君と居る明日





 捻くれものの師匠は、ある時幸せについてこう言う。
「幸せってのはな、何も無い事だよ」
 ニュースでは、また事故で誰かが死んだり、誰かが誰かに殺されたりしていた。
「明日がただの今日の次の日なら、こんなに幸せな事はねぇさ」




 配られたプリントはただの紙でしかないのだが、それに記入する事に重要な意味を持つ。
 それは、進路希望調査票。
「……こういうの見るとさ、いつまでも子供じゃないって思い知らされるよな」
 あーぁ、と溜息にもつかない声を漏らし、やる気の余りない顔をするハヤテ。
「な、カイ。お前進路どうするの?」
「私の場合、何をするかは決まってるんですが、それは何処に行けば叶うのかが悩みどころですね」
「お前のする事って、何」
「爆殿の側に居る事です」
 迷いの無い眼差しだが、あまり真っ直ぐとは言い難い。
 しかし、あえてハヤテはそれに反論しない。自分も結構似たようなものだし。
 できれば、デッドと同じ道を歩きたいと思う。少なくとも、自分が本当にやりたい事が見つかるまでは。
(……一体、どうするんだろうな。大学行くのか?デッドなら文系理系どっちでも行けそうだし、音楽の専門校もアリだよな)
 ふと改めて考えると、デッドの道は沢山繋がっている事に驚く。方や自分は。
 普通に大学に進学できるかすら、危うい。
「………………」
「どうしました、ハヤテ殿。まるで自分の未来に打ちひしがれたように絶望した表情なんかして」
「うるせーやい………」
 反撃の声も消えうせるハヤテ、青春の日である。




 まぁ進路調査票と言っても、今回は理系文系を選択するだけなのだが。
(別に、どっちもどっちなんですよねぇ)
 カイは両方ともそつなくこなすが、どちらに特別関心がある訳でもない。となれば進路に進みやすいものを選ぶのがいいと思うのだが。
 そこでまた迷う。
(就職したい気もするけど、進学したらしたでまた世界が広がるような気がするし……)
 中学に上がってから、ふと思い出したように浮かぶ悩みである。もっとじっくり考えたいのだが、周囲はそれを許してくれない。最低、成人になれば何かしらの道についていなければならない。
 それが、常識、普通というものだから。
「………………」
「おい」
 と言う声と、ぱこん、と軽い衝撃。
「爆殿………」
「何を塞ぎこんでいるんだ?」
 美術の課題なのか、白紙の画用紙を丸めて持っている。さっきの衝撃の正体はこれか。
「塞ぎこんでいるように見えましたか?」
「違うのか?」
「考えていたんですよ」
「何をだ」
「爆殿と、ずーっと一緒に居られる方法」
「……………」
 すると、、また頭を叩かれた。今度は、結構強く。
「あたっ」
「気に食わんな、その顔は」
「顔が気に食わんって………」
 そりゃとびきりずば抜けてハンサムって訳でもなくてどっちかといえば10人並をちょっと出てるかな程度だけど、そう面と向かって言われるとやっぱり。
「そういう意味じゃない。戯けが」
 うじうじとし始めたカイに、爆がぴしゃりと言う。
「希望を口にするなら、心から叶うと思っているような表情で言え。間違っても、出来るわけが無いと諦めて言うんじゃない」
「……そんな顔していましたか」
「していた」
 意味無くふんぞり返り、爆は断言する。
「私は、自分をもっと磨きたいんです。人間的にきちんと成長したいんです。
 でも、それはどうしたら出来るものなのか……
 働くにしろ、学ぶにしろ、どちらも何かが不足しそうで」
 言いながら、自分の前に大きく分厚い壁が立ちはだかっているのを感じる。世界は、こんなに窮屈だっただろうか。
 カイがそんな風に行き詰っていると、爆は。
「何だ、解っているんじゃないか」
 深刻そうに悩んで人騒がせだな、と言う。
「え………?」
「どっちもだめと解ってるんなら、どっちも選ばなければいいだけの話だろう」
 事も無げに言う。
「え、え、……えぇぇぇぇ!?そ、それじゃ、私はどうすればいいんですか!」
「知るかそんなもん。貴様の道だろう。他人が通った道を選んでいてどうする」
「ぁ、……………」
 ぱぁんと。さっき丸めた画用紙で叩かれたみたいな軽い衝撃で。
 呆気なく、壁が壊れた。
「そう……ですよね」
 壁が壊れれば、やっぱり世界は広がっている。
「私の道なんだから……私が作るしか、無いんですよね」
 想像以上に。
「あぁ。そうだ」
 カイがそう言うと、爆はしっかり頷いた。




「……でも、嬉しいですね」
「何が」
 打って変わって、楽しげに歩くカイ。爆が、問い返す。
「だって、爆殿は、私が側に居る事、認めてくれてるんですよね」
「は?…………あっ」
 今頃気づいたらしく、爆は口を押さえる。
「いやっ、そうじゃなくてだな、単に貴様が珍しく塞ぎ込んでいたから、それだけで、だからっ………!!」
「爆殿」
 落ち着きをなくした爆に、カイがゆっくり言う。
「明日も、一緒に帰りましょうね」
「…………。いいだろう」
 爆はそっぽを向いて言った。頬を染めて。




「あのー、師匠」
「どうした、弟子」
 ソファで寝転がりながら雑誌を読む激に、カイが呼びかける。こんな眼に悪い姿勢で読んでいるくせに、激の視力は抜群で視力計るヤツの一番下まで見える。
「ちょっと。進路の事で」
「俺に人生の相談しようとはいい度胸だ」
 どんな意味なんだろうか。
「いえ、多分ですが……もしかしたら、進路の事で呼び出しくらうかもしれませんから、今の内に言って置こうかな、と。
 ……正直に書いて、出すつもりですから」
「ふーん………」
 激は雑誌を綴じ、
「いいぜ。俺、そーゆーの嫌いじゃねえしな」
 にやり、といつものように笑ってみせた。
「師匠………」
 何だかんだで、激はやっぱり師匠で。自分の事を温かく見守ってくれているのだなぁ、とカイは静かに感動していた。
「安心しとけよ、カイ。白いスーツに派手な柄のシャツと金のネックレスに腕にロレックスをはめた俺が参上したら、その場の主導権は全部こっちのもんだ!」
「………やっぱり自分で何とかしてみせます」
 そうだ、これから生きていく上で何が悩みって、この人の存在こそだよな……と、自己認識の甘さを改めて引き締めたカイだった。




<END>





学園ものらしく進路に悩むカイくんでした。
腹黒さ加減若干薄めでお送りしました。

ジバクキャラでカイと爆が一番現代社会に馴染めなさそうだな、と思って。他の連中は何だかんだで上手くやれそうな気がするけど。激なんか何処でも生けそうだ。いや、カイも爆もそうなんだけど、この2人は世界を渡って、修行している姿が一番良く似合う。
何て言ってみて、互いに会えた世界が本人達にとって一番最良の世界なんだろうけどさ(笑)