今日の自分は何だか絶好調だ。
体が軽くてふわふわしている。今なら空だって飛べそうで。
横に並んで飛んでみたら、そうなったらあいつも名前で呼んでくれそうかな?
「馬鹿が風邪を引かないっていう意味、それがよーっく解ったわ!!」
メグがぷんぷんと憤慨している。シュウの手を引きながら。繋いでいるだけの手が、それでもいつもより熱いと感じる。
「馬鹿は馬鹿だから、自分が風邪引いたって、解んないのね!何が空も飛べそうよ!ふわふわじゃなくて、熱でふらふらしてただけじゃない!!」
だもんで、シュウは秘密基地から自宅へ強制移動中だ。ずんずか突き進むメグがぼや〜っとしたシュウの腕を引いて、マックとディーノの2人が傾いている背中を支えている。シロンにリボーンして運んでもらえればもっとずっと早く運べれるんだろうけど、生憎おやつを食べるだけ食べつくしたら、その後は運動しなきゃとばかりにどっかへ行ってしまった。
呼び戻せば、とディーノは言ってみたのだが、
「いーよ、アイツ散歩大好きだもん。それにオレ、1人で帰れるから〜」
とか言い出す側からふらーっとしたので、こういう事になっている。
家へ戻せば、ヨウコは相変わらずな空気を纏って、あらあらとか呑気に言いながらシュウをベットに押し込んだ。
包まれるシーツの感覚で、やっぱりオレ、風邪だったんだなーとか口に出せばメグチョップを食らいそうな事を、思う。
何だ、つまんないの。
飛べると思ったのに。空。
ぼんやりと空を眺め、ゆっくり目を閉じればそのまま眠りの世界に吸い込まれた。
「……ガッ?」
食後の適当な運動として、適度に飛び回って帰ったら、誰も居なくて。
あれ可笑しいな。誰も居ねーぞ。帰ったのか?だったら一声かけてきゃいーじゃねぇか。ってか帰るのなんか早くねーか?あぁもしかして宿題でも多いのか?とか何やら必死に説明のつく、そして自分が傷つかない理由を考えていた。
なんて悶々としていたら、やがてがやがやと子供達の声がしてきた。
「ガガッ!」
何だよ、何処言ってたんだよ、俺に挨拶もなしに勝手に行くんじゃねーよ!と、シロンはシュウに蹴りでも食らわせようと。
思ったのだけど。
シュウが居ない。
「あ、シロン、帰ってたの?」
メグが言う。
「シュウは風邪引いて熱があったんだな。だから、家に帰してきたんだな」
怪訝な様子のシロンを見て、マックが説明した。
風邪。
シュウが不調だったと聞いて、少しショックを覚えた。だって、あんな身近に居て、お菓子取り合ってたりしていたのに。
「シュウは、自分でも風邪だって気づいてなかったんだな」
マックが続ける。そのセリフに、メグはそうよ、そうなのよ、とまた少し怒りだしていた。
メグがそうやって怒っているのは、シュウが自己管理を疎かにしていたから、だけではない。
気づけなかった自分が、許せないのだ。
少なくとも、シロンはそんな風に思えた。
風を感じた。室内なのに。
それは決して起こすようなものではなかったけど、シュウはのっそりと起き上がり、窓を見た。
と。
「ねずっちょ、」
と言いながら窓を開けると、すぃーと入り込むシロン。
シュウの前に止まり、じぃ、と物言いたげに見ている。
「何だよ。ここにはお菓子はないぞ」
言ってみると、シロンがぶるぶると首を振り、またじぃ、っと見詰める。睨む程に。
そんな風に見られて、何だよ、何なんだよーとシュウはなんだか困ってしまう。今は熱があるので、少し考え込めばあっという間に回りきって倒れてしまいそうだ。
そんな事はシロンも解りきっているので、小さな手で肩を押して、寝ろ、と行動で告げる。
「本当に、何しに来たんだってば。ねずっちょー?」
とりあえず素直に横になり、まだ側に居るシロンに問いかける。
----何、何ってうるせーんだよ!病人見舞いに来ちゃいけねーのか!!
ガガガ〜とか小さく唸るシロンは、心の中でそんな事を言っていた。
と、先ほど起き上がった時にズレ落ちた濡れタオルが目についた。額に乗せてやろうとしたのだが、そのタオルはすでにシュウの熱を吸っていて、温くなってしまっていた。
一回水につけてこようか、と思ったがこの手ではろくに絞れないのに気づく。リボーンしろ、とか言いかけて、そんな事をしたらますます絞りにくい(というか千切れてしまう)事になるので、やっぱり止めて。
風邪になるのを防げなくて。
風邪だったのに気づけないで。
風邪なのに何もしてやれないで。
急に自分が、酷く無能に思えて嫌になった。そう思う必要なんて、何処に無いのに。……多分。
シロンはそんな風に色々考え深けているのだが、シュウから見れば濡れタオル握って突っ立っているでしか見えない。
「…………」
やおら。その小さな相手をむんずと無遠慮に掴む。
「ガッ!?」
思考の迷宮に捕らわれていたせいか、実に呆気なく捕まってしまった。
何事だ、と訊く前に、体全体に柔らかくて熱い感触。
「はは〜、オマエ、外飛んでたから冷たいや〜」
ほにゃほにゃと言いながら、シロンに頬を摺り寄せる。シロン、にだ。顔から足の先まで隈なく頬に擦り付ける。
「〜〜〜〜〜〜ッッ!!!」
シロンの体温が一気に上がる。それは、どうやらシュウの熱が移ったからだけでは無いようで。
「ガガガッ!ガンガガガガ---------!!」
「んんー、あーばーれーるーなー」
逃げる為にとシロンが向きを変えたので、今度は背中だ。
熱い柔らかい熱い柔らかい。
目が回りそうだ。
「ガガガ………」
何だか逃げるのに疲れてしまって、ぐったりとシュウの手の内に収まる。シロンが大人しくなったので、シュウはご機嫌に頬をすり寄せた。
「ねずっちょー、冷たいー」
そう言うセリフは、何だか楽しそうだ。
あーそう、良かったね、と投げやりになる。
ややあって。
頬を往復する速度が段々遅くなった。くるり、と振り向けばシュウがうとうとしていた。手も、握っているというより単に自分の上に置かれている、と言った具合だ。
もう寝ろよ。そう言ってみたが、やっぱり通じてないようで、横になったまま首を傾げていた。それにはぁ〜、と溜息を吐いた。
寝ろ、とシロンが言うまでもなく、シュウは段々と夢の住人になりつつある。薄い目が、開いては綴じて。何度か遅き瞬きを繰り返し、やがて開かなくなった。
「…………」
それを十分に確認して、シロンはそ、とその頬に手を伸ばした。撫でている手があまりに小さくて、笑ってしまう。
『ごめんな、気づいてやれなくて』
そう呟くと。
「……へーきへーき、だいじょうぶー………」
「っ?」
一瞬返事かと思ったが、ただの寝言だったようだ。
なんだ、と、溜息にもならないものをついた。やっぱりコイツはコイツだ。病気だろうとなんだろうと。
まーこうして並んで寝るのも悪くないけどよ。
やっぱり、お前とは駆け回ってる方が楽しいよ。
だから、早く。
元気に、なれよ。
<おわり>
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