夏の盛りに学校が長期休暇に入るのは、その気温で授業に集中出来ないからだ、というのがとてもよく解る、そんな日。
「て事で海行きます!海!てか暑い!!!」
夏休みに入ってから最初のクラブ集会の時、シュウはそんな風にのたうち回った。けれど、この時だけはメグのチョップもディーノの突っ込みも入らなかった。うっかり同意してしまうくらい、その日は暑かったのだ。
「海か……いいわね。水辺は涼しいわ」
「で?何時行くんだい?」
2人は暑さで少々ぐったりしながら訊く。
そしてシュウは声高らかに言った。
「今から!」
「「行けるかボケェー!!!」」
結局はチョップも突っ込みも貰ってしまうシュウだった。
とは言え、海に行くのは皆賛成しているので、シュウが海に行くぞと騒いでから1週間後、皆は海に来ていた。
「ぃよっしゃぁぁぁぁぁ!!白い砂浜青い海!待っていやがれ突撃だー!!!」
「ちょっと待つ」
本当に突撃しようとしたシュウを、ウォルフィはちょぃ、っと持ち上げてそれを止めた。
「海に入る前には、準備運動だろ?」
「………おおおお!そりゃごもっともだ!さすが体育委員!!!」
おお〜、シュウが委員を間違えずに言ったぞ、と皆は目を丸くした。
けれど、ウォルフィはこういった類の性格に慣れているので、慌てず騒がずリーオンを指差し、
「部長、あいつの委員は?」
「え?体育委員。……あれ?なんで体育委員が2人もいるの????」
あぁ〜、やっぱりシュウはシュウだった、と皆は肩を落とした。
「んーまぁいいや!じゃ、準備運動ー!」
「準備運動って、何をやるの?」
ズオウがとても素朴に訊いた。
「む。オイラもあんま詳しくないな。あ、そうだ、クラブの歌の時の各自自由の振り付けを、」
『絶対ヤだ』
全員の声が綺麗にハモった。
散々泳ぎ回ってとりあえず一息ついたのか、シュウは今、浜辺でメグ達とボールで戯れている。
「マック、パース!」
「シュウ、あげるんだな〜」
「はーい、キザ夫ー!」
「僕は、ディーノだ!!!」
どこ行っても変わらねーな、とシュウ達から少し離れた岩場からそれを眺めてシロンは思った。他に人が居ないので、竜の姿を取っている。
「どこ行っても、あいつはあいつだなぁ」
「………………」
まるで自分を監視するように傍らに居るランシーンに、何となく言ってみる。が、返事は無い。若干俯き加減のまま、微動だにしない。
「オーイ、聞いてんのかよ」
と、肩を軽く小突くと、
ずずーん。
と、ランシーンの体が地面に倒れた。
「………………………………」
遠くでキャッキャとシュウ達の騒ぐ声がやけに遠い。
おまけに、こんな時に向うの島まで泳ぎで競争していたウォルフィとリーオンが丁度帰って来てたりして、思いっきり目撃していたりした。
「………たっ、大変だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「シロンがとうとうランシーンを亡き者にした---------------!!!」
「わー!バカヤロウ!勝手に人を犯罪者にするな!!!」
3名の騒ぐ声に、シュウ達とちょっと離れていたガリオン(理由:大きいから)とグリードー(理由:熱いから)も、なんだなんだと寄って来た。そして、ぐったり倒れているランシーンを見て、同じタイミングでぎょっとした。
「……シロン……お前、何もわざわざこんな時にしなくても………」
「正直に認めれば、まだお上にも慈悲はあるぞ」
「だから俺じゃねぇって!!俺はまだ本格的な事は何もしてねぇ------------!!」
果たして彼は、今のセリフで容疑を否認出来たと思っているのだろか、とグリードもガリオンも疑問に思った。
「ワル夫!お前どーしちゃったんだよ!!」
すぐ様シュウがランシーンに駆け寄る。そして、良くわからない状況だが、とりあえずカムバックした。ねずみになったランシーンを、掌に納めると、
「!!!!??? アッチィ-----------!!!!」
危うく放り出しそうになった程、ランシーンの体表は熱かった。
「なななな、なんだ!?なんでこんなに熱いんだ!!!?」
「えぇっ!ちょっとそれって、どういう事!?」
「ランシーンさん、しっかりするんだな〜!!!!」
メグもマックも、シュウの手の中を覗き込んで慌てふためく。
「………………黒い、から?」
ぽつん、と不意にディーノが言った。
姿形はシロンと同一なのだが、ランシーンはシロンと違って服を着ていて、それは真っ黒でオマケに身体も黒くて翼も黒かった。
「黒いから、太陽熱を吸収したという事か?」
「て、事はこれは、」
「熱射病?」
ガリオン、グリードー、シロンの順で言った。
「じゃぁ冷やさないと!水!氷、水!氷水氷水氷--------!!!」
「落ち着けてんだよ風のサーガ!肉肉野菜肉か!!!」
わるっちょを持ったまま、ネズミ花火みたいにその場をクルクル走り回るシュウにシロンが言った。
「! そうだ、メグ!ズオウって雪だるま出せたよね!?」
先ほど同様、ディーノはこの場で最もな意見を言う。
「ズオウ、お願い!」
「うん、ボク頑張る!!」
メグに言われ、ズオウは宣言通り頑張った。
頑張った結果、グリード程はあろうかという雪だるまがズン!と。
わるっちょを持ったシュウの上に落ちた。
『……………………………………』
レジェンズの力で出したせいか、真夏の日差しを受けても形を崩さない巨大雪だるまを、しばし皆は眺めてしまった。
「………おわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!掘り出せ!掘り出せぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
ウォルフィの声に、みんなも我に返り雪だるまを掘り起こす。このままではさっきと真逆の原因でシュウの命がピンチだ。
「あっ!手ごたえ発見!!!」
「どけぇリーオン!!!!」
シロンは有無を言わさずリーオンをふっ飛ばした(鬼)。
その位置に収まって手をズボッ!と入れる。そしてごそっ!と出したら、その手の上にカチコチになったシュウが居た。わるっちょを離さなかったのはさすがである。
「か、固まっ……、つめた、冷たたたたたた、」
「グリードー!」
シロンが何ぼさっとしていやがるさっさと来ねぇか、な調子でグリードーを呼んだ。グリードーはそれにはいはい、わーってるよ煩ぇな、という具合に近寄った。
ほい、っとグリードーの背中に乗せると、両隣の炎の翼でシュウがじゅわじゅわと解れていく。
「……ふへぇー、吃驚したー。いきなり真っ白だもん。目の前」
「……ごめんなさい」
ズオウがしょんぼりして言った。体が普段より小さく見える。
「いやいや、よくやったぜ保健委員!!おかげでほら!わるっちょが目を覚ました」
シュウが言う通り、ランシーンは目をパチパチさせて起き上がっていたが、それは多分冷やされたからというよりは、周りが騒がしいから起きたのではないだろうか、と皆は思った(ズオウを除く)。
「おう、わるっちょ大丈夫か?お前、暑くて倒れちまったんだぞ?」
『あぁ、風のサーガ……すいません。とんだ醜態を』(←通訳:マック)
「そんなのいいって!いつくらいから、気分悪かった?」
『サーガ達がビーチバレーをし始めた時でしょうか。少し意識がクラっとして……じっとしれてば治ると思ったんですが』
「なんでもっと早く言ねぇんだよ!めちゃくちゃ心配したんだぜ!?」
『折角楽しんでいるのに、水を差すのも悪いかと。でも、結局、お騒がせさせてしまいましたね』
「馬鹿!騒がせるとかそういう問題じゃないだろ!」
「そうそう、だいたい騒いでいたのはむしろシロン、」
「おおーっと手が滑ったー!」
ぼぐしゃー、とシロンは問答無用でウォルフィを殴り飛ばした(鬼)。
「わるっちょ、もう気持ち悪いの治ったか?本当の事言えよ?」
普段の溌剌した表情が引っ込み、心の底から心配そうに見詰めるシュウに、ランシーンはふ、と笑みを浮かべた。多分それは自嘲なんだろう。こんな悲しそうな目をさせているのに、どうしようもなく、嬉しいのだ。全てに等しく救いを齎した子の心を、独り占めにしているという事が。
『はい、大丈夫ですよ。ですから、どうぞ遊んできてください』
「……うんにゃ。側についてる」
神妙な顔で言った言葉に、ぱちくり、と瞬きをした。
『いえ、もう本当に……』
「だめー!こーゆーのって、ちゃんと治しておかないと、癖になるんだからな!」
そんな捻挫じゃあるまいし、とは思ったが、なんだか口を挟めない空気だ。
「だから、もうちょっとついてる!オレは部長なんだから!!」
シュウがこんな風に言い切ったら、もう何を言っても効かない。解りきった事なので、ランシーンは大人しく従う事にした。
『では、お願いしますね』
「おう!……あ、オレがこうして持ってたら、熱いよな」
『いえ、そうしていてください』
「ん?そうか?」
『えぇ。とても心が安らぎます』
「そっかそっか」
ランシーンがそう言ったら、シュウはとても嬉しそうに微笑む。
従うというよりは、多分甘えるになるんだろうけど。不謹慎ながらも、倒れてよかった、と思うランシーンだ。
そしてその後ろで、シロンに突き飛ばされたり吹っ飛ばされたりした時に打ち所の悪くてぐったりしたままの2名を、ディーノがカムバックしていた。
シュウとランシーンを岩陰に残し、皆は海に入って遊んでいた。マックはガリオンの上に乗って日光浴していて、メグはズオウに泳ぎを教えている。ディーノはリーオンに引っ張ってもらって、水上スキーの真似事のような事をして、ウォルフィもビーチボードの上で寝転がって寛いでいる。
各々、とても海を満喫していた。
1名を覗いて。
(チックショウ、暑ぃな……)
頭上からの太陽が、じりじりと自分を焦がしているようだ。影も何もない砂浜で、シロンは何をするでもなく座り込んでいる。目の前には海が広がっていて、飛び込んだらさぞかし気持ちいいだろうな、と思っているのに、入ろうとはしなかった。
「シロン、海に入らないのか?」
どう頑張っても海に入れないグリードーが、側に来て言った。
「別に……ただなんとなく」
「ふーん……」
と、返事したグリードーは、今のシロンの発言を信じていない。
「まさかお前……自分も熱射病になって部長に介抱してもらおうとか、考えてんじゃねーだろーなー」
「………………………………………ンな訳ねーだろ!」
「動揺を隠すのに十分な間が空いたな、今」
しかもかなり長かった。
「お前なぁー、モモの缶詰目当てに風邪を引く子供じゃねぇんだから」
「グリードー。お前本当に21世紀入ってからリボーンされたのか」
グリードーは呆れながら言ったが、それよりもシロンはそれがかなり気になった。
「そんな情けなねー事するなよ……って、自分が一番解ってるか」
「……なら言うなよ」
遠回りだが、それは肯定の言葉だった。
解ってはいるんだ。つまらない事をしているっていう事くらいは。
何もランシーンに対してだけじゃない。あの場面であの位置に居たのが自分だとしても、シュウは同じように心配し、介抱しただろう。
ランシーンだけじゃない。
そして、自分だけでもない。
だからこそ、自分にだけ目を向けてきた時にはその時を何より大事に思う。そう思っていたのは、思えるのは今まで自分だけだった。だからどうにか我慢出来た。
しかし、此処に来て同じ事を、同じように思うヤツが出てきた。仕方無い、ある意味自分なのだから。
自分の思いつきで発足させたクラブだが、だからこその責任もシュウはちゃんと背負っている。自らを部長と称している事からも解る。
皆を気遣う出来た部長だけど、その前にシュウはサーガだ。
風のサーガ。
シロンの、シロンだけのサーガ……だった。
今は、違う。
「……あーぁ、どこからかお助けマンみたいなのが来て、あのヤローさくっと殺して来てくれねーかなー」
「……絶対に正義の味方じゃねぇな、そのお助けマン」
グリードーはとても正しい事を言った。
波に揺られるのも、気持ちがいいもんだ。ウォルフィは穏やかに海を楽しんでいたのだが。
「オイ、ウォルフィちょっといいか」
「どうした?」
むっきりと起き上がる。グリードーが声を掛ける前に、気配は感じていた。ウォルフィの上で空中停止しながらグリードーは言う。
「まぁ、何つーか、あそこでな、シロンが部長に構ってもらいたい為にわざと熱射病になろうとしているんだよ」
その内容に、ウォルフィはげんなりした。
「なんだそのエアコン目当てにわざと怪我して保健室行くみたいな」
「そう言ってくれるな。本人も(一応)自覚はしてんだよ。で、それとなく部長にシロンを気に掛けさせるよう、仕向けてくれくれないか?」
「了ー解。ったくめんどくせぇヤツだなぁー」
元はと言えば、ライバルが居ないから何もしなかったシロンが悪い。油断しきっていた所に強力なのが出た訳だから、自業自得もいい所だ。
しかし一番面倒なのは、それの被害が自分達にも回ってくる所である。
なのでウォルフィは行くのだ。
超嫌だけど。
岸に上がり、シュウの元へ行く。シロンはシュウに背を向ける形で座っていた。おそらく、ランシーンを大事そうに抱えているシュウを見たくないのだろう。
本当〜に面倒くさくて解り易いヤツ、とこっそり思いながら目的地へと辿り着く。近づくにつれ、なんだかシロンから殺気が漂っているが、今はシュウが居るから平気だ。多分。
「よ、部長。ランシーンの具合はどんなもんだ?」
ウォルフィは気さくに声をかけてみた。横に来たウォルフィに、シュウはにかっと笑った。
「うん、いいみたいだ。ほら、オレの手の中で寝ちまったんだぜ」
手を差し出し、わざわざ見せてくれた。シュウの小さな掌の中、丸まるようにランシーンは寝ている。
「何つーかさ、寝てるとコイツ可愛いよなっ」
「……可愛い……ねぇ……」
ウォルフィはどうしても竜の方のイメージが強いので、可愛いという単語をなかなか直結する事が出来ない。まぁ、このハムスターにも酷似した姿なら、可愛いといえなくもないだろうか。ウォルフィは、ちょっとシュウの手の中を覗き込んだ。
すると、途端にランシーンの眉間に皺が出来、ピン!と耳(?)も片方アンテナのように立った。ウォルフィが自分を覗き込んだから、というより、シュウに近づいた為のこの反応だろう。
(……こいつにつけるべき基準は、可愛いとか可愛くないとか、そんなものじゃないよな、絶対……)
ウォルフィは思った。
「ところでさ、部長」
と、本題を切り出す。
「シロンがあそこに座ってんだけど、ああしてたらあいつも熱射病だかになっちまうんじゃねーの?」
とかいうセリフに、シロンの耳(?)が両方ピン!と立った。本当に解り易い。そしてこいつらは同じ存在だというのが解った。
「うん、でもあいつは平気じゃねーの?だって帽子被ってるし」
し、………しまったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッツ!!!!
とかいう、シロンの心の中の慟哭が、ウォルフィには実際に聴こえたかようだった。
「まぁ、そうだな……うん」
そして思わず頷いてしまった。
「でかっちょって、日向ぼっこあんなに好きだったんだなー。今度から日当たりのいい所譲ってやろっと」
「……うん、そうしてやれよ。是非」
当初の予定とは大分ずれたが、シュウにシロンの事を気にかけるという点に置いては強ち達成してなくもてないのではないだろうか(どっちだ)。
きっとこの先、シュウは日の当たる場所を探し、シロンに譲ってやるのだろう。そしてシロンが何とも言えない表情をして、其処に座るのだ。
今からそんな光景が目に浮かぶウォルフィの前方に、ピキーンと固まったままのシロンが居た。
「お!わるっちょ元気出たか?じゃ、海に入ろーぜ!」
「ググッ!」
そしてその横をシュウが走り去った。
ランシーンが思いっきりシロンの事をへっ!と鼻で笑ったのは、多分見間違いではない。
やっぱちゃんと言わないと、思うだけじゃ伝わらないよなー、とウォルフィはそんな事をしみじみ思った。
<おわり>
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