とりあえず。
自由奔放で俺様気質の白いドラゴンと、面倒見のいい親分肌の赤いドラゴンは、微妙なバランスを要したとは言え、それなりに上手く過ごしていた。
筈なのだけども。
最初、カタカタガタガタガタタタッ!という振動音は、地震かと思ったが、違った。それは、拳の震えをカウンターが増幅させたものだった。
その元は、今の今までシロンの話を聞いていたグリードーな訳で。それの直前、なんだか丈夫なワイヤーがぶちっ!と千切れたような音が聴こえたような気がしたが、それはどうやらグリードーの堪忍袋の緒だったみたいだ。何故って、今、彼はどかんと噴火したみたいに怒り狂っている。
「っだぁぁぁぁぁぁぁッッ!!もうだめだ!もう我慢出来ねぇ!こいつうぜぇ!超うぜぇマジうぜぇ------------------!!」
ぶっりんと切れたグリードーは、形振り構わず喚き散らした、4大レジェンズの誇りすら忘れたみたいに、ちょっと口の悪い女子高校生みたいな口調で喚いた。
「てめこのヤロ俺が黙って付き合ってやりゃぁ連日毎晩呼び出しちゃぁ恋の相談相手にしやがって!いや!あれは相談ですらねぇ!お前が勝手に破廉恥で邪な要望てか妄想を一方的に、俺が帰ってからもうなされるまでに喋りたくってるだけだ!!最初の頃はこいつも色々思い悩む事とかあって人に言う事で改めて言葉にする事で整理できたり解決の手立てになるかなって付き合ってやったけど、もううんざりだ---------!!俺はこんな事の為にレジェンズになった訳じゃねぇよ!(確かに)」
おいおい、と仕舞いには男泣きしてしまったグリードーに、そうさせた当人はしれっとしている。神経が図太いのか、無関心なだけなのか。多分両方だ。
「聞いてだけなのが不満なら、お前も何かサーガの事で言やぁいいじゃねぇか。ほれ、聞いてやるぜ?何処をどうしてああしてこうしたいんだ?」
「ねぇよ!馬鹿!」
グリードー、男泣きから復活。
「俺はお前と違ってもっと時間をかけてじっくり育んで、って違う!(空中にツッコミ)あれこれてしたい、こうしてやりたいとか、俺の横でピンクい夢見てる暇がありゃ、直接当人にアプローチしとけってんだこの色ボケドラゴンが-------------!!!
おいそのアイスピック貸せ!あいつの延髄にぶっすり刺して絶命させてやる!この星の風紀と倫理の為に!!(そして俺の安穏な生活の為に!)」
「だだだ、だめですよ!これ、大切な商売道具なんですから!」
そうじゃねぇだろ、とその場に居合わせて(しまった)者達の心のツッコミが唱和した。
「……んだとうぅ!?」
ここに来て、シロンもまた剣呑な視線をグリードーへ向ける。
そして、吼えた。
「それが出来たら此処に来てねぇよ!!!」
その日はグリードーが奢ってくれて、飲んだ酒は人(てかドラゴン)の優しさと自分の涙の味がしました。
おや、と洗われながらそれに気づいた。
ふんふん、と鼻を動かすと、自分を洗ってくれているシュウが気づくのを待っていたみたいに、楽しげに笑う。
「今日から違うセッケンにしたんだって。なんとかっていうハーブで出来ていて、肌にいいんだって」
へー、と相槌を打つ。
「いー香りだよなーv」
「ガーv」
小首をかしげる向きをシンクロさせて、楽しいバスタイムは過ぎていく。
同じ香りと温度に包まれて、心もほこほこしているのが解る。
最後の仕上げにと、お日様の匂いのするタオルでシュウがごしごしと拭いてくれる。、これまたなんとも幸せなのだ。時々、解ってうりゃうりゃと乱暴に拭うから、それに遊ぶように抵抗すると、シュウが楽しそうに顔を綻ばせる。
そんな風に、寝る前の最後のじゃれあいをしてから同じベットに潜り込む。
「じゃーな、ねずっちょ。おやすみー」
「ガガー」
ぱちり、と明かりが落とされ、シュウの一日が終わる。
その余韻に浸りながら、シロンもまた眠りの世界に落ちて、
って落ちてる場合か(むっくり起き上がって)。
危ない危ないあまりのほのぼのとした雰囲気に酔いしれてしまって、うっかり恙無く眠ってしまう所だった。
実はシロンは一大決心をしていた。
今日は。
今日こそはシュウと、もう一歩どころか二歩も三歩も進んで誰にも踏め込めない所まで進んでやるのだ!!
あの日、涙味のしょっぱいグラスを傾けた日に、そう誓ったではないか!
そりゃ、確かに今の関係だって悪くない。悪くないところかとても心地よくって、ふんわりしてほんわかして、春に吹く風みたいに温かさを孕んだ爽快感があるけど、あぁいかん、また決心が鈍ってきた。
ちなみにこの日は、シロンがヤると決めてから1週間後の事だ。つまり、最低7回はシロンは挫いているという事だ。
無防備にすやすや寝てくれているシュウを目の前にすると、とても不埒な事しようとしててごめんなさい、と土下座したくなってしまう(そこまで?)。それで今まで失敗してきた。
しかし、今までは断続的だったのだが、7回連続となるとシロンの方も心境の変化、というものが出てくる。
だいたい、なんで俺だけがこんな目にあわなきゃならないんだ?俺がそうなら相手もそうなるべきじゃねぇのか?。いや、なるべきなんだ!!(俺様理論展開)こいつだって、俺の顔見たら顔が赤くなって体が熱くなって、寝るときには不意に隣の存在気にして、大きくなった胸の鼓動が耳に響いて眠れない夜とか過ごせばいいんだ!!俺みたいに!(お前かよ)。
よし、決めた。襲う。本気で襲う。
今の位置に甘んじてはいけないのだ。より高みに、より大きく目標を持って掲げていないと、それは日々移り変わっていく世界の中では後退しているに等しい!
いざ!とシロンは顔面の前に迫る。一応確認しておくが、このシロンはねずっちょである。
間近のシュウは、わんぱくさがあふれ出ているキラキラした双眸が閉じられていて、ただただ幼い。
そう、この幼さもネックの内だった。こんな子供相手に、自分はなんて事をしようとしているのか、と申し訳なさに壁に頭を打ちつけたものだ(だから、そこまで?)。
だがしかし!でもだけど!But否!!
子供だから子供だからと諦めていたが、それは本当に諦めなければならない事なのか!?子供というのはいつか大人になる(当たり前だ)。だから、その身の内にはちゃんと快楽に反応する淫らな部分も存在はしてのだ。今は機能していないというのなら、自分が咲かせてみせようじゃないか!鳴かぬなら鳴かせてみせようホトトギス!てか本当、鳴かす!!
よし!腹は括った!今の自分に躊躇わせる要素は何も無い!
シロンは拳を握り、決意を確固たるものにした(くどいようですが、ねずっちょの姿です)。
まず、相手を起こさなければ話にならない。
シュウは目を閉じてはいるが、まだ本格的には眠っていない。もしそうなら、大口開けて涎垂らしているから、間違いない。
「ガッ、ガーガ!ガガッ!」
ぺちりぺちりと起こす為に必要な、最低限の力で叩く。ここで思いっきりぶっ叩こうものなら、喧嘩になり、ムードもへったくれも何処かへ飛んでしまうのは、経験で知っている。
軽く叩いたり、ゆさゆさと揺すっていると、シロンの目論見どおり、シュウが小さく唸って目を開いた。
「ん〜?ねずっちょ?なんだよ、トイレか〜?」
目を擦りながら、うにゃむにゃと舌足らずな発音で言う。
目覚めたばかりのシュウは、意識の大半を占める睡魔のせいか、どこか気だるげで目は潤んでいる。ぼんやりと彼方を見ている表情も、なんだか情事中を連想させて止まない。
どれもこれも、シロンを駆り立てるのに十分だった。にやり、とシロンがニヒルな表情で笑む。
状況も雰囲気も、シュウの状態もばっちりだ。今此処に吹いている風は間違いなく追い風だ。自分にとっての。
シロンが何も言わないので、再びふにゃふにゃと眠りに落ちていくシュウ。
そうは、させない。
「………----っ、ん、?」
ぱちくり、と大きく目が見開かれる。
唇に、小さい熱を感じたのだ。
目を開ければ、丁度その位置にシロンが見える。
「ねず、っちょ、」
と、名前を言い終わるのを見届けてから、再びシロンはシュウに口付ける。何度も、何回も。
夢見たシュウの唇は、想像をはるかに超えて柔らかく、熱く、そしてかすかに甘いような気もした。
今までしようとして出来なかった分も含め、存分に味わった。時々、軽く噛んでやるとぴく、と体が動く。
このまま気の済むまでこうしていたかったけど、これで終わる気はさらさらない。少し物足りない程度にしておいて、先を求めるようにしてやろう。
最後に、つぅ、と唇の合わさった所を舌でなぞり、そこでようやくシュウと視線を合わせた。
「…………」
無言で見つめ合う。
そして。
「ねずっちょ………」
す、と手を伸ばし、両手で相手の身体を包む。
「解った。解ったからさ……」
シュウのセリフに、シロンは勝利を確信した。やはり、自分の想像は正しかったのだ。
シュウは、なんだか困ったような顔をしている。今まで拒むような真似をしたのを、悔いているのだろうか?
そんな事はしなくていい。肝心なのは、今、この瞬間に俺を感じてくれてるって事だろ?さぁ、早く大きい姿にしてくれよ。そうしたら、もっと色々事教えてやるから。
今、ちょっとイイ気持ちなんだろ?
なんて、言おうとして。
その前に、ぼふり、とベットの中に強制送還された。
え、とシロンは戸惑う。
シュウは、シロンを眠りに誘うようにぽむぽむ、と叩きながら。
「腹減ってんのは解ったからさ、ねずっちょ。でも朝まで待てよ。オレ食っても美味くもなんともねーよ?」
これっぽっちも通じてないッス。
ガゴーンと頭上に直径1Mのタライが落ちてきたかのような衝撃がシロンを襲う。
やっぱり、子供は子供で大人じゃないって事だろうか。それとも、甘噛みしたのがいけなかったんだろうか。
ドンマイ☆ねずみの姿だから失敗したんだよ。カッコイイドラゴンの姿だったら、今頃メロメロだよ!と自己崩壊を防ぐ為に自分を励ます自分が出てきた。
「寝る4時間前に物食べたら太るって話らしいしさ……寝ている時間を含めて12時間くらいの絶食の時間作るのがダイエットの基本なんだって」
うとうとと寝付きながら、シュウが言う。なんでそんなダイエットに詳しいんだ、とシロンは気にせずにはいられない。そうしないと、泣いてしまいそうだから。
しかし、シロンに真の衝撃を与えたのは、次の一言だった。
「お前、腹がぽよぽよしてるしさー」
「………………………………………………………………」
後日。
スパークス邸。
ガキ、バキ、ドカ、とさっきから響くただならない音の通りの事になっている。
リーオンとウォルフィーは傍観者を決め込んだ。グリードーには悪いが、こっちだって命はひとつしかないのだ。大事にしたいのだ。粗末には出来ないのだ。
そして、その前で2頭のドラゴンはクロスカウンターを決めていた。
そのダメージは双方劣らず、ド、と地面に倒れこむ。
「……っ、まだまだぁッッ!!」
ぜはーぜはーと荒い息をしながら、シロンはそれでも立ち上がる。一昔前のファンタジーの主人公みたいに熱い口調でそう言って。
「オラァ、立て!まだ終わっちゃいねぇぞ!!!」
「……なぁ、俺、もう、嫌だ」
なんだかズオウみたいな片言っぷりだが、グリードーである。
「うるせぇ!こっちは必死なんだよ!四の五の抜かさず俺のシェイプアップに付き合え!!」
お前の胴回りのサイズなんか知るもんか。
そんなグリードーの呟きは、風に流されて何処かへと飛んで行った。
で。何気なく夢現に言った自分の言動で、シロンは毎日せっせとカロリー消費に勤しんで、シュウと居る時間が減った訳で、それに対しシュウが、でかっちょ何処行ったんだろ。何してんのかなぁ、寂しいなぁ、とか。
思っている訳でも無いらしい。
<終わってしまえ>
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