目を覚まし、身体を起そうとしたら、後頭部に鈍痛走った。
一体なんで痛みが襲ったのか解らなかったが、痛みが治まると共に記憶も回復してきた。
多勢に無勢で、団体でやって来た敵を処理している最中、グリードー達の姿を見失ってしまい、はぐれてしまったんだ。リーオンとさてどうする、とか話し合っている時、突然背後から敵に襲われ、咄嗟に腕でガードし、致命傷を負うのは免れたけど、それの衝撃で後ろにすっ飛んでしまい、固い岩肌にモロに頭を打ちつけて、そして気を失ってしまっていたんだろう。
そうだ、リーオンは何処だ。
俺は完全に不意をつかれたからだけど、まともに向き合えば決して負ける相手じゃない。だから、やられてたりはしてない……と、思うが。
リーオンは簡単に見つかった。すぐ前の岩の裏に居る。あいつの尾が見えた。まだ痛む頭を手で撫でながら誤魔化し、リーオンの元へと行く。
「おーい、リーオン?」
ある程度近づいた時、声を掛けてみたが返事が無かった。半分くらい見えるようになったリーオンの身体は、何かをしているみたいに動いていた。何やってんだ、と思って覗き込むと。
リーオンの下にある地面は、真っ赤に染まっていた。夕日みたいな綺麗な色じゃない。どす黒くて、喜びとか楽しさとか、そういう感情を奪い去るような。つまり、血の色だ。
そこまではいい。そこまでは。何も敵を倒すなとは言わない。言わないが-----
その、量が。どうみても死ぬには十分過ぎる量で、しかも死んだ後の流血とも思えない。それになにより、リーオンが何度も爪で切り裂いている相手の死体が見えない。だけど、切り刻む音はしている。て事はつまり-----
「馬鹿野郎!何してんだよ!もういいだろ!!!」
力任せにリーオンを引き離した。途端、鉄の臭いが鼻を突く。リーオンの爪に、細く長い赤色の軌跡がついた。
リーオンの足元、取り残したように腕が転がっていた。それは勿論、俺を吹っ飛ばしたヤツの腕だ。それが無ければ、解らなかっただろう。判断出来るまでに原型を留めてる部位は、それだけだったから。
「だって!」
と、リーオンは叫んだ。
「だってこいつ、ウーたんに怪我させた!!」
フーフーと肩で荒い息をし、目には水の膜が張っている。感情が暴走しているのがはっきりと解った。よく見れば、リーオンもまさに血まみれといった状態だった。鬣は元々赤い色をしているが、光沢が無くべっとりとしていた。
「だからって、お前こんな……っ、オイ!落ち着けって!!オイ!!!」
怒りが治まらないのか、肉片以下にまで切り刻まれた「敵」に向かおうとするのを、俺は羽交い絞めにし、そうはさせまいとした。リーオンはもう言葉らしい事は出ずに、喉の奥から低い声を出して唸り続けている。後ろからたまに見えるリーオンの目は、瞳孔が細く、一瞬金色にも見えたけど、多分それは気のせいだろう。
これはもう、まともに会話出来る状態じゃない。
そう判断した俺は、剣の柄で思いっきりリーオンの首の付け根を突いた。リーオンは一瞬声を詰らせ、その場に倒れてそのまま気絶したようだ。激しい抵抗の合間にした事だ。会心の一撃でもなかっただろうそれにあっさり気を失ったのは、本人の意思も手伝っての事に違いない。
「……………」
はぁ、と重く長い溜息をし、俺もその場に座り込んだ。顔をそっと伺うと、苦悶の表情はしていなかった。それにほっとする。
詫びる気持ちも混めて、当身を食らわせた箇所を撫でた。こいつが起きたら、ちゃんと謝らないとな。でも、案外忘れてしまっているかもしれない。こんなにも激昂したのだから、その間の出来事を、ちゃんと記憶されているかどうか。
目を覚ましたら、きょろきょろ見渡してここは何処?なんて言って、血溜まりの地面を見て、何だこりゃ!っていつもの間抜け顔で驚くのかも。むしろ、そうであって欲しい。
あんなリーオンは、あんなのは-----……
いや、でも、いくらボケ担当の3枚目とは言っても、こいつだって戦うための存在なんだ。そういう本能に支配された所で、不思議でも何でもない。いっつもボケた事言ってるから、忘れてたけど。俺はもう一度首の付け根を撫でた。少しリーオンが身じろぎしたが、起きはしなかった。
意識の無いこいつを引き連れて歩く真似はしない。ここで、グリードー達が来てくれるのを待とう。出来れば、早く見つけてもらいたいもんだ。ここには嫌なものが沢山ある。
形無い死体も、濃い死臭も。
取り付かれたように敵を切り裂いているリーオンを、恐ろしいと思った自分も。
そして、そこまで狂わせたのが自分だという暗い優越感も。
俺はグリードー達を待った。
途中寝息に変わった、リーオンの呼吸を感じながら。
「……リーオン?リーオン」
「……ぅー?」
掛けられる声に、リーオンは目を覚ました。完全にではなく、かなり寝とぼけているが。
「どったの、ウーたん」
呼びかけた相手に問いかける。
「いや、お前なんか魘されてたから。大丈夫ならそれでいいんだけどよ」
若干気遣わしげに、ウォルフィが言った。
魘されていた?
リーオンは寝惚けた目をぱちり、と瞬かせた。
「……あぁ、そういえば、そんな夢だったかも。なんか、すげぇ血が一杯出てたな」
普通に歩いていたら、突然足元が血の海になり、どう足掻いても抜け出せないで沈んでしまう。そんな夢を見た、と言ってみれば、ウォルフィが怒ったような顔を見せた。それは別の感情を必死に押し込めた結果そうなっただけなのだが、そんな事は知らないリーオンは怒られる?と思い反射的にうつ伏せたまま、首を竦めた。ウォルフィが手を挙げる。しかし、それはいつもみたいに、突っ込みの為のチョップにはしなくて。
「そんな夢、忘れちまえ」
そう言って、首元を撫でた。
それの感触が心地よくて、リーオンは再び眠りに落ちていく。
なんか、前にもこんな事があった気がする。さっきの夢も、単なる夢とは思えなかったのだが、ウォルフィが忘れろというから、忘れる事にしよう。
<了>
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