「昔……」
現在の気温5度の風景を眺めながら、カイがふと呟く。
「古きよき時代、チョコレートは媚薬だったんですよねぇ……」
「古きよき時代って何だよ。そもそもその発言自体なんだよ」
「昔の人は花の香りだけで酔っ払ったっていいますからね。チョコも立派な刺激物だったんですよ」
ふぅ、とちょっと物憂げにカイは言う。ハヤテは、自分のツッコミを聞いた上でのセリフなのかどうか気になったのだが、そうでなかった場合が悲しいのであえて確かめる事はしなかった。
「バレンタインにチョコレート、というのは元は普及と宣伝だった訳なんですが、それを踏まえると必然の結果なんでしょうかね……」
そう言って、また溜息。
何をこんな時期にそんな鬱陶しいんだろう、と疑問に思っていたハヤテだが、ふと思いついた。
「……そーいや、爆のヤツ去年結構チョコ貰って、うわぁぁぁッッ!!?」
ハヤテは突如ひょぉぅ!と風を切って繰り出されたパンチを必死でかわした。
「おーや、ハヤテ殿、頬に蚊が」
「何故蚊を倒すのに拳で!!?」
「何事にも全力で接せよ、というのが師匠の教えで」
カイは笑顔で言った。ハヤテはうっかり逆鱗に触れてしまった自分を呪う。
「言っておきますがね」
と、カイに言われ、ハヤテはひぃ、と唸る。同時に、自分は別に渡した訳じゃないのにどうしてこんな目に、とも思った。
「爆殿は、直接手渡しのものにはちゃんと断っているんですよ!……でも、下駄箱とかに入れられたのは断りようが無くて……」
「はー、意外と人気者だなぁ、爆って」
「”意外と”?」
「いやいやいやいやなんでもないです!」
必死に誤魔化した所、ぐ、と握られた拳が解かれたので、ハヤテは心の底から安堵した。
まぁ、そんな訳で。
カイにとってバレンタインは嬉しい反面、な複雑なイベントだ。
「バレンタインってサイコーよね!チョコが溢れて近くでも有名どころのが買えちゃう!!」
それは意図された趣旨に合っているのかどうか微妙だな、と爆は思う。
休日、ピンクに(強引に)誘われて街に繰り出した。菓子を扱う店では、ほぼショーウィンドウにチョコが飾られている。場所によってはチョコの濃厚な香りも漂っていた。
「なぁ、承諾しておいてこんな事を言うのもなんだが、どうしてオレを誘ったんだ」
一人でいいだろう、一人で、と暗に漂わす言い方をすると。
「だって、誰かと色々喋りながら選んだ方が楽しいじゃない」
と、いう返事だった。まぁ、自分もあまりチョコが嫌いじゃない----どこか、結構好きだからいいのだけど。
いいのがあれば、母さんや父さんにも買おうかな、とか思いながら店を渡り歩く。本当に、そんな感じだ。そんな中で。
「あ。あの店、今日の目当てのひとつね」
と、ピンクが指差す。しかしそこは和菓子店である。爆がそれを指摘すると、ピンクはチッチッチ、と指を左右にスライドさせた。
「2月入ってバレンタインまで、特別にチョコも作るのよ!さすが和菓子店だけあって、抹茶とか栗とか、和のフレーバーが美味しいのなんの!」
「食った事があるのか?」
「ううん。口コミ」
ピンクはけろっという。
少し不安になる爆。が、そんな爆の気持ちを消し飛ばすみたいに、確かにチョコは美味しかった。
「……栗とチョコって、合うんだな」
「ねー、びっくり!」
「……お前、試食しすぎだぞ」
「いいじゃない。買うんだから」
ぱく、と今食べたので、ピンクは試食できるものは全制覇した。ピンクにつられてではないが、爆も此処で何か買おうと決めていた。結構変わっていて面白いし、何より美味しい。
両親に買って、それから。
「…………」
それから……
で。2月14日。人によっては人生の節目になるかもしれない日。
「……………」
カイは目の前に出された小箱を凝視して凝固していた。
「ピンクと一緒に行って、美味かったから買ってみた」
そう言われて出された箱にはチョコレイト、と。チョコレイト。チョコ。今日は2月14日。
「爆殿………」
「うん?」
「触ってもいいですか……?」
「……いや、食べてもいいんだが」
真顔で言われて反応に困った爆殿だ。
あぁ!とカイは感嘆した。
まさか、爆殿からチョコレートを貰うバレンタインが来るだなんて!バレンタインバンザイ!バレンタインビューティフル!!(美しい?)
実際にそうする訳にはちょっといかないが、心の中で感激の涙を流すカイだった。これは明日、さっそくハヤテに報告せねば!師匠には止めておこう!多分笑顔で殴りかかってくるし!(似たもの師弟)
手渡された箱は、白い和紙に焦げ茶の紐で括られたシンプルで上品なものだった。
「へぇー、和風なんですね」
「あぁ。中に栗が入ってるんだが、とても美味いんだ」
自分も食べたから保証する、と爆は言う。
「………」
それを聞いて、カイは。
「……あの、これ、今開けてもいいですか」
「うん?別に構わんが?」
「では、何処か座れる所で、一緒に食べましょう?」
と、カイは言う。
「……なんだ、いらんかったか?」
む、と眉間に皺が寄るが、それは怒った為ではない。
「いえ、そうじゃなくて。側に美味しい、って言い合える人が居たら、もっと美味しくなるじゃないですか」
特に、貴方となら。
「…………」
言われた内容は、先日ピンクに言われたのとそう大差ないのだけども。
「……何を言っとるんだ、このアホ」
「ア、アホ………って……」
こんな風に過敏に反応してしまう。
それはもしかしても無くて、言った相手がカイだからだ。
「……しかし、その案には賛成だ」
「じゃ、公園行きましょう」
爆が歩き出して、カイがちょっと後ろを歩く。
イベント事はあまり好きじゃない。
でもそれは、考え無しに周りに流されてやるのが嫌なだけで。
こういうのは楽しんだもの勝ちよ、というピンクのセリフが頭を過ぎった。
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