傷つけられても構わないよって思っているから、傷つけることを恐れないで欲しい
だって、もう、それだけで
ト音記号の、薄く加工された銀の栞。
我ながらいい買い物をしたと思う。デッドは言うまでも無くピアノ弾きだし、読書も嗜むから。
問題は。
「……………」
ハヤテは、これをホワイトディの贈物としてあげたいのだが。
一ヶ月前、デッドの家に招かれて、ホットチョコレートを振舞われた。
あれが未だどんな意図の元の事なのか、解らないでいる。
「って、まだ考えていたんですか?」
「………うるせーよ」
気だるげに答えるハヤテ。カイもまた先月の一件を知っている。ハヤテにどうだろう、と相談を持ちかけられたからだ。ハヤテは相談する相手を選ぶべきだと思う。
「もう当日なんですから、相手がどう思っていようが、この際あげてしまったらどうですか?」
実際男子生徒の結構な数が、貰ってもない相手に贈っている。昔、女性がそうしたようにイベントにこじつけて意中の人に物と気持ちを贈りたいのだ。最も、女性はガードが固いので男みたいにありがとう、えへへですまないのだが。
「でもなぁ、俺は、お返しとしてあげたいんだよなぁ……」
「煮え切らないですね。だったら、本人に訊けばいいでしょうと1ヶ月まえいから言っているのに」
う、と言葉が詰るハヤテだ。今悩んでいる原因は、偏に自分に問いただす勇気が無い為にある。
「お、お前こそどうなんだよ!メイド服あげようとしてどん引きされたんじゃねーかよ!」
「あ、あれは冗談が失敗しただけです!もうしっかり誤解は解きました!」
解いたのだがあれを本音だと捉えられた事に非常に大きなダメージを受けた。もう少し誠実に生きなきゃな、と脱・薄腹黒宣言を立てたとか立てないとか(立てないのか!)。
「って、こうして私と話していても拉致が開かないでしょう。早くデッド殿の所へ行かれた方が余程いいと思いますよ?実際目の当りにすれば、覚悟も出るかもしれませんし」
ぽん、と肩に手を置き、慈愛を込めた瞳でハヤテに言う。
「カイ、お前…………
俺と別れてさっさと爆の所に行きたいんだな?」
「えぇ、勿論」
カイの慈愛の視線は爆に向けての事だ。
そんな訳で、カイのアドバイスを受け入れ……って訳でも無いけど、ハヤテはデッドの隣を並んで歩いている。
が。
(かっ、会話が無ぇ………)
デッドが率先して喋らないのはいつもの事なんだが、自分の心境のせいでどうも沈黙が痛い。
(と、とりあえず一緒に帰ってくれてるって事は、今は不機嫌じゃねぇって事だよな)
本人はとても真剣だが、傍から見ればかなり情けない確認の仕方である。
「デ、デッド!」
噛みながらだが、名前を呼べた。
「何ですか?」
「えーと、ほら!この前ポスターくれたじゃん!そのお返し!」
それだけ勢いに任せて言うと、両手で栞の入った包みを手渡す。
デッドはじ、とそれを見て。
「それは、ありがとうございます」
と、受け取った。
受け取った。
はぁーと緊張して張り詰めていたものを、緩めるように溜息を吐く。
良かった。渡せて。
でも。何だか。
すっきりしない。
目の前の問題が解決したせいか、ハヤテはそもそもの疑問が気になりだした。
一ヶ月前のあれは何だったんだろう。
やっぱり、バレンタインんだったんだろうか。
と、いう事は自分の事が好きなんだろうか。
………解らない。
盗み見るように窺ったデッドはとてもいつも通りで、自分が贈物をしたことすら忘れてるのでは無いだろうか、というくらい何も無くて。
寂しい、なんて言葉では片付かない、孤独感を彷彿させるような。
「……あのさ、」
と、ハヤテは静かに語りかけるように言う。
「一ヶ月前の、ポスターとチョコって、やっぱバレンタインだったのか?」
「……………」
「なぁ、」
「貴方が、そう思いたいなら」
デッドは言う。けれど、その自分を見る目も、研究者が実験対象物を見るようなとても冷静なもので。
「----だから!そうかそうでないかのイエスかノーだろ!何でそれで答えれくれないんだよ!自分がしたことだろ!?」
怒鳴るような物言いだが、デッドは自分の姿勢を崩さない。
「ものの受け取りかたは、千差万別ですから」
「知ってるよ!!」
ハヤテは泣き出したい気持ちを堪えて言う。
「お前がさ、そうやって俺に考える余地を与えてるんだとか、押し付けにならないようにとかしてるんだなって、そういうのは解ってんだよ!
でもな、はっきり言ってそういうの要らねぇんだよ俺は!お前から!!」
「…………」
「いいんだよ傷つけられても裏切られても!もっと言っちまえば殺されたって構やしねぇよ!
そこまで好きなんだよ、俺は!」
「……ハヤ、」
「……好きなヤツの、本当の気持ちが知りたいだけだよ。
でも、馬鹿だし、頭良くねぇから、ちゃんと言葉にされなきゃ解んねぇんだよ。俺は。
……俺なんかの想像力なんて、あっさり限界が見えてるし」
せめて、爆とまで言わない。カイの3分の1くらいにでも悟れれば、まだ良かっただろうに。
項垂れるハヤテの耳に、デッドの声が静かに届く。
「僕は……思われたくないような事を、思われせる隙は絶対に与えません」
「……そんなん言うと、都合にいい取り方ばっかしちゃうけど。俺は自分に厳しくなんかねーから」
「ですから……それで、いいんです」
デッドが言う。
「それで、正解なんです」
それが、自分の気持ちだと。
デッドはそう言う。
「…………」
ハヤテは足元しか見ていなかった視線を上げた。
そして、地面を蹴った。
次にする事は当然。
デッドを、うんと抱き締めるのだ。
えへへ。
えへへ。
えへへへへへー。
「……そういう崩れた笑みは、カイの専売特許だと思ったんだがな」
乱丸がうんざりしたようにハヤテに言う。気色悪いからなんとかしろとクラスの大多数に言い渡されたのだった。別に民主主義を尊重する訳でもないのだが、それがこの世の摂理である、みたいに断言されたのではそ、そうなのかな?と実行してしまうのが人の哀しい性というヤツだろう。
「あー、乱丸かよー?何か用ー?」
ぽやぽやと謎の花や蝶を飛ばしながらハヤテが言う。
「用……と言うか、何と言うか……」
何だかハヤテのしまりの無い笑顔を見ていたら、何もかもがどうでもよくなってきた乱丸だ。彼は確実にかつてのハヤテの経緯を辿っている。
「そういや、カイは何処だよ」
その前の席に座ってるくせに今気づいたのかよ!というツッコミは心の中でだけで止めておいて、乱丸は答えてやった。
「保健室に行ってる」
「保健室?あいつ何処か怪我………」
そう言いかけ、ハヤテは気づく。
常日頃、師匠のしごきやら爆の打撃やらデッドの呪いやらを受けながらも翌日にはおはようごさいます今日もいい天気ですねぇとやって来るカイは、保健室要らずの男だ。
て事は誰かの見舞いで。
誰かってのは当然爆で。
何で爆が保健室行ってるかって言うと。
「……………」
ハヤテは今まで浮かれに浮かれて浮かれまくっていた雰囲気をそっと置いて、窓の外へ遠い視線を投げた。
「……あいつには、敵わねぇなぁ……」
「……いいんだよ、それで」
人としてな、と。
乱丸はハヤテにそう言った。
<END>
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