど、ちょっと離れた場所にされると困るな。そんな事を思った。そうしている内に、匂いの元へと辿り着いた。
「………あれ?」
ひょこっとまず顔だけ覗かせてみると、そこに居たのはシュウではなくウォルフィだった。瞑想するみたいに、目を綴じて座っている。
おかしいなー、と首を傾げながら、来た道を戻った。シロンは、さっきの場所から動かずに待っていたようだ。
「風のサーガは?」
リーオンの姿を見るなり、すぐさま訊いた。だから、そこまで気にするなら自分で探せよ、と心の中でひっそり毒づく。
「いやー、匂い辿ってみたんだけど、ウーたんだった。今度こっち探す」
「ちょっと、待て」
と、言って進もうとするリーオンの髪を掴んで強引に止めてくれたのは、シロンではなくランシーンだった。リボーンされた大きな竜の姿でどうして一瞬前まで存在を悟られずにいきなり現れたのか、その謎は誰も解けない。
「いってーなランシーン!何なんだよ!!」
かなり無遠慮に掴まれた、いや引っ張られたので結構痛かった。そのまま引っこ抜かれるんじゃ、とも思ったくらいだ。
「風のサーガと思わしき匂いを辿って、だが居たのがウェアウルフだったんだな?」
「そう言ったじゃんか!」
「……それは、何故だ?」
上のセリフをランシーンが発した時、リーオンは気温が急に下がったように思った。
「何故って……部長よく抱きつくから、匂いが移ったんじゃねぇの」
よく抱きつく、という下りでシロンのこめかみがヒクついたけど、見なかった事にしよう。
「馬鹿を言うな。それくらいの事なら、今までもあっただろう。……忌々しい限りだがな……」
ぼそ、とランシーンが呟いた時、この気温の以上低下の原因はこいつだ、とリーオンは確信した。した所でどうにも出来ないのだが。
「その時に、お前はウェアウルフと風のサーガを間違えたか?そんな事はなかっただろう」
「何が言いたいんだよ、お前ー。あと髪いい加減に離せって!」
「つまり」
ランシーンはリーオンの喚きを遮って(無視して)言う。
「それよりも、もっと匂いの浸み込む事を、あのオオカミはしたんじゃないだろうか」
「「え。」」
シロンとリーオンは同時に声を上げた。
(……抱きつくよりもっと匂いが浸み込むって、やっぱそれって……それって………!?)
有料放送で流しているよーな事をしたんだろーか。
あわわ、とそんな必要は多分無いだろうに、リーオンはそわそわしてきた。しかし、そんなリーオンよりシロンの方が大変な事になっていた。
「よぉ、ワル夫………」
その地を這うような声は、リーオンに恐怖の感情を呼び起こさせるのに十分だった。ビク!と身体が引き攣る。
「シ、シロン……?」
そんな恐る恐るなリーオンの声も、シロンは気に求めなかった。
「お前が何をしようとしているのか……とてもよく解るぜ。言ってやろうか?」
「ふん。珍しいな。私も同じ事を言おうとしていた」
「俺達、初めて気があったな」
「えぇ、心から」
ははははは、ふふふふふ、と2人の笑い声が不気味な不協和音を奏でる。リーオンは血の気が引いた。いかん、このままではウォルフィがこの世から消え去ってしまう!!!
「ちょちょちょ、落ち着けよ!まだ本当にそうだっていう確証はないんだろ!?」
「疑わしきは罰せよ、という言葉を知らんのか、マンティコア」
「額に稲妻型の傷跡がある少年が通う学校の校長はそれと反対の事言ってた!!3巻で!!!」
「容疑が挙ったってだけでもう十分なんだよ。だいたい、あのオオカミ、前から風のサーガにやたら触れやがって……!」
怒りに殺気立つシロンだが、触ってきたのはシュウの方だし、シュウがウォルフィに構うのはシロンの対応が(照れの裏返しで)素っ気無いからなのだが、それを言うとウォルフィの身を守る前に自分の命が危機に貧するので黙っておいた。
「と、とにかく!オレが確認してくるから!シメるのはそれからでもいいだろ!?むやみに部員傷付けたら、部長かなり怒ること間違いなしだぞ!!?」
「むぅ、それは確かに……」
「それはちょっとまずいな……」
当然、2名が危惧しているのはウォルフィがシロだった場合の事ではなく、シュウに怒られちゃうかもしれない、って事だ。
「んじゃそういう事で!行ってきます!!!」
2竜が考えを変えない内に、リーオンは大急ぎでウォルフィの元へ行った。
(ったくアイツら、部長の事となると本当に見境無くなるんだからなー!)
その情熱と意欲を是非正しい方に持って行ってもらいたいのだが、現実はそんなに甘くなかった。悲しい事に。
さっきとは違って急いだためか、あっと言う間にさっきの場所まで辿り着いた。後は、この角を曲がればウォルフィが居る。そうして訊けばいい。シュウと、つまり、その、えー、なんていうか、まぁぶっちゃけヤったのかって事を。
(ウーたんがやってる筈ないよなー。そりゃスキンシップがある分、親身に見えるけど、実質は坊ちゃん達とあんま変わらない……と、思うし)
でも、もし。
そうだったら、どうしよう。
そう思ってしまった途端、ぴたっとリーオンの足が止まった。
(いや、別にそれはそれでいーじゃん?誰かを好きになるって、いい事だし。無理やり諦めさせるよりは、オレはむしろ背中押してやりたい派だし。仲間なんだから、一番理解してやらないと……)
別にいいじゃないか。
2人が本当にそういう仲だったとしても。
ウォルフィがシュウを好きだとしても。
自分よりも
「こんな所で何座り込んでんだ?お前?」
「どぅえおぎゃ------------!!!
………って、ウーたんか!ビックリさせんなよ!!!!!」
「……つーか今の驚きっぷりに俺が驚いたわ」
2名とも、胸の辺りを押さえて戦いた顔をしている。
「んで?どうした?何か用か?」
「……いや、用っていうか……」
(って何誤魔化してんだよ!明らかにはっきりと用があるだろ!)
まるで頭からの命令を無視して喋ってしまっていた。こんな言い出しでは、目的が果たしにくくなるではないか。
指……というか鈎爪をカチカチさせ、何か言いたげに口をもごもごさせている。およそリーオンらしくない態度だ。
「何だよ、何かあるならさっさと言えよな、気持ち悪ぃ」
「気持ち悪ぃって……そもそもウーたんが、」
しまった、と口を閉じたが遅かった。
「俺が?」
ぼそっと吐き出された言葉を、ウォルフィは聞き逃さなかった。切り口は掴めたから、後は追及すればいい。
「俺がどうしたってんだよ」
「だ、だからその……うー、あぅー」
「言わんと、本気で殴るぞ」
目の前でグ、と拳を作り、はー、と息を吹きかけたのが効いたようだ。たどたどしく喋り始める。
「……まぁ、つまり……なんてゆーか……部長の匂い辿って来て此処に来たら、ウーたんだったんで、どーゆー事なのかなぁー、っていうのを……」
リーオンは俯いて言った。話そうとした時点で、視界がなんだかぼやけたからだ。
(何でオレ、こんな泣きそうになってるんだろう……)
訳が解らない。けど、色んな所が熱い。目とか頭とか。
胸とか。
「部長の匂いー?」
なんだそりゃ、といったように訝しんで、ウォルフィが首を傾げた。心当たりを探しているウォルフィも、なんだか見たくなかった。だってその中に自分は絶対居ないのだから。
なんだか色々調子が悪い。坊ちゃんにカムバックしてもらわなきゃ、と思うリーオン。その時だ。
「……あ。多分これだな」
そう言いながら、ズボンのポケットに手を突っ込み、例のネッカチーフを取り出した。広げて見て、やっぱり、と呟く。
「これ、部長のだ」
「……部長の?」
思わず呟き返した声が、自分でもぎょっとする程覇気が無く、リーオンはいよいよ自分の体調に不安を抱き始めた。こんな事、今までにはなかった。特に攻撃でもされた訳でもないのに、力が無くなるだなんて。
これはきっとただ事じゃないぞ、と思うリーオンの前で、ウォルフィは淡々と説明する。
「さっきな、向うで座っていたら後ろから部長に抱きつかれてな。それはいいんだけど、部長の勢い強すぎて、で、オマケにジャンブしたもんだから、俺の首の辺りに抱きついたんだけど、そこを支点にぐるーっと回っちまったんだよ」
「あー、つまりこぎ過ぎたブランコ状態」
「ま、そんな感じで。で、変に倒れこんじゃってさ。俺その時ネッカチーフ出してたし、部長は手に持って突進してきたし。その時取り間違えたんだな」
これは返さないとなー。と言いながら、ネッカチーフを再びポケットに仕舞う。
「……………」
「? 何お前、そんなぼけーっとしてんだ?」
「本当に?それだけ?」
「本当にって……お前、俺を疑ってんのか?」
また拳を作ってみると、リーオンは首が取れそうな勢いでぶんぶんと横に振った。
「いや!念の為!確認!!」
「ったく……何なんだよ。さっきからお前、微妙に可笑しいぞ?」
「うん、そーかもしんない」
「いや、肯定されても割りと困るんだけど」
だって本当に可笑しいと思ってるんだから仕方無い、とリーオンは思った。ちょっとさっきまで、此処から消え去りたい、どっか行きたい、と思っていたのに、今はずっと居たい、こうして居たい、と思っているんだから。変は変だけど、今の可笑しさはむしろ歓迎したい。熱くて堪らなかった場所は、今はほかほかと温かくて、とてもいい気持ちだ。
(そっかそっか。ランシーンの勘違いだったのか)
ネッカチーフを返すため、シュウの元へと行く途中、ウォルフィの横でリーオンは鼻歌でも歌いだしかねないくらいご機嫌だった。それは、横に居るウォルフィにも伝わってきて、さっきまで水の足りない植物みたいにしょげていたのに、この激変ぶりはなんだろう、と疑問に思ったが、よく考えればこいつが可笑しいのはいつもの事だな、と特に突き詰めたりはしなかった。
それに、リーオンはとても嬉しそうだし。
リーオンのこんな顔は、決して嫌いではない。
その後、シュウに返しに行ったら、彼の父親が幼い頃よくやったという「だるまさんがころんだ」とかいうよく解らない遊びに付き合わされる事となった。それに興じているのはサーガの4人。そしてズオウとウォルフィとリーオンだ。そして、その一団を遠くで見ている2竜。
「……あのマンティコア……私たちに言った事、絶対忘れてますね……」
「……ボコるのは、風のサーガが寝てからだな」
「えぇ、勿論」
この後の自分の運命も知らず、リーオンはただただ「だるまさんがころんだ」にはしゃいでいた。
とりあえず、(今はまだ)平和な昼下がりの事だった。
<END>
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