今日は天気がいいので、庭にてアフターヌーンティーを楽しむ事にした。
「だからさー」
とか言い出したのはリーオンである。
「ぼっちゃんは部長の事が好きなんだって!で、俺らはそれを後押ししてやるべきだと思うの!」
「いやー、ぼっちゃんのは友情だろ?恋愛とかじゃねーって」
適温になった紅茶を啜りながら、テンションの高いリーオンを諫めるように言った。
でもリーオンは怪訝な顔をして。
「友達の事で星空見上げて物憂げに表情曇らせたり、ネッカチーフ握り締めて溜息したりする?」
「そう言われても、俺、本人じゃねーし」
「グリたんはどう思う?」
話題を振られ、グリたんじゃねーよ、とちゃんと言ってから。
「俺もウォルフィと同感だな。友情と愛情の境があいまいなのは、小さい子供にはよくある事らしいぜ。仲のいい友達が他の子と遊んでるのを嫉妬したりな」
「ぼっちゃんは子供って言えば子供だけど、小さいってのでもないんじゃない?」
「いや、ディーノはこれまで友達らしい友達は居なかったって話だから」
「そうか、免疫が無いんだな」
なる程、とウォルフィは納得した。
「……って言うかさ。
それ、本人を前にしてするような話題じゃないよね」
字の大きさで不機嫌さを表していると思ってもらいたい。
「でもぼっちゃん」
リーオンは言う。
「影で自分の事話されてたら、気分悪いでしょ?」
「だからって目の前でされて気分がいいってものでもないけどね」
字の大きさで以下略。
「それじゃ、ぶっちゃけぼっちゃんは部長の事どう思ってんの?」
「どうって……いつまでも名前で呼ばない馬鹿なヤツだな、くらいだよ」
「え〜、本当にぃ〜?」
「なんでそんな不満そうな顔されるんだよ」
「だってそれじゃつまんないじゃん」
「……………
このセリフで、リーオンは単に暇つぶしがしたいだけと解って、ディーノはどうしようかと思う。色々と。
「ん?」
ディーノがリーオンをどうしようかと決める前に、グリードーがふと気づく。
「なぁ……あれ、風のサーガじゃないか?」
「……えっ?」
弾かれるように振り向いてしまった。そろ、とリーオンを見れば、同じ方を向いていたので今の自分の事は見られなかったみたいだ。ほっと胸を撫で下ろす。
「えっ、何処何処?」
「……あー。あれか?キックボードで疾走してるやつ」
「あっ、転んだ」
「よし、間違いなく部長だ」
どういう確認の仕方をしているんだか、この2名は。
ともあれ、ディーノが一度聴いただけで覚えてしまった歌を口ずさみながら、シュウはやってきた。
「ちーっす!キザ夫と会計委員と体育委員と図書委員!!!」
「なぁ部長。今どっちを図書委員って言った?」
「んー、こっち!」
「ブブー、はずれー」
とリーオンが言った。
「あと、僕はディーノだからね。
で、何しに来たの?」
「お、何食ってんの?美味い?それ、美味い?」
「……何しに来たの!」
そのまま当初の目的を忘れそうなシュウに、声を荒げて呼びかける。
「あぁー、そうだ。そうだった!」
ぽん、と手を打ったシュウに、まさか本気で忘れかけてたんじゃないだろうか、と怒りとも不安ともつかないものが込上げる。
そしてシュウは、持ってた紙袋をディーノに押し付けた。
「これこれ。この前のお礼、な!」
中はお菓子らしく、「あ、いい匂いがする!」と言ったリーオンをウォルフィがどついていた。
「こ、この前?」
さっぱり説明になってないシュウに、ツッコむ前にクエスチョンマークが浮かぶ。
「この前のキャンプで怪我した時、おんぶしてくれたじゃん。それのお礼」
にぃ、と明け透けに計算なしの笑顔もくれる。それが直視出来ず、つぃ、と僅かに視線を逸らした。
「……べ、別に人として当たり前の事しただけだし……それに、君だからした訳じゃないし……」
「母さんの焼いたマドレーヌなんだ。美っ味いんだぜー、それ!」
「美味い……」
「だから意地汚い真似すんなっての」
じゅるり、と涎の沸いたリーオンに、ずびり、とチョップした。
「……………」
こういう時、何を言ったらいいか。ありがとうと言うべきなんだろうか。しかし、お礼だと渡された物にまた礼を言うのは何だか可笑しいような気もするし。
カサ、と知らず手に力がこもり、紙袋に皺を作った。
「じゃーな、キザ夫!」
またクラブ活動でなー、とフェイドアウトしかける声に、はっと我に返った。呼び名をツッコむのも一瞬忘れ。
「僕はディーノだ!
……もう帰るの?」
「え、オレの用はもうそれだけなんだけど……あ、キザ夫が何かある?」
「……何かって程の事も無い、けど………」
「?」
口篭るディーノに、何だ?とでも言いたげにシュウは首を傾げた。
傍から見れば、ディーノがシュウを引き止めたいのがありありと解るのだが、当事者ゆえの盲目か、それとも単にシュウだからか(後者の説が有力)。
だから、とか、その、とか。接続詞しか出てこないディーノ。ウォルフィとリーオンの2名は、早く言いたい事言わないと、気の長い方じゃないシュウは帰ってしまうのでは、と危惧するものの、気の効いたフォローが浮かばないで居る。
「ディーノ」
そんな中で口を開いたのはグリードーだった。
「そろそろ、あれが咲くんじゃないか?ほら、ジャム用にするバラが」
それに応えたのはディーノではなかった。
「ジャム?!ジャムにすんの!?バラを!!」
好奇心のフラグが立ったシュウは、間近に居たディーノを捕まえて、ねぇねぇと詰問する。ウォルフィとリーオンは、グリードーのナイスパスに、おぉぉぉ〜と、シュウに気づかれないよう、ひっそりと賞賛の声をあげて拍手していた。
「な、な、オレも見に行っていい〜?行っちゃダメ?」
仔犬みたいにしがみついて懇願するシュウに、ディーノは苦虫を噛み締めたような表情を作る。決して、怒っている訳ではない。
「別に……ダメとは言わないよ」
ようやくそれだけ言えたようだ。
でも苗木を踏んだりしたら即座に叩き出すからね、と釘を刺すのも忘れない。シュウは当然のようにこくこく頷いたが、それが実際の行動に反映するかは難しい。
「じゃ、そろそろ」
「そーだね」
「行くか」
GWニコルががたがたと立ち上がる。
「? 皆は行かないの?」
と、怪訝な顔してシュウが訊くと。
「ごめんな。午後からは刀の手入れをする予定なんだ」
「オレはそんなウーたんの横で昼寝する予定が」
「それを生ぬるく見守る予定が」
なんて口勝手に言い残して去って言った。ひらひらを振られた手は自分に向けられてるようで、ディーノはますます眉を顰める。
「仲がいいよな、あの3人。決めポーズもあるし」
オレも何かしたいな、とか言い、ハ、とか、ホ、とか妙な掛け声をしながらこれまた妙なポーズを取っていく。
「馬鹿な事してないで、とっとと行くよ」
「を?」
丁度目の前に伸ばされた手を引っ掴み、引きずるように連れて行った。
「で。
ジャム用のバラって言ったけど、ジャムに出来るバラって事でそのまま食べて美味しいって事じゃないんだよ」
「え、そうなの?」
セリフが間に合わなかった……と、花びらを口の端から覗かせているシュウに頭痛を覚え、額に手をやる。
「いやいや、でもこう、噛み締めていると、そのうちにスバラシイ旨味が」
「ないよ」
シュウのセリフを容赦なくカット・イン。まぁ、それでめげる相手ではないのは、うんざりする程思い知っている。
「そんな事言わないで。ほら、キザ夫も食ってみ?遠慮なんかしないでさ!」
「----これは僕のバラで、そしてディーノだ!!」
マイペースにも限度ってものを作って欲しいと思う。つくづく。
シュウは、口に含んだ花びらをもしょもしょと噛んでいる。
「バラの花って、苦いんだな」
ぬーん、と苦い顔にしているものの、吐き出さないのは少し偉いと思う。まぁ、花に直に薬とかは浴びせてないから、食べた所で害にはならないけども。
「って事は、ジャムも苦かったりする?」
首を大げさに傾げて訊くシュウは、情けない声だった。理想が打ち砕かれたみたいな。それに少し頬を緩ませながら。
「苦い……というか、基本的には砂糖味かな。あくまで、香り付けが主だから」
「香りつけてなんかいい事あんの?」
「風味が広がる」
「へぇー、そうなんだ」
「……なんなら、」
閊えそうな声を気に掛けながら。
「出来たら、君にもあげるよ」
「え、いいの!?」
「君のお母さんも、お菓子とか作るんだろ?」
君じゃないんだ、と矛先を逸らそうとしても無駄な事。シュウは踊りそうな勢いではしゃぎ、
「うわー、サンキュ!キザ夫って、たまに親切だよなー!!」
「だから、たまにってなんだよ!この前もそんな事言ったよな!」
「ま、細かい事は気にしないで〜」
「大きいよ!!」
びし、とツッコミを入れる。
シュウはへっへーと明るく笑っている。
いつも通りのやり取りで、ちょっと違う事と言えば、此処は自分の温室で、他に誰も居ないという事だ。
そして、そうなっている温室の外では。
「………ん〜〜、なんか、今、部長がぼっちゃんにツッコミ食らったくさい」
「ほらー、だから友情だって言ってるだろが」
「でも雰囲気何処か甘いよー?少なくともシロンの時より甘いよ」
「いや、そりゃあいつがヘタレなだけだ。基準にしちゃなんねぇ」
「そうなの?」
「あぁ、あいつは昔からそうだった……」
「うわぁ、グリードーの昔話が始まっちまった」
「何気に長いんだよね」
「てか、そもそも昔はカネルドだったんじゃねーの?シロン居ぇよ」
「やぁ、君たちも此処に来たの?」
その声にはっと振り向けば。
ディーノが凄い笑顔で立っていた。
<おわり>
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