<これまでのあらすじ>
ハヤテくんはデッドさんへのプレゼントをまだ決められて無いでいます。
ヘタレって言われても仕方ないと思います。
ぐでん、と半固体の物質のように、ハヤテは机の上に頭を乗っけていた。真正面からみるとまるでスライムのようであった(見た目の弱さ加減からしても)。
ハヤテは、色んな感情をその顔に乗せている。多種に渡り雑多に混じった感情だが、全部が負の方向のものであるのは間違いなかった。
「なぁ、カイ……俺は自分がとても情けないよ」
ハヤテが力なくそう言うので、カイは精一杯励ましてあげようとした。
「ハヤテ殿、そんな事言わないで。そんなの、わざわざ口に出さなくても、皆知ってる人は知っていますから」
「……お前は地獄か魔界から俺に死の引導を渡す為にやって来た使途か……」
ハヤテははぁ、と溜息をついた。それは、吐いた側から机が吸い込んだ。
「俺、なんだかんだで、デッドの事解ってやれてると思ってたんだよ。それがどうだよ。気の効いた贈物の心当たりひとつ見つかりやしねぇ。
俺って、デッドにとっての何なんだ?」
「それはきっと、実験体、」
「やめろ。否定できないだろ」
ハヤテの悲痛な声に、カイはそれ以上を言うのを止めてあげた。彼だって、率先して廃人を作りたい訳ではないのだ。
「爆殿にも訊いたんでしょう?どうだったんです?」
そう、ハヤテは爆にも意見を伺ったのだ。カイからの殺気を必死に避けながら。
それが、とハヤテは切り出した。
「”そういう物は、自分で考えろ”ってさ」
「それは、爆殿らしいですね」
カイは嬉しそうに言う。
「らしい、じゃねーよ。俺は本気で煮詰まってんのにー」
爆のいけずーとでも言いたそうなハヤテだ。実際言ったら、命が無いから言わないけど。
「何を言っているんですか、ハヤテ殿。爆殿は、ちゃんと答えくれたじゃありませんか」
「へ?」
ハヤテはきょとんとする。
「爆殿は自分で考えろと、そう言ったんでしょう?
だから、ハヤテ殿が選んだ物ならデッド殿は何だって喜ぶに違いないと、そう言ってるんですよ」
「……え。えぇぇ?」
ハヤテは納得がいかないようで。
「なんかそれって、かなり勝手のいい解釈じゃね?」
「でも、私にはそうとしか思えませんよ」
カイはいっそ朗らかに言う。
爆は、本当に人を突き放すなんて事はしない。踏み出せないでいる人の背中を、強引に蹴っ飛ばしているだけだ。そして、それに気づくのは歩き始めてかなり経ってからだと、早々に気づけたカイはそれを少し誇りに思っている。
「まぁ、うっかり意にそぐわない物を渡してしまったとしても、それはそれでいいじゃないですか」
カイは言う。
「それはだめなんだって事が、解って。そうやって解る事が出来れば。
全部する事失敗しないで居る事なんて、ありえないんですから」
「…………」
それは、そうなんだけど。
解っているんだけど。
「……俺の場合、失敗したらそこで命が無いように思えるし……」
「…………」
「おい、否定してくれよ」
「………………」
「おぉぉぉーいい!!!」
必死に食い下がるハヤテに、カイもまた必死に沈黙を守るだけだった。
で。
当日。
誕生日な訳だが、デッドは率先してパーティーをする訳でもない。なんというか、肌に合わないというか。盛大に祝う訳ではないが、来てくれた人には紅茶を振舞ったりするくらいは、する。そんな風に、毎年、デッドの誕生日は慎ましやかに、穏やかに過ぎていっていた。
「アーニキー♪」
ライブもこの日は完全オフにしている。何だかんだで、世の中でたった一人の兄弟だから。
「宅配が来てるよー!爆くんとオマケ一名」
オマケの一名とは、名前の最初に「カ」がつき、次に「イ」がつく(フルネーム)。
爆からはアンティークの小さなオルゴールを貰い、カイからはお香のセットが贈られた。
「へー、オマケ一名、結構いい趣味の物くれたじゃーんv」
「えぇ、彼の時には少し気張らないとならないでしょうね」
この時浮かべたデッドの笑顔の気質で、どのように気張るのかが解るのだが、生憎それを見届けた者が居ないので、それは当日までの謎となった。しかし、どっちにしろカイはこの時寒気に襲われたという。
「で、父さんと母さんから-----んん?あれぇ?」
「どうしました、ライブ」
「肝心な約一名が、居ないよ?」
自分で言って首を捻り、やおらぽん、と手を叩く。
「そっかー。直接来るんだね!わーい、どうからかってやろー」
なんて言ってるまさにその時、ハヤテが玄関に立っていてチャイムを押そうとしたのだが、どうしてか手が止まってしまったという。
さて、改めて。
チャイムが室内に鳴り響く。
すでに漂う「ソレ」の香りに、デッドは何もかもが解ったが、とりあえずそれを指摘するような真似は控えた。
「で、何ですか?」
「……っとー、あの、そのー……」
「早く言いなさい」
ぴしゃりと言われて、ハヤテも観念する。いや、そもそもその為に来たのだから。
「これ、」
と、言いながら。
ばさ、と花束が掲げられる。
薔薇の花束。カスミソウの中に埋もれるように真紅の薔薇が点在している。清楚な感じが、した。
「……貴方は」
デッドは極力冷静に言った。
「バラの花束なんか贈って似合うような人物だと、思っているんですか?」
ぐさーと突き刺さるセリフであった。
「う、そ、それはそーだけど……でも、あげたかったから……」
語尾はぼしょぼしょと消えていく。
「……いらないなら、」
「貰いますよ。花には罪はありませんからね」
それって、俺にはあるって事なんだろーか?ハヤテは少し怖くなった。
ブーケを受け取る(と、言うか動かないハヤテからデッドが勝手に取った)と、バラの芳香が鼻を擽る。匂いがきつくならないのは、本数をおさえてあるからだ。そのバラの周りを、ふんだんにカスミソウを使い、布と2重のブーケになっているようだった。
しかし、このブーケで何より特筆すべき事は。
「…………」
最初、ブーケを掲げられた時、当然その物に目が行った。けれど、次の瞬間には。
ハヤテの指。無数の小さい切り傷があった。そう、バラの棘に引っかいたような。
と、言う事はつまり、
このブーケは。
「……じゃ、じゃぁ俺はこれで」
さいならーと、とっとこ帰ろうとするハヤテの首根っこを掴む。
「何度も言わせないでください。貴方は、僕を無作法者にしたいんですか?」
上がって、お茶でも飲んでいけ、と勧める。
「い、いやでもっ………」
「……僕の誘いを断る、と?」
「そ、そんな事ありませんありませんありませんったら!!」
温度の低くなったデッドの視線に、ハヤテは全生命をかけて否定した。
失礼します、と小さく言いながら靴を脱いであがる。何度か来ては居るのだが、慣れる筈もなかった。
「わー、やっぱりトリだったー☆」
うわぁ、出た、と吹き抜け部分から顔を出してきたライブを見て、ハヤテは顔が引き攣る。
「よ、よぉ……」
とりあえず、挨拶。
ライブは、階段を滑るように降りてきた。
そして、凄く楽しそうな顔をした。何をされるんだか……胸がドキドキして汗が変な所から出てくる。
「ねぇ」
と、ライブ。
「ハヤテって、もしかしてバームクーヘン、好き?」
「へ?」
「好きかどうかって、聞いてんのー」
聞いてなかったの、と咎めるようなセリフさえ、弾んでいそうに楽しげで。
「え、まぁ、うん、好きだけど?」
と、戸惑いながら答えるハヤテ。
そっかそっか、とライブは頷く。
「良かったね」
と、言って。
「ついで言うと、兄さんはタルト系が好きだから、その辺勘違いしないよーに」
デッドがタルトが好きだなんて、いくらなんでも知ってるぞ、と思いながら席に着く。途中までそんな風にハヤテに引っ付いて居たくせに、ライブは何故だか寸前で、「ちょっと出かけてくるねー!」と兄に告げて去って行ってしまった。
何だ何だ、何なんだ、と軽く混乱しながら席に着く。ややあって、デッドが運んでくる。
紅茶と。
バームクーヘンを乗せて。
夕方になり、空が赤く染まる。それ以上にさっきまで其処に座っていたハヤテの顔は赤くて、そして彼の持ってきた花も赤い。
「…………」
瓶に生けたそれを目の前に置いて、ぼんやりと眺める。
そして広がるイメージ。
考え事をしながら、家の中を動物園の熊みたいにうろつくハヤテ。やおら、庭の方に目を向け、壮観に咲き誇るバラを見て、そんな柄でもないのにうっかり綺麗だ、と純粋に思う。
それを伝えたいと思う。
誰に。
自分、に。
……習ったか、独学かは、さすがに知らないけど。
そっと指先を伸ばして、大きなバラの花弁に、傷まないようにそっと触れてみる。意外と張りのあるそれは、彼の人の髪を連想させた。
<END>
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