割りと日の高い内から、ワニの穴のカウンター席にシロンが居た。
事を細かく説明するなら、今日は風が良くってシュウにリボーンしてもらい、背中に乗っけてビュンビュン飛びまくったら背中のシュウがぎゃーぎゃー泣き叫ぶので、秘密基地屋上に置き去りにし、気の済むまで空の散歩を楽しんだ後、そろそろ風のサーガの相手でもしてやるか、と戻ってみたらいつの間に来たのかランシーンが居て、こちらもしっかりリボーンされてシュウはそんなランシーンにオン・ザ・掌の格好で何かとても楽しく談笑していたのを目の当りにして、何か言おうとしても減らず口しか叩けない自分を危惧して行き場を無くしたシロンが居た。
精一杯平静を装っているものの、精神的ダメージは確実にシロンの気勢を蝕んでいて、周囲になんかどんよりしたものを背負っているし、翼の張りもへなっとしている。
そんなシロンを見て、ダンディは体調でも崩したんだろうか、とハラハラして、アンナはそれと同じ理由でワクワクしていた。
シロンはどことなくどんよりした眼を、何処とも無く向けて物思いに耽る。
(……今頃アイツら、何話してんだろうな……)
声は聴こえたが、内容までは解らなかった。と、いうか詳しくじっくり聞いていなかっただけだが。すぐに飛んで行っちゃったし。
何を話しているかは解らないが、とにかくもの凄く楽しそうだった。
シュウは顔どころか身体全部使って笑っていたし、ランシーンだって含み笑いするしか能の無いと思っていた口で、微笑を浮かべていた。
(チクショー……)
あいつらが何話してたっていいだろう!クヨクヨしてんじゃねーよ!という攻撃的でポジティブな自分も居るが、それと同時にだって風のサーガすっげぇ楽しそうだったじゃん!おまけにワル夫の髪とか触ってて、親密そうだったじゃん!という内向的でネガティブな自分も居た。その間にシロンは揺れていて、今、非常に情緒不安定だった。あと少しで内部分裂症でも引き起こして、24人のシロンが出来上がりそうだ。
で、そんな風に悶々としながらうじうじしているシロンを見て、アンナは大方ランシーンとシュウが仲良くしてる所でも目撃しちゃったんだろーな、と正解に近い、というかずばり当たりそのものの予想を立てていた。これは彼女の観察眼や推理力の賜物ではなく、過去の経験を照らし合わしたに過ぎない事だ。当人の意識無意識はさておき、シロンがここを逃げ場に使うのは今月入ってから3度目である。ちなみに、今日は15日だ。だいたい、5日に1回の割合だ。週刊誌より頻繁だ。
ぶっちゃけアンナはそんなシロンを迷惑どころかこの地球の公害だと思っているのだが、店主であるダンディがシロンをアニキと慕うのだから仕様がない、と傍観というか、黙秘していた。
しかし、何でも限度というものがあるし、仏の顔も3度まで、という言葉もある。そして今日がその3度目だ。
「ちょっと、シロン!」
勇ましく腰に手を当て、アンナはどーん、とシロンを名指した。今までは、こういう時はそっとしてあげた方がいい、というダンディに従っていたのだが、アンナはそれを破った。横でダンディがぎょっとして瞳孔の狭い眼を丸くした。
「何があったかは知らないけどね、さっさとシュウの所に戻りな!」
「なっ、なんっ、何で風のサーガが出て来るんだよ!」
シロンはセリフを噛みまくって心中の動揺をこれでもかってくらい全員に教えた。
「あーもううっさい!アンタがそれ以外でうじうじ悩む事があるのか、ってゆーの!いい!?自分に構ってもらえないから逃げるっていうのはねぇ!……………とにかく、シュウの所に行くんだよ!」
いい例えが思い浮かばなかったんだな……と、ぼそりと真相を呟いたサラマンダーに、バキッ!とアンナは裏拳を決める。バターン!とサラマンダーは倒れた。
「ほら、早く!」
カウンターを越え、アンナはシロンを強引に急き立たせ、外へ追いやった。
「ちょ、ちょっと、おい……!」
無論、力では断然シロンの方が勝っているのだが、なんていうか気力というか迫力というか、そんなものに負けてシロンはそのまま店の外にまで追い出されてしまった。来た時、まだ青かった空は朱色に染まりつつあった。太陽も、大分西へと落ちている。
「てめぇなぁ、何だってんだよ!」
さすがにこのままいいようにされてはウィンドラゴンの名が廃る、とでも思ったのか、軒先でアンナに向け、睨みを効かせてみたが、そんなもん、アンナにとってはそれこそ何処吹く風みたいに気にもならない。
アンナは、ふん、と息も荒く、
「いい?!よーっく聞きな!アンタとシュウは紛れも無くパートナーなんだよ!切っても切れない絆ってもんがちゃんとあるの!でもねぇ、それでもこんな風に勝手に不貞腐れて、シュウから離れてたんじゃ、それも薄れちまうよ!それでもいいの!?」
アンナの気風のいい啖呵に、店内からこっそり様子を窺っていたダンディとサラマンダー(復活した)(でも流血してる)からおおお〜という歓声と共に拍手が送られた。
「……アンナ………」
シロンは言う。
「そうか……そうだよな。あいつは俺の……風のサーガなんだよな。何、弱気になってんだか」
「そうそう。言われなきゃ気づけないなんて、うっかりにも程があるよ」
「はは、確かにな」
シロンは苦笑した。
「じゃ、いっちょ風のサーガの所に行ってくるわ」
「あぁ、いってらっしゃい。それで、ワニの穴に連れて来てよねv」
「……………………………………………てめぇ、さてはそれが本音だな?」
「あったりまえじゃないかい」
「………………」
どいつもこいつも自分の事ばっかりだ!とか思いながらそれのトップクラスに入るシロンは、翼を広げ、大空を舞った。
シュウの所へ。
ランシーンが一緒に居たんだ。もしかしたら、家に送って行ってるかもしれない、と思いながら、一応シロンは秘密基地の屋上へと向かって行った。
そうしたら、豆粒のように小さい人影がひとつ。見間違うはずも無い、あれはシュウである。
シロンは降り立つ。
「風のサーガ」
「…………………んぇ?」
返事がかなり遅れた上、出た声はなかり間抜けだったのでどうやら寝こけていたようだ。
「おおーぅ、でかっちょ、遅かったなぁー」
「何が、おおーぅ、だよ。つーか涎、手で拭くなよ、汚ぇなぁ」
「拭わなけりゃもっと汚ねーじゃんか」
「ハンカチはどうした」
「……………。あ、忘れた」
ごそごそっと両方のポケットを探った後、シュウは行った。思わず、ガクッと脱力するシロン。
あれほど毎日メグに言われてるのに、どうして忘れられるんだろうか。何だか、一種の才能みたいに思える。
「空の散歩、楽しかったか?」
シュウがいきなり言った。それまでの経緯を無視した唐突な発言には、もう慣れている。
「まぁな」
「でもさ、お前もーちょっとゆっくり飛べよな?オレ、ついて行けねーよ」
「手加減して飛ぶと羽が凝るんだよ。……だいたい、俺が乗せてんだから、どんなにスピード出しても、お前を落としたりしねぇよ。黙って乗っていりやぁいいんだ」
なんて事を、シロンは言った。ウォルフィ辺りが聞いていたら、おめーどこのツンデレだ!と強烈なツッコミが飛びそうだ。
シロンのセリフに、シュウはぱちぱちと瞬きをする。
「そうなの?」
「そーだよ」
シロンはぶっきら棒に言う。
「でもさぁ……あんなに高くて速いと、やっぱ怖ぇーんだよ」
「慣れろ」
「そんな無茶な!」
シュウは悲鳴のように声を上げた。
「多く乗ってれば、その内嫌でも慣れるぜ。って事で早速、」
シロンはシュウの襟を掴み、ぽーん、と器用に放って自分の背中に乗せる。当然、ぎゃーぎゃーとシュウは喚く。
「ぎゃー!やだー!嫌だー!止めてくださいぃぃぃぃぃぃ!!お願いしますぅぅぅぅぅぅぅぅ---------!!!!」
「っだー、冗談だ、冗談!人の背中鼻水まみれにしたら、本気で承知しねぇぞ!」
「冗談?本当に?」
「あぁ」
シュウはほっとすると同時に、むっとした。
「何だよ!冗談でも言っていい事と、悪い事があるぞ!」
いっちょまえなセリフだから、何処からかの引用かもしれないな、などとシロンは思った。
「そーかそーか。じゃ、冗談じゃなくしてやる」
「ごめんなさいすいません。ほんと、勘弁して下さい」
「解ればいい」
と、言ってシロンはふわり、と飛び上がった。時間は本格的な夕暮れで、街並みをその色で染めている。
「そーいやお前よ、なんであそこに居たんだ?」
ふと、シロンは言ってみた。
「へ?なんでって、でかっちょがオレをあそこに置いたんじゃん。頭大丈夫か?」
「古いテレビじゃねぇんだから、頭叩いてんじゃねーよ!」
ごんごん、と拳でやられたそれは、痛くは無いが振動が気になった。
「ワル夫が来ただろ。あいつ送ってくとか言わなかったのか?」
「あぁ、言われたっけな。………ん?なんででかっちょ、ワル夫が来たの知ってんだ?」
「……………………………………なんとなく。」
これ以上下手な言い逃れが他にあるだろうか、ってくらい下手な言い逃れだ。
「そうか。なんとなくか」
でもシュウには通じた。こいつがこいつで本当に良かった、とシロンはよく解らないが噛み締めるように思った。
「でかっちょここで待ってろって言ったじゃん。だから、待ってたんだよ」
「けどよ、もう時間も遅くなったし」
「うん、でも、でかっちょ待ってろって言ったし。来た時オレが居なかったら、ダメじゃん。
約束は、守らないと」
「…………。なぁ、風のサーガ。お前って………」
「うん?」
「いい加減の癖に、頑固者だよな」
「えぇー?そうかぁー?」
シュウは不服そうな声を上げる。上げられた二つとも、あまり良い印象がもたれないものだから、無理も無かった。
「あぁ、そうだ。他の連中はどうかは知らないけど、俺は思うね」
「なんでぇー!どうせなら、もっといい事思えよ!格好いいとか、逞しいとか、頼りがいがあるとか!!それから、えーと、」
まだ言おうとしてるのか。欲張りなヤツだな、とシロンは思った。
「けど、俺は、…………そんな…………お前が……………」
「えっ?でかっちょ何?今何か言った?」
聴こえなかったから、もいっかい言って?と促すが。
「…………。別に、何でもねーよ!」
そい言い放ち、大きく翼を翻した。途端、速度が上がる。
「ちょ、ちょちょっと、でかっちょさーん?スピード出てませんかー?」
「あぁー?これくらい普通だろ」
「いーや速い!断じて速い!とても速いぃぃぃぃぃぃっうっぎゃぁぁ----------!!!」
程なくして、風の轟音とシュウの悲鳴が混ざる。
家に着いた時には完全に眼を回してしまっていて、これはどう説明したらいいものやら、とマツタニ家の前でシロンはちょっと困った。
後日。
それでもやっぱりワル夫と風のサーガが何を話していたのか超気になるので、それとなく調べてもらう事にした。
グリードー達に。
「……チックショー、4回目にして居留守失敗しちまったぜ……!」
ウォルフィが忌々しく呟いた。
何故に最近シロンがワニの穴へと通っていたかと言えば、いつもシロンは避難場所にスパークス邸を選んでいたのだが、グリードー達はシロンがやって来る気配を感じるとカムバックするなりして、居留守を使っていたからだ。だからシロンはワニの穴へと言ったのだ。そんな事実をアンナが知れば怒るかもしれないが、事情を話せばきっと同情してくれるだろう。
そんな訳で居留守に失敗してしまった面々は、シロンにとっ捕まり、ちょっと風のサーガに訊いてきてくんない?とか頼まれてしまった。
断りたいのは山々だが、それでシロンが諦めたり自分で頑張ったりすればいいのだが、こっちがうんと言うまで粘るだけだ。性質の悪い押し売りみたいだ。ゴム紐とか買わせようとするヤツみたいな。
とは言え、最近ワニの穴にシロンが頻繁に行っている、という噂をどこから無く聞いていたグリードーは、ダンディばっか押し付ける訳にもいかないし、と思ってシロンの頼みをきいてやる事にしたのだ。
そして朋友3名で厳粛にして公正なくじ引きにて生贄(この場合、シュウに聞きに行く係りの事)を決め、結果はリーオンが行く事にした。やっぱトルネードの事はトルネードだよね。うん。とか残った二名が無責任な会話をしたのはここだけの話だ。
リーオンが発って、一時間程しただろうか。見慣れた姿が空から自分達の方へと寄ってくる。
「よぉ、リーオン!ごくろうさん!」
「で、どうだった?」
二人は気遣うようにリーオンに声をかけた。
しかし、リーオンは、
「………言いたくねぇ…………」
ぼそ、と普段より四割増しの低音で呟いた。
「へ?なんだって?」
ウォルフィが聞き返す。しかし、耳に入っていなように、何だかリーオンは俯いてじっとしている。実はそれは、ストレスが限界を超えた時の様子だった。爆発する一瞬前の。
「言いたくねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!すっげぇ、すっげーシロンに言いたくねぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッッ!!!」
ガオー!と吼えるその様は、猛獣と呼ぶに相応しかった。
「ちょ、リーオン落ち着けって!落ち着け!!何があった!?」
「何があったかもマトリョーシカもないわぁ--------!!くっそー!どうしてこんな事に巻き込まれなきゃならないんだ------!!やってらんねぇ---------!!!」
「お、おい、ウォルフィ!とにかく、何か甘いもの持って来い!苛立った時には糖分だ」
適格だけど原始的でのんびりした解決法だな、と思いながらウォルフィはキッチンに向かって走った。糖分云々より、怒るの止めないとこれあげないぞ、と言えば絶対リーオンは止まる。よく考えればちょっと情けないが。
先ほどのティータイムの時に出たケーキが余っていたので、メリッサに一言告げてウォルフィはそれを持ってまた走る。
(それにしてもアイツ、何をそんなに怒っているんだ?)
走りながら、ウォルフィは首を傾げた。向かう先、シロンのバカヤロ---------!!と解りきった今更の事を叫んでいるリーオンが居る。
ランシーンの掌にぴょんと乗っかり、シュウはその顔をまじまじと覗きこむ。
「ワル夫ってさ、ほんとーに、見れば見るほどでかっちょそっくりなのな!」
「そうなのですか?」
「口とか目とか同じだし……あっ、髪型変えると、もっと似るかも!」
「ちょ……風のサーガ、痛いですよ」
「あっ、悪ぃ悪ぃ」
「全く、貴方と来たら………」
「へへ、ごめんなー。怒った?」
「怒ってませんよ」
「なんかさー、何もかも超おんなじ!なんか、おっもしれぇー!!」
「………ま、貴方が楽しんでもらえるのなら、それでもやぶさかではありませんね」
そう言って、ランシーンは微笑んで。
何を勘違いしたのか、急に踵を返して飛んでいく半身に、あのバカ、と思いっきり悪態をついていた。
<おわり>
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