少し汗ばむような気温の中で、その熱を掻っ攫うように吹き抜ける風が心地よい。
属性としては、自分はあまり風とは相性がよくないのだが、仲間の内にそれが居るせいか、同種族の仲間よりかはそうでもないかもしれないと、勝手に自分で思っている。
風が毛並みを撫でていく感覚を楽しんでいると、それが現れた。
「あー、ウーたん、おはよ」
ふぁ、と欠伸をかみ殺してリーオンがのっそりとやって来た。
「おはよう……って早くねーよ。今何時か判ってるか」
リーオンは時計を見上げて。
「午後2時」
と、言った。その頭をぱかんと殴る。
「時刻教えてくれって言ってんじゃねーよ!ったくおまえは」
「ウーたんすぐ殴る〜」
いったいなぁ、と呟きながら頭を摩っている。
「殴られるような事言うからだろ」
「って、そーいやグリたんは?坊ちゃんも居ないね?」
きょろきょろと辺りを見渡して、リーオンが言った。それに、ウォルフィは上を指差し、
「空の散歩に行ってるよ」
本当は自分も行くかと誘われたのだが、リーオンが起きて来るのを待ってるから、と辞退したのは言わない。
「へー、なんかグリたんがそういう事するって珍しいね。シロンと部長なら納得だけど」
「そうだな。でも、今日の風は本当に気持ちいいなー。俺がそう思うくらいだもんな」
「そーだねー」
と、リーオンも風を浴び、気持ち良さそうに目を細めた。
「よし、オレも散歩に行って来よ!」
この風の中を飛ぶのはさぞかし最高の気分だろうと高揚しているのが、今の時点でも判った。あまりに予想通りのリアクションなので、笑いを堪えるのにウォルフィは必死だ。
と。そんなリーオンなのに、何故だか飛び立たずに自分に背中を向けて座っている。なんだ?と声を掛ける前に。
「ウーたん早く背中に乗ってよ」
と、首を捻ってリーオンが行った。
「俺も行くのか?」
「そうだよ」
当たり前じゃない、というような声色だった。
「それとも、行きたくないの?」
「いや、そりゃ行きたいけど、」
「じゃぁ早く乗ってよ」
「判ったよ」
やっぱり早く飛び立ちたいリーオンは、急かすようにウォルフィに言う。当たり前みたいに自分と行く事を決定しているリーオンに、何か言いたい事は沢山あったが、今は素直に空の散歩に付き合おう。それくらいいい風なのだから、と自分に言ってみて。
錯覚なのか本当なのかは判らないが、空に近くなると風が強くなったように思える。強くなったというか、遮るものが無くなったせいで、本来の姿を取り戻したみたいに伸び伸びと吹いている。その中を、リーオンは泳ぐように飛ぶ。
リーオンは、本当に楽しそうに空を飛ぶ。
グリードーも空を飛ぶが、あれは淡々としているというか、単に移動の手段、という認識で飛んでいるように思える。自分と同種族で飛翔能力があるガリオンも、そんな感じだ。同じ翼を持つ物でも、属性故の違いだろうか。
そう物思いに耽っていると、調子に乗ったリーオンから鼻歌が聴こえる。元の曲を知らない自分でも、音を外しているだろうと思えるものだった。クツクツと笑いながら、それを止めさせる事無く聴いた。
束ねられている髪を掬う。間で空気を含んだように膨らんでいる自分とは違い、リーオンの鬣は癖がなく、どこまでも真っ直ぐだ。こうして救ってみても、指の間からシャラシャラと落ちてしまう。水を掬ったみたいに。滑り落ちた髪は空に溶けるように靡いた。空の色とは反対色であるリーオンの髪は、不思議とその色に馴染んでいる。
「ウーたん何かした?」
髪を掬われた時、微かに違和感を覚えたらしい。
「ゴミがついていたんだよ」
適当な事を言って誤魔化した。
「そう。ありがと」
素直に例を述べるリーオンに、少しは疑えよな、と無責任な事を思う。
忙しなく動いているリーオンと違って、ウォルフィは乗った姿勢のままだ。解すように身体を伸ばし、一息ついたら軽い眠気を覚えた。
「……あー、なんか眠くなってきたなー」
独り言のように呟いた。
「ウーたん寝てていいよ。適当な所で戻るからさ」
まだもうちょっと飛んでいたいリーオンはそう言う。
「寝ている時に無茶な飛び方されて、落とされたら敵わんなぁ〜」
「落とさないよ!失礼だな!」
ムっとしたリーオンが言い返す。
まぁ自分も本気で言った訳でもないし、無理言ってその辺に下ろして貰っても良かったのだが、ウォルフィはそうはしなかった。自身、まだこの風の中に居たかったから。
「……じゃ、俺寝るわ」
「ウーたんオヤスミー」
「だからウーたんじゃねぇって」
毎度のやり取りをしながら、うつ伏せになる。こうしていると、自分に羽があって自力で空を飛んでいるように思える。時々夢想するのだ。自分に翼があって空が飛べたらな、と。こんな風のいい時に。どうしてだろうか。地面をどこまでも迅く駆け抜ける事を望むのならばともかく。本来、初めから翼を持たない物は空にあこがれない筈である。人間を除いて。
4大レジェンズであるグリードーは、常にサーガと一緒に居る。むしろ一緒に居なければならない。その背には常にサーガが居る。そうなると、当然自分はリーオンに乗る訳で。
----あぁ、そうか。こいつの背中に乗って飛んでたから、俺も風が好きになったんだ。
またリーオンが鼻歌を歌う。今度はクラブのテーマソングだった。そこ音程が違ぇよ、と突っ込みはせず、ウォルフィは心地よい風の中に意識を投じた。
本当に今日はいい風だな。飛びながら、改めてリーオンは思う。
風が気持ちよくて嬉しいし、ウォルフィと一緒に出かけれたのも嬉しいのだ。とにかく何もかもが嬉しい。こんな風に、毎日心弾む日ばかりだったらいいのにな、と思っていると。
濃い空の青の中に、赤褐色を見つけた。間違えるはずも無いグリードーである。確認出来た側からそっちへ向かって飛ぶリーオン。顔まで見えるまでに近づいた頃になったら、相手も気づいたようで。
リーオンは手を大きく挙げてぶんぶん振る。
「おーい!グリたん!坊ちゃーん!」
『あ゛---------------ッッッ!!!!!』
と、何故だか2人は顎が外れんばかりに大声を出した。驚愕した顔を張り付かせて。
なんでそんな反応するの?と首を捻る前。
背中が軽いのに気づいた。
「----こンの-----馬鹿ッ!馬鹿!馬鹿!馬鹿!大馬鹿が-------!!!」
ウォルフィが「馬鹿」と言うたびに正座したリーオンの頭に手刀がビシバシ入っている。
「うぅぅぅ〜……ウーたんごめんなさい〜……」
「ごめんですんだらCIAは要らんわッ!!」
「ちゃんとキャッチしたんだし〜……」
「あぁ!あと3センチで地面激突だったな!」
「それにいざとなったらタリスダム戻れば、」
「ふざけんなぁぁぁぁぁ!!」
ズビシー!!!(強チョップ)
「いったー!!」
えぐえぐと泣いているリーオンにウォルフィは容赦なかった。あまりにビシバシされてるリーオンを哀れに思ったディーノが、助け舟を出す。
「ウ、ウォルフィ、その辺にしといてあげたら……?リーオンも反省してるし、何も悪気があった訳じゃ、」
「悪気があって落とされたらフツーに殺人事件じゃないですか!!」
「……ウーたん……」
「何だァ!?」
「オレ達レジェンズなんだから殺「人」はどうかと思う」
「うるせぇぇぇぇぇぇッッ!!」
ズバシーン!!(強大チョップ)
「いったぁぁぁいぃぃぃ!!」
「……………」
リーオンそれは余計な発言だよ……と庇いに入ったディーノすら、その失言を責めた。
しかしそんな事があっても、次の天気がよくて風のいい日には、2人が空を飛んでいる光景が見れたのだった。
<END>
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