一目惚れ。
なんてのはドラマや映画、あるいは米の品種でしか自分には縁の無い言葉だと思っていたのだが。
「……………」
カイは自室で何をするでもなく、机に向かい、頬杖ついて思い出していた。
つい先日。
この区域の剣道大会にて、会場設置と撤収のお手伝いの最中、カイはとある1人に会った。昨日、いや、その1秒前までは存在する事すら知らかった。当たり前と言えば当たり前なのだが。
初めに見たのは----まだ、「会った」とは言えない----爆が、友人の応援をしている所だった。同じように応援している人はそれこそ山ほど居たのだが、どうしてか爆を自分は認識していた。無意識に。
そして2人が時間を共有したのは、その後。自販機で自分達は「出会った」。
小銭をうっかり落としてしまった爆に、カイが小銭を貸してあげた。探そうにも、時間が掛かりそうだし、爆には試合をしている友人が居る。その慌てようだと、時間的に余裕は無さそうだったので、カイは純粋な親切心でそうしたのだが。
その時、ありがとうと言う爆を見た時から。
何だか。
何だか………
「…………」
片方の手を開くと、カイの帰りを待っていた爆から返して貰った小銭がある。何処にでもある小銭だが、自分にとっては特別。
そう、爆は自分にとって、特別な存在になっていた。
それを自覚した途端、それまではぼんやりだった会いたいという気持ちが、はっきり輪郭を作った。
しかし、会いたいけど、どうやって会えばいい?
自分達の接点は、あの剣道大会に居た、というだけだ。そこから手がかりを辿れるだろうか?
「あのー、師匠」
「んぁ?」
ソファで転寝していた激は、カイの言葉に覚醒した。どーした、と問えば。
「その、この前の剣道大会の記録とかって、まだあるんでしょうか?」
「記録〜?」
「ですから、どこの学校の選手が出たとか、そういうヤツ」
「なんでそんなもん欲しがるんだ?」
そりゃそう思うよなーとカイは早速言葉に詰る。
「えっと……何処の学校が強いのかな、と興味がありまして」
「なるほど。建前はそれとして、本音はなんなんだよ」
あぁ、見透かされている。
カイは溜息を吐いた。出来れば知られて欲しくないんだけど、激を上手く誤魔化して協力だけ得ろうなんて芸当、自分には逆立ちしたって無理なんだから。
「……その時会った人に、また会いたいんです」
「ほう」
激がとても面白そうな色を目に乗せた。それに嫌な予感しか感じないカイ。
「その相手は選手か?」
「いえ、それを応援していた人で……でも、誰を応援したかが解れば、その人の出身校も同じだから解るでしょう?」
「お前にしちゃ賢い考えだな」
セリフの前半部分は余計だとカイ思った。
「3位決勝戦の、先に戦った試合の負けた人です」
「ふーん。だったら、此処から西に一個区間ずれた所の学校だな」
「そうなんですか。………って、どうしてそんなにすぐに解っちゃうんですか!?」
「あれくらいのトーナメント表、ちらっと見ただけで全部覚えちまうって」
自慢するでもなく、事も無げに言う。
「………凄いですね。さすが、私が弟子入りを決めただけあります」
「最初の一言以外、全部余計だ」
激は言った。
で、教えてもらった学校に早速行ったのだが。
「……………」
着いて、カイは言葉を失う。激には名前を教えてもらわないで来たのだが。それは何故かというと、すぐに解るから、という理由で。
カイはてっきり忘れたいい訳か言うのが面倒くさいかのどっちかと思ったのだが……たまには、本当の事を言う。
広さは大学並みだろうか。初等部から高等部までが集合した学校は、伝統と威厳を見せ付けていた。
って、建物にしり込みしている場合ではない。爆を見つけなければ。
カイは爆に対してほんのちょっとだが、情報を持っている。途中まで一緒に帰ったからだ。そのおかげで名前くらいは知ったが、その他はまったく謎のままだ。初対面で込み入った話は出来ない。
解っているのは名前と、顔。年齢は聞かなかったが、だいたい10歳くらいだろう。
今日、カイの学校は教員の研修の為午前中で切り上げた。ここで待ち伏せすれば、必ず会える……筈だ。何せ広い学校だ。校門は他にもあるかもしれない。とりあえず、カイは正面玄関で待つ事にした。カイはこの時を振り返る度、時代があと少し遅かったら、自分はご近所の人に不審者として通報されていたな、と思うのだった。
チャイムが鳴った。ややあってから、自分の腰ほどにしかない子供らがぞろぞろと門を潜る。カイを見て、このおにいちゃんなんだろう、っていう目で見て。
結局、この日は爆には会えなかった。
意気消沈と帰ったカイは、激から数枚の書類を手渡される。
「何ですか、これ」
「学園の見取り図だ」
あっさり言う。カイは一瞬言葉の意味が理解出来なかった。
「どうしてこんなものが!?」
「大概何処の学校でも紹介のHP持ってるだろ。それに載ってる写真から、俺が描いた」
自分の頭を指で突き、ふふんと自慢するように言う。
「見れば解ると思うが、この学校には門が3つ。正門と、西と東に1つずつ」
「あ、本当ですね」
「お前の性格からして、正門で待っていたと思うから、今度の時には西門と東門、それぞれで待ち伏せしよう」
「はい。……て、は?どうして師匠が?」
これで爆に会えるかも!という期待で胸いっぱいだったカイは失念していたのだ。この前から、この件に対して激がやけに親切な事に。
激はにやり、と笑う。
「そりゃー、俺もその子に興味があるからよ」
「興味って……興味って!?」
「多分、お前がそうやって心配する類の興味だよ」
にやりとした笑みを、いっそう深くする。
ついさっきまで、カイには仏に見えた激が今度は魔界の魔王にすら見える。
「そんな………っ!」
「何せ、朴念仁なお前を惚れさせた相手だろ?興味持って当然だよなー。
まぁ日取りは同じにしてやるよ。勝負はフェアに行こうぜ」
勝負の相手が激だってだけで、カイにとっては十分アンフェアだ。
「そんな、そんなぁ!」
いきなりの”敵”の出現に、カイはそんな、としか言えない。本能寺で明智光秀に討たれた織田信長って、こんな気分だったんじゃないだろうか、などとどうでもいい事を思いながら。
「諦めろ。俺にばれた時点で、こうなる運命は決まってたんだよ」
激が気遣わしげに、ぽんぽん、とカイの肩を叩く。
何が運命だ。思いっきり人為的じゃないか!とつっこめるだけの気力はカイにはない。
「その子とお前に縁があったら、お前が待つ門に行くだろうさ。ん?反対か?」
激が楽しんでいるのは、いつもより弁舌な口調が物語っている。
あぁ一体なんでこんな事になっちゃったんだろう。どうしてこんなギャンブル要素が加わってしまったのか。最初は、数分会っただけの相手に恋焦がれる自分の描写がとてもほのぼのと続いたのに。
そうだ。本人が言ってたな。師匠に相談しちゃったから。
そうだ、そうなんだ。
あははは、あは…………
「…………」
カイは激に向かって、
「お前なんか死んでしまえ!!」
限定数名にしかわからないネタを振って、カイは自室になだれ込んだ。
<END>
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