此処最近、ニューヨークの空は曇っていた。暗くもないが、明るくも無い。目に映る景色もモノクロだと錯覚さえする。
「一昨日も曇り、今日も曇り、明日も曇りなんかな〜。チクショ〜」
力ない悪態をつきながら、シュウはリビングで地味にじたばたしていた。
「お日様、出て来ーい!」
窓に向かって叫んでみたりした。
そんなシュウを、ねずっちょなシロンはまた何かやってんなぁ、とかのんびり見てたが、わるっちょなランシーンはぱたぱたと近寄った。
「グググググ?」
「へっ?何何?」
シュウが解らないようなので、ランシーンはもう一度説明した。
「グググググ」
「えっ?えっ??」
シュウはまだ解らないようなので、ランシーンは言葉を区切ってゆっくり説明した。
「グ、グググ、ググ」
「何?何なの?」
「ガ-------ッッ!!!!」
埒の明かない堂々巡りに、シロンがぶちっと切れてランシーンを蹴っ飛ばした。
「グググ!」
「ガガ!ンガニャガガッガー!!!」
「フンググ!グググ!グッググー!!!」
「だー!もう、わかんねぇー!!!!」
今度はシュウが切れた。
「ガガガとグググじゃわかんねぇっての!はいっ!リボーン!!!!」
「ガガ!?」
「ググ!?」
タリスポットを高く掲げたシュウに、シロンとランシーンがぎょっと目を剥いた。
だって、此処は室内で。ディーノの家ならまだしも、普通の一般家屋な訳だから、6メートルもあるドラゴンを2体を召喚したりしようものなら。
みっしり。
とかいう擬音が見ていて聴こえそうだった。
「………あー…………」
さすがのシュウもこれは困った事をしてしまったと、すぐに解った。シロンとランシーンは身動きが取れない。取りたくても取れない。
「てめぇ!風のサーガ!いつももうちっと頭使って行動しろって言ってんだろが!」
「えぇぃシロン!あっちへ行け!近寄りすぎだ!!!」
「俺だってお前から出来る限り離れてぇよ!」
「お前と違ってこっちは禿げ隠しの帽子当たるんだ!」
「誰が禿げだ-------!!!」
「はい!はい!カムバックー!」
そのまま延々続きそうな口げんかを遮って、シュウが再びねずみの姿に戻す。それでも口げんかをやめようとはしなかったが、その前にシュウがむんず、と引っ掴んで外へと連れ出した。そこで改めて竜へと変える。
「やいワル夫!俺よりお前の方がよっぽど禿げじゃねぇか!」
「失礼な……私の何処が薄れていると言う」
「その額!格好つけて後ろに引っ詰めてよ!そんな事してると、結構前より広がってんじゃねぇのー!?」
「……何をぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!?」
そんなに怒るのを見ると、ちょっと自覚はあるんだろうか。
「んもー!お前ら禿げ禿げうるさいよー!(本当にな)
ツルツルでもフサフサでも、オレのレジェンズである事には変わりないんだから、別にいいだろ!!」
その言葉に、ぴたっと2竜は言い争いを止める。冷静な考えを持てる第三者が居たら、「いや、それあまり関係ないから」と突っ込んでくれただろうが、そんな気の効いた事が言える者は生憎この場には居ないので2体の反応は放置された。
「で!ワル夫!さっき、何が言いたかった訳?」
「あぁ。そういやそうだな」
事の起こりはそうだった、とシロンは思い返した。途中からどっちが禿げなのかという論争になっていたが。
「サーガは、太陽が見たいのですが?」
シュウに向かって、物静かに言ったランシーンは、とてもさっきシロンと手が出る寸前の口喧嘩をしていたのと同一竜とは思えない。こいつ、2重人格なんじゃねぇの、と時々思うシロンだ。
「へ?うん、見たいと言えばみたいけど?」
「そうですか……」
「何何?見れんの?見せてくれんの?」
何やら考えのありそうなランシーンの足に、よじ登りかけるのをシロンに微妙に邪魔される。ランシーンは(今回は)それを見過ごして、
「青空にしろ、と言われたら少し骨ですが、それくらいなら、今すぐにでも」
「えっ!本当!?」
シュウの目が期待と興奮にキラキラと輝く。
「えぇ、勿論。私が貴方に嘘をついた事がありましたか?あそこの白いヤツみたいに」
「なんでお前はいちいち俺にダメージ食らわす事を言うんだろうな」
「おい、シロン」
「あぁ?」
「ジャンケン、ホイ」
「え?ホイ」
訳の解らないまま、シロンは手を出した。ノリの良さはシュウをサーガに持つだけはある。
ジャンケンの結果は、シロンがグーで、ランシーンがパーだった。ランシーンの勝ちである。
一体何の勝敗がついだんだ、とさっぱり不明なシロンを置いて、ランシーンはシュウをひょい、と抱え上げた。
「あ!てめぇ!!」
「シロン。何をしている。さっさと飛べ」
「はぁ!?何処にだよ!」
「上だ。真上。雲を突っ切るんだ」
その説明で、太陽を見せるなら今すぐ出来る、というランシーンのセリフの意味が解った。雲の上に出てしまえば、太陽を遮るものは無くなる。
「……ちょっと待てよ。俺が飛ぶにして、風のサーガをお前が持ってちゃ意味がねぇだろ」
「何故」
「何故って……そいつに太陽見せるのに飛ぶってのに、そいつが居なくてどーすんだって!」
シロンのセリフに、ランシーンは溜息をついた。まるで、馬鹿は面倒で困る、とばかりに。
「なんだその態度!」
「シロン、お前、雲が何で出来てるか知っているか?言っておくが、綿じゃないぞ」
「そこまでアホにするなー!水蒸気が集まってるに決まってんだろ!」
「そうだ、水蒸気だ。其処を潜るとなると、例え気体になっているとは言え、出てくる頃にはずぶ濡れだぞ。だお前は風のサーガに風邪を引かせる気か」
「わぁー、つまらん洒落」
「………………」
「……今のは俺が悪かったら、そんな凍えた目で見るなよ。傷つくじゃないか」
「解ったならさっさと飛べ」
「いややっぱりちょっと待て」
「なんだ」
「つまり、俺は風のサーガが濡れてしまわないように、盾になれって事だよな?」
「あぁ、そうだ」
「その時、俺は?」
「濡れるだろうな」
「しれっと言ってくれんなー!なんだそりゃ俺ばっかり損じゃねぇか!お前が言いだしっぺなんだから、お前がやるべきだろ!」
「本来私だけの手柄にしようとしているのを、情けをかけてお前も参加させてやろうという私の優しい気遣いに気づけんのか。それにチャンスならジャンケンをして公平に与えてやっただろうがこのチンピラもどき」
「チンピラもどき------?んならお前はインテリヤクザじゃねぇか!」
「あぁ、いいとも。ヤクザの方がチンピラより格が上だからな。それに、教養もある」
「ぬぁ----!その笑顔クソ腹立つ!」
「なぁ!太陽見せてくれんじゃねぇの!!!」
シュウの一言に、は、とシロンは我に返った。
シュウはすでにランシーンの腕の中に居る。ここでごねればごねるだけ、ランシーンはシュウを抱っこ出来るという訳だ。無理やり引き剥がそうなら、そのままランシーンは単体で飛び立つだろう。万全を期して自分を雨よけにしているが、それがなくてもシュウを濡らさない技量はある。
なってこった。もう、これは負け戦じゃねぇか。
シロンがそれに気づいたのに、ランシーンも気づいたようだ。にやり、と口角を吊り上げる。シュウを後ろから抱きかかえているので、シュウは死角になってそれには気づかない。
ここは、ランシーンのいう事をきくのが、一番被害を軽減出来るようだ。最後に、チッと舌打ちして、シロンは翼を広げる。
「そんじゃ飛ぶからな、ワル夫!見失ったり遅れたりするんじゃねぇぞ!」
「お前こそ。追いつかれて突っ掛るような無様な真似をするなよ」
シロンに言ってから、シュウに優しく、少し苦しいかもしれませんが、我慢してくださいね、と言う。その変貌に、やっぱりこいつ2重人格だ、とシロンは確信を深めた。
「行くぜ!」
鉛色の曇天の下、シロンの純白の翼は、輝いて見える程だった。
多分、猛スピードで上昇しているのだと思う。多分、になってしまうのは、自分をしっかり抱え込んでいるランシーンの腕で視界が潰れた為だ。それでも音は届くし、風も感じる。なんだか、遊園地のアトラクションみたいだ。そう言ったら、怒るだろうか?次に視界が開けた時、其処に広がる光景をあれこれ想像して、胸が弾む。
唐突に、空気が何だか重くなった。多分、雲の中に入ったんだろう。ランシーンの腕にも力が篭る。けれど、シュウには苦しさは微塵も感じられない。むしろ落ち着くくらいだ。
腕で抱えられてる事で、ランシーンに守られている。少し離れて先を飛んでいるシロンも、その風が届いて自分の安全を保証してくれるのが解る。
(へへへ………)
シュウは、知らず顔が転んでしまう。
みんなには悪いけど、自分が一番幸せだと思う。だって、こんなに大事にしてくれる存在が、みんなは1つだけど、自分は2つもあるのだから。
ランシーンの腕に包まれながらも、外が急に明るくなったのが解った。
雲を抜けたのだ。
ゆっくり、ランシーンがシュウを覆っていた腕を退ける。
「……うわぁー!」
シュウは思わず感嘆の声を上げた。
美術館にある芸術品は、綺麗だと言われても何処の何が綺麗なのかは解らない。けれど、この景色は綺麗なものだと、はっきりそう思える。
下には、まるで大地のような雲。空には雲ひとつ無くて----当たり前だが-----どこまでも青色の広がる中、太陽が色を違えて燦々と光を発している。
秘密基地や自由の女神の上から見たのとは全然違う。人の気配というものが感じられなくて、なんだか異世界に紛れたみたいだ。知らず、ぎゅ、とランシーンの手袋を掴んだ。
「……風のサーガ、高過ぎましたか……?」
シュウの状態を敏感に察知したランシーンが、問う。縋るような手は、恐怖や不安の表れのようだった。
シュウはそれにブンブンと首を降る。
「ううん!違う!なんか……なんか、すっげぇな〜って」
今までに無い体験で、言葉にもリアクションにも出来ないだけだ。決して怖いとか、そんなものではない。
「では……喜んでいただけましたか?」
「もっちろん!ありがとな!ワル夫!それから、シロン……シロン?」
ふと見れば、シロンの姿が無い。
「ああああああっ!濡れた!クソッ!!!」
声のする方を見れば、帽子を取り、髪をわしゃわしゃ掻き混ぜているシロンが居た。髪だけではなく、全体的にしっとりと濡れている。
「でかっちょー!この景色、すげぇなー!」
「あー、はいはい。良かったな。俺はちょっとそれ処じゃねぇんだよ」
「美しいものを素直に感じ取れないとは、心が貧しいやつだ」
「うるせーな!誰のせいで俺がびしょ濡れに……!」
「シロン!カムバーック!!!!」
シロンのセリフ半ばに、シュウがカムバックした。ねずみの姿となったシロンは、シュウの手の中に収まる。
「ガガガ?-----ンガガガー!!!」
シロンの視界が、突然何かで真っ暗に覆われる。質感からして、どうやら布みたいなのだが。
「こら、暴れるな!!!」
シュウのそんな声が、上から降ってくる。布か何かはっきりしなかったそれは、どうやら服のようだ。それをごしごしと自分に擦り付けてくる。
「ガガッ!ガ……ガー!」
暫くして、ぷは!と顔が出せれた。
「うん、だいたい濡れてるの取れたな!」
「ガ、」
自分が濡れているのを見て、拭いてくれたらしい。それはいいのだが、服で、とはどうだろう。メグが居たら、ハンカチくらい持ってなさいよ!とチョップを決めるだろう。シロンもそう思うが、とりあえず今は好意を純粋に受け取っておこう。
ランシーンは、帰ったらまず着替えですね、とシュウとシロンを見て思う。帰る時は自分が先頭に立つつもりだから、皆揃って着替えだ。
「う〜ん、やっぱ太陽はいいなぁ〜。風もあったかくなるし……」
「そうですね」
「ガガ〜」
風のサーガとレジェンズ。揃って風を浴びる。
「そうだ!」
と、シュウは何か閃いたように言う。シロンは嫌な予感をし、ランシーンは今度はどんな事を言うのだろう、と次の言葉を待った。シュウの意見は良くも悪くも自分の予想もつかない、度肝を抜いてくれるものばかりで、風も来ない単調な日々を送っていたランシーンは、それが楽しみで仕方無い。そう、きっとそんな事に飢えていた。もっと言えば、待っていた。こんな事を思うのを鑑みると、やっぱり自分はこのサーガのレジェンズなのだと、心嬉しくなる。
しかし記憶は共有しても経験がないシロンは、あまりそう愁傷な事は思えなかったりする。それでも、シュウがやろう!と言った事には最終的には誰より率先して手伝っているのだから、どっこいどっこいなのだが。
シュウは、言う。
「今度のクラブの時、曇りだったりしたら、ここでやろうぜ!」
「此処……とは、」
「此処!雲の上!」
あぁやっぱり、と2竜は同時に空を仰いだ。
「予めみんなに雨合羽させれば大丈夫だと思うしさ!太陽の下で青空会議!いいよな!」
青空会議、と銘打っていても、きっと議題も何も決めていないんだろうな、とシュウの腕の中のシロンは苦笑した。シュウを腕に抱いているランシーンも、然り。
「そうですね。ウェアウルフとビックフット以外は飛翔能力もありますし」
「ガガガンガガ」(ワル夫、お前乗る気かよ)
「当然だ。お前は嫌なら地上で待っていればいい」
「ガガガガ!ガガガ!!!」(誰が嫌っつったよ!俺も行くに決まってんだろ!!)
「んん?何か揉めてる?」
「いえ、何でもありません。私もシロンも、賛成ですよ」
「決まりだな!」
「はい」
「ンガガ」
機械も人も鳥も居ない上空で、3名の楽しげな声が空へと響く。
その後地上へと戻り、今度はランシーンが先を飛んだので、ランシーンがずぶ濡れとなった。すかさず、ねずみの姿にし、流し台にお湯をはり、簡易の風呂にしてランシーンを温めた。それを羨ましそうにシロンが見ていたのを、ランシーンだけが知っている。
その後のシュウはずっとご機嫌で、ランシーンもシロンも、連れて行って正解だった、と同じ顔で微笑んで居たりした。
しかし、それは若干間違いだ。
シュウがご機嫌なのは、太陽が見れたからではなく、シロンとランシーンが自分の為にと思って行動してくれた事こそがその理由だ。が、こんな繊細な心境、当の本人もあまり解ってなかったりする。
シュウは空を見て、今度のクラブは、曇りであって欲しいな、と思った。いつも通り、秘密基地の屋上に集まり、今から雲の上に行くと言えば、きっと皆は驚くだろう。そうしたら言ってやるのだ。きっと、凄いものが見れるから、と。
その時に2名を振り返れば、自分に頷いてくれるだろう。
そんな事を、無意識に思った。
<おわり>
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