「爆殿、今度の休みでも、花見に行きませんか?」
「いいですね、はやり春には桜を拝みませんと」
カイは爆に尋ねたのだが、答えたのは何故かデッドだった。周囲に気配が無い事を、十分確認したのにデッドだった。
「え、何?花見?俺も行きてぇなー」
それよりやや遅れてハヤテも来た。だめだ。ハヤテまで来たら、もう。
「じゃぁ、皆で行くか」
爆の言葉に、カイはがっくり肩を落とした。
別に。
今日”は”そういうつもりで誘ったつもりは無かったんだけども。
ただ2人きりになりたかっただけで。
と、デッドに説明した所で「そうだったんですか」で2人きりにさせてくれるかと言えばそんな可能性はゼロを弾き出す。
で、結局、いつもの面子で花見に来てしまった訳だが。
「……………」
「凄いな、おばけ屋敷まであるぞ」
「料金は200円ですか。冷やかしに入ってみます?」
何で前2列をデッドと爆が歩いて、その後ろをついていくようにハヤテと自分の配置なのか。いや、何でもなにもこれもいつも通りと言えばいつも通りなんだが。屋台の並ぶ路地に、横4列は出来ない。
いやでもしかし!今日は!今日だけは爆とどーしても2人きりになりたいのだ!
しかもその理由も、出来れば爆とだけの秘密にしておきたい。
……仕方無い。
「あ、爆殿、靴紐が解けそうですよ」
「そうか?」
と、爆が立ち止まり、下を向いた時、デッドと僅かな距離の差が出来た。そこに、カイがす、と入り込む。
そして、爆には聴こえない声で。
「あの、デッド殿、少し話が………」
「爆くんと2人きりにはさせませんよ」
暖かな気温で咲く桜の中で言うには相応しくない気質の声だ。
「そうじゃありませんよ、ハヤテ殿の事です」
「……ハヤテの?」
デッドが怪訝そうな表情をした。
「カイ、別に解けてないぞ」
爆が言う。そりゃそうだ。デッドと爆の距離を開かせるためのでっちあげなのだから。
「あぁ、ごみと間違えちゃったみたいですね。すみません」
謝るカイに、デッドがこっそり言う。
「ハヤテがどうかしたんですか?」
「えぇ」
歩く組み合わせが代わり、前をハヤテと爆、後ろをデッドとカイが歩く。
ハヤテも爆も、こういうイベント事が好きな性質なので、並ぶ屋台に意識が行っている。喧騒もあって、カイ達の会話は聴こえないだろう。
「進路の事で、悩んでるみたいなんです 。一応進学の方向みたいなんですが、学校が決まらないようで。学力と相談した結果、県外になるかもしれないと」
「県外に?」
「はい」
「……そうですか」
すぐに返事が返らず、少し間があった。かなり気になるみたいだ。
「ですので、何か話を持ちかけたりしてきたら、いつもみたいに切り捨てないで、ちゃんと聞いてあげて下さいね」
「気に留めておきます」
……本当は、こういう人の気持ちをだしに使うのはかなり気が引けるけど。
ハヤテが進学に悩んでいるは事実だ。この前の面談で、地域を付近に限定しないで、県外も含めて考えるべきだと担任に言われたのも事実だ。
が、ハヤテはデッドと離れるなんて嫌だー!と喚いていたのだ。間違ってもデッドから離れる事は無いと思う。……いや、絶対に無い。
「…………」
デッドは沈黙し、前を歩くハヤテをじ、と見ていた。
「では、デッド殿達は場所取っておいて下さい。適当に何か買って来ますから」
カイと爆が連れ立って歩く。それに、ハヤテはおや、と思った。デッドがそれを妨害しないのだ。
歩き続きで気分でも悪くしたんだろうか。
「……なぁ、具合でも悪いのか?」
「……ハヤテ」
デッドを窺う目を、逆に見詰める。
「県外の大学に行くつもりなんですか?」
「へ?………へ?……えぇぇぇぇ!!?何で!?」
「そういう話が出ていると……」
「いやそう担任に言われたけど!でも俺としては県内狙うつもりで!だってデッドと離れちまう………!!」
うっかり本音を出してしまったハヤテは、あわてて口を手で塞ぐ。顔は赤い。
「……そうですか」
と返した返事のセリフは同じだが、表情も声色も、先ほどカイに言ったのとは大分違う。
そうか、行かないんだ………
ふ、と気を緩めた。桜の花がちらちら舞うのが、目に楽しい。
(全く、カイさんのとんだ早とちりで……)
そこで、ようやくはた、と気づく。
何でまたカイはいきなり、こんな時にそんな話を持ち出したのか。
その時、メール音がデッドの携帯から鳴った。
「…………、」
「どうした?」
「……やられた」
「は?」
ふぅー、と溜息になりそこねたような息を吐き出し、送られたメールを見る。
送信者は、当然。
ぱたん、と電話を綴じ、ポケットに仕舞う。
やった。やってしまった……
しかもデッドが最近ハヤテを気に掛けているのをいい事に、それを利用して出し抜いてしまった……
あぁ、今頃のデッドを想像するのも恐ろしい……下手したら命が無いかも。いやぁ、命までは……命までは……
「…………」
何故だろう。桜は咲いているのに、背筋が寒い。
「カイ、どうかしたか?」
異常を察知し、爆が気遣わしげに言う。
「あ、大丈夫ですから」
今は、だが。
「デッド達は、今頃どうしてるだろうな」
爆が無邪気に聞く。何故って、爆はデッド達も自分達が抜け出す事は認知済みだからだ。爆殿を少し驚かそうと思って、とか言ってカイは爆を連れ出した。
「で、何処へ行くんだ?」
「……私の、実家の方に」
「カイ、の?」
「はい。私が生まれた時、桜の木を植えたんです。その木が、今年初めて花を咲かせたと報せを受けまして」
「今まで聞いてないぞ、そんな話」
「いえ、去年まで全く花を咲かせる様子が見られなかったので、わざわざ言うのも恥ずかしいかな、と……」
「まぁ、何にせよ、楽しみだな」
と、爆が言う。
「……楽しみ、ですか?」
「したらいかんのか?」
「でもその、そんな大層なものを期待されてもちょっと何て言うか……」
「何をぶつぶつ言ってるか。ほら、電車が来たぞ」
顔を赤くしながらうろたえるカイを、爆がぐい、と腕を引く。
自分に所縁のあるものを、爆が見たいと言う。
なんかもうそれだけで、寿命3年くらい使っちゃっていいかな、とか血迷うカイだった。
さて、後日。
カイは、きっちり先日の埋め合わせをさせられていた。
今は春休み。昨日が休みで今日も休み、おまけに明日も休みという訳だ。
で。
爆はデッドの別荘へ行き、そこでリゾート気分を味わっていると。
カイに絵はがきで伝えていた。
絵はがきで。
絵はがきで。
「………うわぁい、爆殿からの手紙だぁ……」
それなのに霞んでよく見えないのは何故だろう。あぁ、涙が滲んでいるからなんだ。あはは。
ハヤテも、はがきを持っている。
「ハヤテ殿も貰ったんですか。良かったですねぇ」
「……よくねぇ。ちっともよくねぇ。これを良いにしちゃいけねぇ……!!
何だよ別荘って。ンなもんの存在、ちっとも知らなかったよ、俺は……!!」
それでもハヤテは涙ではがきが濡れないよう、注意した。
やっぱりというか何と言うか、デッドの目を盗んで抜け出した代償は大きかった。
「私だって、爆殿と何日も一緒だったことは無いのに……!!」
4日間、爆はデッドと2人きりで旅行に出かけられてしまわれた。無論、それに同行する事はカイは出来なかった。出来るはずも無かった。
でも命あって身体が五体満足なだけラッキーだよね。
爆が側に居ないだけで。
………いっそたこ殴りにされた方が良かったかもしれない。
ふとハヤテの携帯が鳴った。
「……何ですか?」
「ライブだ。予定が開いたから行ってるって。マジ楽しいって」
「そーですか……」
「そーだよ……」
どこかで鳥が鳴いている。うん、とても長閑だ。街中は。
まぁ、それでも。
ハヤテはともかく。自分は。
来年も一緒に見に行こうと、約束がつけれただけ、救いがあるだろうか。
まぁ、あと2日だ。爆が帰ってくるまで。
そうしてちょっと元気付いたカイは、気づかない。
これが、まだほんの序章である事は。
ハヤテをだしにしたのがデッドの逆鱗にとても触れてしまった事に気づくのは、まだ少し先の事。
<END>
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