デュナミス





 かなり上手い具合に(いや不味い具合か?)木の枝にボールが乗ってしまい、それを取ってくれとそれまでの経緯付きでシュウはウォルフィに訴える。取ってくれと言われたが、そこはウォルフィが背を伸ばしても届かない位置だ。名案を思いついたようなシュウが、肩車してくれと言う。ウォルフィは、やれやれ、と言った面持ちで、肩車をしてやった。
 そうしボールは取れたのだが、高くなった視界に気を良くしたシュウは降りようとはしない。ウォルフィは、あそこまでだぞ、と言ってそれでも付き合っていた。
「……………」
 とかいう一部始終を見届け、リーオンは回り右をしてそこを去った。いや、別に立ち退かなくてもいいのだろうけど、まぁ、なんとなく。自分が今声を掛けて現れるのも何かなぁ、とか思っただけだ。そう、特に用も無かった。
 いつもの自分の定位置についたリーオンは、ほけーとした面持ちで其処に居た。と、そんなリーオンに誰かが声を掛ける。シロンだった。
「あれ、お前1人か?ウォルフィは」
「別に……いつも一緒に居る訳じゃないよ」
「なんだその突き放すような言い方」
「そぉ?」
 それっきりシロンは何も言わないが、シロンが何をしに来たのかは判る。
「部長なら今ウーたんと居るから」
「?あいつと!?なんで!何してるんだよ!」
「何でかは知らないけど、肩車してた」
「何--------!!!」
 とシロンは目に見えて激昂した。
「俺だってまだ手も繋いだ事無いってのに、あのヤロォォォォォォ!!!」
 リーオンは次の2つの点を問題だと思った。1つはこの中じゃ一番シュウと付き合いが長いのに、未だ手を繋いだ事が無い事。そしてもう1つは繋ぎたがっている所だ。
 チクショウ!と頭抱えて悶絶しながら羨ましいやら恨めしいやらのシロンは、やおらギン!とリーオンを睨む。
「お前!そんな状況見たんならなんとかしろよ!」
「な、なんとかって?」
 あまりの剣幕に戦くリーオン。
「だからそれとなく邪魔するとかだな。どうせアイツは大して気にしやしねぇんだから」
 ここでのアイツはシュウをさす。
「なんで邪魔なんかしなくちゃならないんだよ」
「は?だってムカつかねぇの?」
「????」
 困惑しっぱなしのリーオンに、シロンは言う。
「だってお前ら付き合ってんだろ?」
「お前ら……?」
「だから、お前とウォルフィ」
「……………」
 えっ?
「は?オレとウーたん……付き合って……は?はぁ?はぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」
「はーはー煩ぇよ。何か気でも溜めてんのか」
「ちょ、何、何言ってんだよシロン------!?オレとウーたんはただの親友だっての!」
「そうかー?ただの親友にしちゃ、甘ったる過ぎるだろ、あれじゃ」
 面白いくらいに慌てふためくリーオンを、これはいい玩具を見つけたとシロンはほくそ笑んだ。
「ちっ、違っ……違うってば!!」
「いやー、100人くらいアンケート取ったら、恋人同士だって言うヤツは半数を超えるね」
 何の根拠でそんな事を思うのか(いや根拠なんか無いだろうが)シロンは言った。ただ勝手に言っているだけなのだが、リーオンは本当にそんな結果が出たみたいに真っ赤になった口をパクパクさせている。
 と、そんな時。
「騒がしいと思ったら、やっぱりお前か……って、シロンも居たのか」
 いつもなら、此処でオレ1人で騒いでる訳ないじゃん!とか言うのだが。そう、いつもは。
「ん?どうした黙り込んで」
 反応を返さないリーオンを怪訝に思い、顔を覗きこむ。それと同時に、
「王子様の登場だな」
 と、シロンが言った。とても面白そうに。
「王子さまぁ?」
 なんでそんな単語が出たのか、とシロンに問いかける前に。
「!!!!!!!」
 ウォルフィが顔を覗きこんだせいかのか、はたまたシロンのセリフのせいなのか、結果としてはリーオンは飛び上がるように立ち上がり、そして一目散に駆け出していった。
「え?おい?」
 なんだか取り残されたように、ウォルフィはそこで立っている。何だというんだ。一体。しかし原因として考えられるのは、さっき一緒に居たと思われるシロンである。じろ、と横目で睨んだ。
「お前、アイツに何をしたんだ?」
「ありのままの、客観的事実ってヤツを言っただけだ」
「…………」
 ウォルフィはこういう時のシロンに、何を言えばいいのか知っている。
「お前。そういう時の顔、ランシーンにそっくりだな」
「!!!!」
 目に見えて、ビキッ!とシロンは強張った。




 さて一方。駆け出して行ったリーオンが何処へ行ったかと言えば。
「グリたんグリたんグリたぁぁぁぁぁんんん!!!」
「……………」
 つい先程まで、本当にさっきまではディーノとこの温室で薔薇の健康状態について優雅に話合っていたのだが、そんな長閑な一時は何処かへすっ飛んでしまったらしい。リーオンの登場によって。
「ぅわぁぁん!グリたんオレどうしよう!?どうしたらいいの-------!!」
 腰に縋りつくように飛びついて離れないリーオンは、うわぁぁぁあ!と壮絶に泣き始めた。泣くな、と言った所で到底止むとは思えない泣きっぷりだ。
「……えーと。僕は席を外した方がいいね………」
「あぁ、すまねぇな、ディーノ………」
「あーんあーんうわーん!!!」
 言うまでも無いが最後の泣き声はリーオンである。ディーノが出て行った後、グリードーはリーオンに向き直る。
「泣くなとは言わんが、何があったかは話せ」
 と、ポケットティッシュを差し出しながらグリードーは言った。
 リーオンはとりあえず、えぐえぐと嗚咽混じりながらも事情を話しだす。
「あのね、グリたん。オレ、ウーたんが好きかもしれない。友情じゃなくて愛情の方向で」
「は?」
 いきなりのカミングアウトにグリードーも間抜けな声を出すしかない。
「さっきシロンにそう言われて、でもそう言えばキルビートと絡んでる所見たらすげー胸痛くなったし、さっきも部長と仲良さそうな所見たらなんだか声が掛けずらくて、これってやっぱり嫉妬ってヤツだよねぇ?
 ねぇ。グリたんの目から見ても、オレってウーたんがそういう意味で好きだって思う?」
「え、」
 と言われてグリードーは回想し始める。
 いつもウォルフィの隣に居るリーオン。
 ウォルフィの姿を見るなり駆け寄るリーオン。
 転寝しているウォルフィを、幸せそうな顔で眺めているリーオン。
「…………」
 そう言われればまぁ、友達にしてはやけに甘ったるいかもしれん……と思わずグリードーが思ってしまうと、その心内を読み取った訳じゃないだろうが、否定の声が来ないのを肯定に取ったリーオンは、また目にぶわわっと涙を溜めて。
「どうしよ------!!オレ、やっぱり変態だったんだ------!!」
 盛大に泣き始めた。
「おいおい、落ち着け。同性を好きになったからって変態呼ばわりするとホモの人が怒るぞ」
 言いながら自分のセリフは何かずれてるなぁ、と思うグリードーだ。リーオンのパニックが伝染したのだろうか。当人は未だ混乱の渦で溺れている。
「だってだって〜〜」
 だばーと涙を流し続けるリーオンに、グリードーは2つめのティッシュを与える。
「何だ、お前、そんなにゲイが嫌なのか」
「嫌って言うか、」
 ずびぃー!と一回大きくかんだ。
「……そんな目で見られてたんだってウーたん知ったら、絶対気味悪いと思うよ。絶対嫌われる………」
「はーん、それでビービー泣いてるって訳か」
 と、言ったのはグリードーではなかった。しかし、それと同じくらい聞き慣れた声であった。つまり。
 はっ、とした顔で振り返ると、やっぱりそこにはウォルフィが居た。リーオンは心臓が飛び出んばかりに驚いていたが、グリードーはとうに知っていたので、アイコンタクトでバトンタッチを告げて退室した。
「ウ、ウーた、」
 逃げなくちゃ、とは思うのだが、身体が金縛りにあったみたいに動かない。そうしている間に、ウォルフィは目の前まで来てしまった。至近距離に居るのに、その表情から心境が窺えない。想像するのをストップしているのかもしれない。
「リーオン。お前、俺と寝たいのか?」
「!!!!?」
 (もしかしたら)意中の相手かもしれない人物にそんな事を言われ、ぼかん、と頭が暴発したみたいな気分になる。あうあう、と目を泳がせながら何の意味があるのか身振り手振りをするリーオンの両耳を強く引っ張り、ある程度落ち着かせてやる。というか痛みに我を戻してもらう。
「いったい〜〜!」
 両耳を押さえ、さっきまでとは違う涙を浮かべるリーオン。耳というのは急所のひとつだ。鍛えようがないから。
「質問には答えろ」
「っ!…………」
 リーオンは考える。と、言うか想像してみる。
 寝る?ウーたんと?ウーたんとキスしたり、あれやらこれやらそれやら色々…………
 ……………
 いかん、自分の許容を超えた。視界がぐるぐるし始める。顔がとても熱い。
「わ……判んないよー、そんなの……本当にそんな時になったらどうなるか知らないけど、とりあえず率先してやろうとかそんなのは思ってないし……」
「じゃ、違うじゃん。恋でもなきゃ愛でもねーよ。街中のカップル見ると皆相手にガツガツしてるだろ?」
「……そ、そっかな………?」
「そーだよ。てかもうあんま考えんな。頭から湯気出てるぜ?」
「えっ!マジ!?」
「嘘だっての」
 本気にして頭を押さえるリーオンの鼻をむぎゅっと摘む。そして、バンダナが巻かれた額をぱちーんと叩いて。
「なーにパニクってんだよ。今までそれで変になったりしてないだろ。シロンに言われたくらいでおろおろすんなよ。遊ばれてるだけなんだから、気にしてやるだけ損だぜ?」
「…………。じゃ、じゃぁー……」
 恐る恐る、と言った具合にリーオンが言う。
「飛びついて抱きついたりしても、気持ち悪いとか思わない……?」
「別に。まぁ、ウザいとは思うけどなー」
「……なら、抱きついていいんだ!」
 ぱぁぁぁっと顔を輝かすリーオン。
「いやだからウザイって」
 ウォルフィは冷静に間違いを指摘する。しかし。
「ウーたーん!!」
「ウザいつってんだろーがー!!」
「いったー!!!」
 抱きつこうとしたリーオンに、ウォルフィのチョップは丁度カウンターのように決まった。




 しかし次の日、シュウに「部長。シロンがリーオンを苛めた」と言うのを忘れないウォルフィだった。
 その後、シロンはきっちり怒られたらしい。ざまぁみろである。




<END>





紛らわシリーズ、リーオン視点で。シリーズとか言いながらこれで終わりですが。
あぁ、でもアンナさんも出したいなぁ。多分一番の常識人。