『幸せ』というものの定義は人それぞれだと思うけど、
僕はそれは、会いたい人に会いたい時会える事だと
何も変わっていない……
暫くディーノの思考を支配したのは、そんな思いだった。
ディーノの前には、今、バスの席だというのにとてもリラックスして居眠りしているシュウが居た。
久しぶりに見るシュウはあまりにシュウのままで。そう、とても久しぶりなのに。
最後に会ったのは2年前くらいになるだろうか。たかが2年だけど、されど2年だ。ちょっとくらい変わっていて自然なのに。大人っぽくなったとか、理知的になってるとか。
本当に、何でこんなに何もかも変わってないんだろう、とディーノ自身わけの解らない苛立ちを覚えた。不意の再会に戸惑っているのかもしれない。
シュウの家を考えると、次で降りなければならない筈だが、起きる素振りは何も見せない。
ディーノはちょっと迷って、肩に手を掛けた。
「シュウ、シュウ。ほら、起きて。次だから。起きろ。起ーきーろー!」
人の目があるので殴ったり蹴ったりは出来ない。本当はしたいけど。
注目を浴びない程度に声を張り上げ、肩を揺さぶると、ようやく、本当のぎりぎりの所でシュウが目を覚ましてくれた。
「んぇぁ?」
「…………」
涎垂れてるし。
これが自分と同じ17歳なのか、と眩暈がした。
「んー?なーんでキザ夫が此処に……」
「僕は、」
ディーノだ、と決まり文句を言う前に、シュウがディーノの腕をガッ!と掴んだ。
「え?」
「ヤバい!降りなきゃ!あ、降ります!降りまーす!!!」
「ちょ、ちょ、っとぉ………?」
此処は降りる場所である、という事だけ判断出来るようになったシュウに手を引かれ、ディーノもまたバスから降りてしまった。降りるべき場所ではないのに。
「ふぅ、セーフセーフ!!」
その後、やぁまーた寝過ごす所だったな、と言ったので、ディーノはシュウが毎回居眠りをしている事が解った。
「あれ」
と、シュウ。
「キザ夫、こんな所で降りて何か用?」
呑気なセリフに、ディーノがついにキレる。
「キミが勝手に僕の手を引いて、無理やり降ろしたんだろ!!」
「え、そぉ?」
「…………ッッ!!」
頑張れ僕の左手、殴りそうになる右手を押さえろ………!!!
シュウに背を向け、ディーノは自分と戦った。
「それにしても」
そんな必死なディーノの事なんか露知らず、といった具合にシュウが言う。
「キザ夫に会うの、久しぶりだなー」
「……そうだね、久しぶり」
なんとか怒りを堪えるのに成功したディーノは、シュウに向き合う。
「本当に、久しぶりだ………」
そう言ってから、ふぅ、と小さく息を吐く。この2年間ばかし、ずっと思っていた事を言う為に。
もう、伝える事は恐れはしない。
でも、少し緊張はするから。
「何かあったの?」
「ん?」
何かに意識を向けていたシュウが、くりんとこっちを振り向いた。
「ここ2年くらい……前は来るなと言っても来たのに」
調子外れな歌を歌って、キックボードで疾走して風を作って。止めろと言っても懲りずにふざけた呼称で自分の声を大声で叫びながら、自分の家に。
『やー、公園行ったら人が混みこみでさー。此処だと誰も居ないじゃん?』
『私有地なんだから当然だろう。って言うか、人の家を公園代わりにするなよ!』
『今度リキリキリッキーズの練習場に使っていい?』
『聞けよ人の話!!!』
そんなやり取りをして。
ディーノのセリフを聞いて、シュウはあぁそれ、ととても軽く言う。
「いやぁ、キザ夫が飛び級するって言っただろ?あの後メグとマックにあんまり家に行って邪魔したらダメ!って言うからさ」
「…………」
ディーノは次のセリフを待った。
が、何も続かなかった。
て事は。
「……それだけ?」
「え、そうだけど?」
「それで2年も全く姿も見せず、音信不通にしてたって言うのか、君は」
「? 何か変?」
----極端なんだよ!どうしてぱったり全部止めちゃうんだ!あぁもうキミってヤツは、0か100かで、丁度いい度合いは取れないのか!!!
なんていうセリフがぐるぐると頭を駆け巡ったが。ディーノははぁー、と思い溜息だすのが精一杯だった。
「……シュウにしては気遣った方なんだよね。偉い偉い」
「ん、何だよ、その小ばかにした言い方」
「小ばかじゃない。大馬鹿だと思ってるんだから」
「何ー!?オレが馬鹿って言うなら、キザ夫はキザじゃないかー!!」
「僕はディーノだってば!」
そんな風にしばらくぎゃおぎゃお言い合い、お互い言いたい事を尽くしたのか、肩で息をする。酸素が足りなくなっただけかもしれないが。
(……こんな大声出したのも、久しぶりだ)
そう、久しぶりなんだけども。
懐かしいとか、そういう事は思わない。
それは自分が若いからなのか、シュウが全く変わってないからなのか。
あるいは自分の願望が都合よく錯覚させているだけなのか。
あの、馬鹿みたいに騒いでやかましくて賑やかな時を、まだ思い出や過去にしたくないから。
「……………」
そうとも。過去にはしたくないんだ。
シュウ、を。
まず、家に来てもいい、って事を伝えよう。こいつ絶対馬鹿だからきっと成績も相応しい結果だから(直接聞いた訳じゃないが、それを話題にしたらマックが気まずそうにした)勉強みてやるとか言ってみて。そうしなくてもおやつで釣れるかな。
事をスムーズに運びたい為に、頭の中で構想を練る。
と、シュウが言って来た。
「な、キザ夫」
「ディーノだ」
「あのバスに乗るの?」
「そうだよ」
「キザ夫の学校って、オレん所と開始時間一緒だよな」
「多分ね」
そう答えると、そうか、とシュウは言い。
「じゃ、これから一緒に登校しよーぜ」
にぱ、と笑って。
本当に。
本当の本当に。
シュウは、変わってない。
「いいけど………言っとくけど、これから君が寝ていても起こしてあげないからね」
「えぇ!そんな!!」
「……やっぱり目覚まし代わりにしようとしてたな………?」
半眼で睨むと、オッケー☆と言いつつ、親指付きたてられよく解らないリアクションされた。
それをなんとも言えない表情で見過ごし、明日からの日常を思った。
「………ザ夫、キザ夫!」
「……ん………?」
「おっ、キザ夫目覚めたか!?」
「……僕はディーノだよ。……って………」
ディーノは目の前(本当に目の前)のシュウを見た。
「シュウ?……小さい………?」
ディーノの呟きに、シュウにピキ!っと皹が入る。
「部長に対してなんたる口の利き方だー!!ちょっとくらいデカいからって、えばるな!!」
「別に威張ってないよ、そんな事で」
ついでにちょっとでもない、と言いながら起き上がる。
起き上がる。
そう言えば、シュウが目覚めたか、と言っていた。
なら、今までのはやっぱり夢で。
(……それにしては、やけにリアルだったな……)
予知夢というか、魂だけ未来にタイムスリップしたみたいだ。
そんな風に考え塞ぎこんでしまったディーノに、何言っても無反応なのをシュウが気に掛け始めていた。
「おい、キザ夫?どうした、気分でも悪い?」
「僕はディーノ」
「そーだなぁ、珍しく昼寝なんてしてたし。うむ、こーゆー時こそアレだ、保健委員出動だ!おー!丁度いい所に居たー!」
「え、え?オレ?オレに言ってんの?」
「何言ってんだよ、オマエ以外誰が居るんだよ!!」
「いやオレは図書委員なんだけど」
リーオンとのやり取りを眺めて、本当に人の名前というか、役職覚えないんだから、と呆れる。あの夢が何なのかは定かではないが、きっとシュウは17歳になっても自分をキザ夫とか言って、そして自分はそれを訂正するのだ。
それはもう諦めるとして、シュウが馬鹿な考えで馬鹿な気遣いして、2年も音信不通にならないよう、今から手を打っておこう。
<END>
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