今日と言う日は、マツタニ夫妻の結婚記念日であった。
「たまには父さん母さん、恋人時代に戻って2人きりでデートでもして来いよ!」
という愛息子の提案に乗ったのか、それとももともとその気だったのかは定かではないが、当日2人は仲良く、それこそと恋人同士みたいな初々しい雰囲気を引きずって街に繰り出した。
「……あぁして化粧とかすると、母さんも綺麗だな〜……」
2人をいってらっしゃい!と元気に送り出した後、シュウはぽつりと零した。ほにゃ、とほんのり頬を染めながら。それを横で聞いたランシーンは、シュウが普段、綺麗なお姉さんお姉さんと騒ぐのと、親を非常に大切に想うのは一枚のコインの表と裏のようなものなのだろうか、と想った。
(と、言う事は、サーガが女性だったりした場合、大人の男性を好ましく想うのだろうか……)
「…………」
とりあえず、自分はあの片割れより大人であろう、とうんうんと頷いてみた。
さて。
マツタニご夫妻は夜景が綺麗に見えるレストランに、ディナーの予約をしている。と、いう事はそれまで帰って来ない訳で。
シュウはランシーンの元に寄り、尋ねる。
「なぁ、わるっちょ。ピザ、どれがいい?」
シュウは出前を頼む気で居るらしい。
ランシーンはその問いに答える変わりに、今まで読んでいた本をシュウに向けた。
それは、レピシ集で。
その中の記事を数個指しながら、出前では金もかかるし栄養も偏るので、それよりは自炊をしたほうがいいですよ、というのをシュウにグググ言って伝えた。
「……って、オレ達が作るの!?」
グ、と頷く。
この場に居るのは、シュウとランシーンだけだ。シロンは居ない。
シロンは朝飯を食べた後、何処からともなく姿をくらませてしまった。毎度の事と言えば毎度の事なので、シュウはほっといた。ランシーンなんか、率先して放置した。
「……出来るかなぁ?」
不安というか、心配というか。シュウだってまるっきり自分の不器用を自覚していない訳ではないのだ。
「ググッ」
それでもランシーンは、簡単なのを選んだし、こういう物は材料の分量をちゃんと量れば、あとは少々失敗しても大丈夫、と説明した。
「……うん!じゃ、いっちょ頑張ってみっか!!」
普段、母親がどんな事をしているのかを知るいい機会かもしれない。
ぱ、と輝いたシュウの笑顔。
これを見れたなら、自分はどんな事でも出来るだろう、とランシーンは心に染み入るように想った。
さて。
「………すげー……オレ、料理出来ちゃった!!!出来ちゃったよー!!」
ばんざーいばんざーいと諸手を挙げて祝福する。そんな風に派手に喜ぶシュウの横で、ハンカチを胴に巻いた(いらないと言ってみたが、エプロン代わりだとシュウにつけられた)ランシーンが、まぁこんなものかな、と冷静に振り返っている。
ちなみに役割分担は、ランシーンが指揮及び材料の計量。シュウが掻き混ぜたり切ったり、というもので、おかげでオムレツがスクランブルエッグになってしまったが、まぁ味は同じだし。
シュウはまだ感動している。
「やっぱ、部長たるもの料理のひとつも出来ないとな!早速明日、みんなに自慢してやろ〜。キザ夫なんて、どんな顔すんだろ!!ハルカ先生にも、言おうかな〜。料理が出来るのって、やっぱポイント高いし、まぁシュウゾウ君、なんてステキなの!とか言われたらど〜しよ〜」
メグが居たら、すかさずメグチョップでもしてくれただろうに。此処に居るのはサーガに、というかシュウに甘いランシーンだけなので、シュウの機嫌は上りっぱなしだった。
そう言えば、飲み物が出てないな、とミネラルウォーターを出す為にランシーンは冷蔵庫に向かう。何気にジュースで食事を摂らせるのは反対らしい。
ぱたた、と飛んでいたのだが、急にぐわしっ!と掴まれる。
「グッ!?」
誰がそうしたのかと言えば、当然、上々々機嫌になったシュウである。
「これも、わるっちょが手伝ってくれたおかげだよな。さーんきゅ!」
とか言いながら、んちゅ、と頬にキスした。まぁ、キスというより唇を押し当てた、というのが妥当だった行為だけど。そもそも実質手伝っていたのはシュウの方だ。
「…………」
一瞬、何が起こったか解らなくて、ぽかーんとしていたランシーンだが。
頬がジンジンと熱いのは、サーガが触れたからだ、と解った途端、じたばたじたばたじたばた!と手から逃れようと抵抗し始めた。顔は、真っ赤だ。
「ど、どうしたんだよわるっちょ〜。そんな暴れて。
……あ、もしかして照れてる?」
ははーん、にやり、とシュウは言う。
なんでこんな時に限って聡いんだ!!とじたばたしながらランシーンは理不尽なものを感じて仕方が無い。
「わるっちょ、可愛い〜vvも一回しちゃおv」
「!!!!!」
今、なんて言いました!?とか言う間も無く、んー、と唇尖らせてシュウが迫ってくる。
顔は真正面で。
ってもしかして、今度は口に!!!?
マジっすか!たまんないっすよ!!となんでかチンピラみたいな口調になって、ランシーンは慌てる。慌てる間にも、シュウは近寄っている。
あと10センチ……あと5センチ……あと3センチ………!!
あと!!
がっつーん!!!
シュウの顔が横に飛んだ。
勿論、いきなり弾丸のように飛んできて、シュウの側頭部に蹴りを決めたのはシロンである。
危ないところであった、とシロンは額をぬぐって息をつく。
ふいに風が変わり、しかも嫌な予感がしたので吹っ飛んで帰ったのだ。そうしたら、その場ではまさに最悪の展開がなされていた。
恐ろしい。あと5秒、いや、1秒でも遅れていたら……っ!!
恐怖で身が竦むシロンであった。
「いって〜」
蹴られたところを押さえて、シュウが呻く。星が目から散っているようだった。
「ググッ!グググ!?」
蹴られた反動でランシーンは手から離れた。すかさず、シュウの元によりその安否を気遣う。
ただ蹴られただけのダメージしかない、というのが解ると、ギッ!とシロンを睨む。
「グググ!ググ、ググググッ!!ググ------!!」
「ガガッ!!ガガガガ!!ガガガ------!!」
空中にて激しい言い争い。翻訳すると、こんな感じだ。
「シロン!貴方、サーガになんて事をするんですか!貴方に何もしてないでしょう?!!」
「違ぇーよ馬鹿!!テメーが何かしそうだったから、とっさに引き離したんだろーが!!むしろあいつの為だ!!ったく、油断もあったもんじゃねーよ!!」
「とにかく!サーガに謝りなさい!!」
「嫌だね!!」
「では、私に対しての謝罪の為に腹かっ捌いて下さい」
「嫌だ!!っつーかなんでお前に命掛けて償わないとなんねーんだよ!!」
「大丈夫です。本気で言っていますから」
「何に対しての保証だ------!!」
「んもー!!ねずっちょ!!!」
ある程度痛みの引いたシュウは、会話に参戦した。まぁ、シュウには通じてないんだけど。
「何だよ!なんで蹴ったりするんだよ!!」
まだちょっと痛くて、涙眼にシュウは言う。
「ガガガ!ガガッ!ガガガガガッッ!!」
「だ------ッ!!解んねぇぇぇぇぇ!!!」
相変わらずのガガガ語にさっぱり埒があかなくて、シュウはリボーンした。
「おいサーガ!!てめー、今何やろうとしていた!!?」
会話の疎通が可能になるやいなや、シロンはそう言った。
「へ?何って?」
「だから!コイツに何かしようとしてただろーが!!」
「あぁ、チュウ?」
「チュウとか言うなチクショー!!」
自分がした時は捕食目的としか思ってなかった癖に-----!!とかは喉に辺りまで出たけど、ごっくんした。
「なんだよ、いきなり帰って怒って、だいたい今まで何処に……
………あ。解った」
「解ったってなんだよ」
シュウは、探偵が犯人を指すような感じで、シロンをずび!と指差した。
「お前!!さては母さんが居ないから、ろくな昼飯が期待できないとか思ってどっかで食って来たんだろ!!」
ギク、と体が強張るシロン。
「って事は行き先はマックかメグ……いや!2人の家はしごしたな!!?」
ギクギク、とますます体が強張るシロン。
今日のサーガはなんか冴えてるなぁ、とかランシーンは思った。
「うわー、最低ー。オレらの事、見捨てたんだー」
じとー、とした目でシロンを睨む。その隣に、ちゃっかりランシーンが居て、本当に仕様のない人ですね、と手を肩の高さにあげて溜息していた。
「み、見捨てたって、人聞きの悪い……」
言い当てられ、しどろもどろなシロン。
「だってそうじゃん。オレらはこうしてちゃーんとメシ作ったのにな。なっ、わるっちょ」
「グッ」
全く持ってその通りです、と頷くランシーン。
「じゃ、わるっちょ、食おうぜ」
と、食卓に向かうが、ふいに振り返って。
「でかっちょにはやんねーよーだ。わるっちょと食うもーん」
あっかんべーとシロンに向ける。
ぶち、とそれにシロンが切れたらしい。あかんべされた事より、ランシーンを当然に隣に置いている事に対して。
「……テメー……いい加減にしろよ!!!?」
咆哮のような怒鳴り声に、シュウが、きゃー、わるっちょ助けてーとその後ろに入り込む。
当然遊びみたいなつもりでシュウは言ったのだろうし、シロンにも解っている。ランシーンもだが、それでも胸を反り、両手を広げてキッとした目つきでシロンを睨む。
それは、まるでお姫様を攫いに来た魔王(ここで言うとシロン)からお姫様を護る騎士のようであった。
「……ふ、ふん!!」
シロンは盛大に鼻を鳴らす。
「へぇ、お前ら仲いいんだな!?気づいてやれなくて悪かったな!!なんか俺お邪魔みたいだし!?折角だから出ていってやるよ!!
俺が居なくて寂しいからって、泣いても知らねーからな!!」
で、シロンは今、シュウが居なくて寂しくて、泣きそうになっている。
今日はとてもいい天気だ。ほら、空だってあんなに青々しているじゃないか。
「……うーたん……」
「うーたん言うな」
「……あれ、どうする……?」
「それも言うな」
あんなもの、存在することだって許したく無いのに、意識に留めて視界に収めるなんて事が出来るだろうか!?いや、出来るはずもない!!
と、反語で言い切った所で居るものは何時までも居続けるのだ。残念な事に。
此処、スパークス邸は、今日は家人は全員不在であった。が、粋な計らいと庭の警備も兼ねてこうしてウォルフィとリーオンは外でのびのび、そう、のびのび出来る筈だったのに。
風の変わりに雨雲でも背負ってきたようなウィンドラゴンが、「邪魔するぜ……」とか言って本当に邪魔しに来たのだ。
あぁ、疑いもしなかったのに。あの和やかな昼下がりがずっと続く事を。
なんてシリアス気取っても仕方無い。
リーオンの心地よい昼寝を確保する為にも、はやり己が動かないとダメなのだろうな、と勇敢な狼は陰鬱なドラゴンに向かって足を進めた。
「なぁ、どうしたんだよ、一体」
「………」
しかしシロンは頭垂れたまま、何も話さない。
折角話しかけてやってんのに、話す気無いならとっとと出てけー!!と怒鳴り散らしたいのを、ぐっと堪える。
「……ま、ほら、なんだ。何かつまむか?ちょっとは気が紛れると思うぜ。何が欲しい?」
「風のサーガ」
「おいリーオン、そこの植木鉢持って来い。いや、積み重なったままでいい」
殺意を芽生えさせたウォルフィなんか目もくれず、はぁぁぁぁ〜と地面に吸い込まれそうな溜息をはいた。
「何だよ、何でだよ、ワル山ワル夫なんかの何処がいいってんだよ……どちくしょう……」
「何だ何だ。片割れにサーガ取られて、それで拗ねてここに来たってのか。刺していいか?」
ウォルフィの目がどこまでも本気だったので、リーオンが「うーたーぁぁぁん!!」と必死に止めに入った。
刺されなかったシロンは、ぶつぶつと呪祖みたいに不満を零している
「よく考えてみりゃ、あいつ、さも当然って面で平然と家に上がりこんできやがって、俺が入れるようになるまでどれくらいかかったと思っていやがる。それどころか、一時は家来るなって別居宣言されてたんだぞ!?」
「………別居」
違和感を感じた単語だけは呟いてみたが、それからを言う気力は無かった。
「だいたい命狙ってたもろ悪役じゃねーか!!なんでこうして和やかしてたんだ!?俺は!!?」
「そりゃ、仲間だからじゃないか?」
リーオンが言う。
「仲間だぁ!?誰だぁあいつの事指してそんなふざけた事言ったヤツぁ!!」
『風のサーガ』
「まぁ、そんな事はともかく」
うわぁあっさり流してくれたよ。
「とにかく、俺よりあいつが優遇される理由がわからねぇ!一体何処が優れてるっていうんだよ」
「えーと、まず理性と常識?」
「丁寧な気遣いと優雅な物腰」
「分を弁えた行動とか」
「喧嘩腰で暴力にて意思を伝えない」
「意地を張らない」
「俺様じゃない」
「多い!!ひとつにまとめろ!!」
そんな無茶な、と2人は思った。
はぁ、とシロンはまた肩を落として。
「……結局、サーガにとって俺なんて、いざって時助けれくれればいいだけの、体目当てだったのかな……」
「やめろそんな言い方。空気が汚染させる」
なんてウォルフィが言った時。
たったった、と小さな足音が聴こえた様な気がして、2人は振り返った。シロンなんかその10秒くらい前に聞き取っていて、落としていた肩をしゃんと上げた。
「あ〜、でかっちょ、此処に居た〜!!
秘密基地に居ないから、ちょっと焦ったじゃんか」
キックボードを置いて、駆け寄る。その額には汗の玉が出来ていて、真剣に探したんだな、とその心意気にウォルフィはじんとした。
「ほら、こんな所に居ないで、帰るぞ。夜はでかっちょも一緒にメシ作ろうぜ」
シロンを連れ戻しに来たシュウに、2人は後光がさしているように見えた。思わず拝んでしまって誰が笑えよう。
シロンもまた、ウォルフィが解ったみたいに、どれだけシュウが奔走したかが解り、思わずほろりと来てしまった。
しかし、それの通りに従えないのがシロンというウィンドラゴンだ。
「……っせーな。俺はここで羽伸ばしてるから、邪魔すんなよ」
なんてつ、つっけどんに言ってくれたので、ウォルフィとリーオンは緊急会議を開き、シロンを連れ戻すようにシュウに頼むときに持っていく菓子折りは何がいいかと相談し始めた。
が。
「何言ってんだよ。帰ろうぜ?」
「だからっ……」
「お前、オレのレジェンズだろ?」
「……………」
オレのレジェンズ。
オレの。
オレの。
……オレの。
「……………」
あ、効いたな。あぁ、あれは効いた、と無責任に言うウォルフィとリーオン。
「………ちっ!!」
まるで最後の抵抗、とばかりにシロンは舌打ちして悪態をつく。
「じゃぁ、帰るぞ!!」
「えっ、わ、うぉあわぁぁ!?」
急にシロンがシュウを持ち上げ、背中に乗っける。そして飛び上がる。
「わわわわ!でかっちょ危ない!!危ないだろー!!」
「うるせぇ!早く帰りたいんだろお前!!」
「え?オレそんな事言ったっけ?」
こいつが馬鹿でよかった!とシロンは思う。
「って、キックボード!オレのキックボードォォォォ!!」
「あーっ!マジうるせーなお前は!!」
それでも飛び去るついでにキックボードを回収し、シロンは空へと立った。
空に溶け込むみたいに、凄い勢いで小さくなっていくその姿。
でも。
「……帰った所で、その原因は家に居るんだよなぁ」
「そうだなぁ」
「………」
「………」
リーオンのその呟きは、正しいものであるというのは。
20分後(早い)に聴こえたばささ、という羽音と白い影だった。
<おしまい>
|