激はご機嫌だ。そりゃそうだろう、とカイは思う。何せ、からかいの材料を手に入れたのだ。激は人をおちょくるのを趣味にしていると言って、過言どころか言い足りないくらいだ。
そこまではいいのだが(いいのか)その矛先が、今は自分に向けられているという事だ。
こうなったら、ヘビに喉を噛み付かれたネズミのようなものだ。どんなにもがいても、最後には飲み込まれる運命だ。
我ながら上手い言い回しだな……と少し現実から逃げてみるカイ。
「いやぁ、弟子とは言え、身内だもんな。身内の成長は嬉しいよ。
お前が惚れるタイプって、何だ?年下?もしかして、お姉さま?」
まぁ大胆、と両手で口を押さえるような仕草をする。
「違いますよ!爆殿は年下で------あ。」
名前を教えてしまったぁぁぁぁぁ!!
自分の仕出かした致命傷に、頭を抱えて絶叫したい。
絶対この後、激は「ふーん。相手、爆って名前なんだー」とか言うに決まっている。極上の悪魔の微笑を浮かべて。それに備えて妙な覚悟をしていると。
「……爆………」
しかし激は、呟くように名前を言っただけで。
「師匠?」
「………いや……」
普段はあまり見せない(本当にあまり見せない)真面目な表情の激。何だろう、とカイでなくても勘繰りたくなる。カイがそれに問うでもなく、激は言う。
「ただ……”激”って名前と並べると、いい響きの名前だなぁって」
「もうそんな未来想像してないで下さい!」
カイは涙眼で叫んだ。
さて。
そんな風に弟子で遊んだ後。激は飲みに行く、とだけカイに告げ、出かける。
激は目的の人物を見かけると、片手を挙げて挨拶する。
「よぅ、久しぶり」
「まーなー」
夜の街に相応しいのか場違いなのか、眠たそうな表情と声色で返す現郎。
「ま、とりあえず入ろうや」
「だな」
と、2人は店に入った。
注文したものは、大概激の口に消えていく。現郎はちびりちびりと酒を舐めるように飲んでいるが、ペースが全く落ちないので結構な量を飲んでいる。が、表情は変わらず。
ややあって、激が口を開く。ほどよく賑わった店内で、他の客は聴こえないだろう。
「なぁ現郎。運命ってあると思うか?」
「音楽の曲ならなー」
「いや、真面目な話でだって」
と、激はグラスの半分をぐいっとあける。ちなみにそれは梅酒サワーだ。
「どうも、俺ん所のカイが、爆に惚れたっぽい。いやもう明らかに惚れた」
「カイ………あー、あの、見た目は堅物なくせにやる事はきっちりやりそうなタイプだとお前が言ってたヤツか」
「そう、そいつだ」
その時、自宅で1人居るカイは、くしゃみをした。
「俺よ、爆を見た時、何か感じるものがあったんだよ。こいつとは「友人の子供」だけで終わらないだろうなって。
まさか、こんな形だったなんてな……」
空になった食器を横にやる。
「不満そうだな」
「そりゃぁなー。ある意味、俺端役じゃん」
そう、口で言ってる以上に激は落ち込んでいる、と長い付き合いの現郎には解る。それをあえて言わないのは優しさもまぁ、あるだろうかそれ以上に事態をつついてややこしくしたくないからだ。必ず、自分に収め役のお鉢が回る。
が、激はにやりと笑う。落とし穴を掘ろうとしている子供ってのは、こんな感じではないだろうか、というような笑みだ。
「ま、そうなったらそうなったで色々かき回して遊んでやるよ。俺の邪魔が入るくらいでだめになるんだってんなら、そんだけの事って事だしな
とりあえず、かまかけておいた。さーぁ、あいつの本気はどこまで行っちゃう事か」
楽しそうにからから笑いながら言う激に、こういうのを人災っていうんだよな、とまだ顔は知らない激の弟子にそっと手を合わせ、合掌をした。そして、心の中でそっと呟く。
(俺は何もしてやれないが、まぁ、頑張れ)
人災、という言葉を今の激にに当てはめるなら、今の現郎には無責任、という言葉がぴったりだ。
その時、自宅で1人で居るカイは、ふいに沸いたやるせなさを感じていた。
それぞれの門で、同じ日に、それぞれが待ち伏せする。
よく考えてみたら、これって物凄い自分に不利な条件では無いだろうか、とカイはそれを言い出された2日目の晩、それに気づいた。
だって、同じ日って言っただけで時間はしていない。無職ではないだろうが時間に都合がきく激に、時間をカリキュラムで拘束されているカイとでは不公平である。
「不公平ですよ、師匠!!」
カイは当然、猛抗議に出た。
しかし、激は呑気に。
「オメー、48時間くらい経って、よーやくそれに気づいたのかよ?」
「………………」
ソファに横になって雑誌を読みながらそう言う激に、カイはもう言い返す気力も無く、がっくりと脱力した。
「いいじゃねぇか。待ち時間がいくらあっても、来なかったらそれで俺の負けなんだから。フェアだろ?」
そうですね……と頷きかけたが、多分絶対裏がありそうだ。絶対。
「じゃ、明日にしようぜ」
「早速ですか!」
「思い立ったら吉日だよ。それに、どの日だって同じだしな。お前だって、何日もやきもきするよりはさっさと終わらせたいだろう?」
そうですね………と頷きかけたが、多分絶対裏がありそうだ。絶対。
「………師匠」
カイが問う。低い声で。
「ん?何だ?」
それには気づかない(ふりをして)明るい声で聞き返した。
「本当に、片方の門だけで待ち伏せしてるんですよね。あ、来ないなって場所をあっさり変えたりしないですよね」
カイの言葉に、激はさも傷ついた。心外だなって言う表情を作って。
「当たり前じゃないか!お前は、俺がそんな事をする人間に見えるってのか?」
「……………」
カイは、思った。
思いっきり見える、と。
そして何となく予感した。自分が爆の側に居るためには、とんでもない波乱を伴うだろうと(自分と爆が、というより主に自分だけが)。
そして、その第一波が、明日に迫っている。
それを越えないと………自分の明るい未来は、無い。
<END>
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