2月も1週間が過ぎ、世間はいよいよバレンタインに染まっている。
「え、」
と意外な事を言い出した爆に、声だけの返事しか出来なかったカイ。
「だから、貴様甘いものがそんなに好きじゃないだろう?
何が何でもチョコレートじゃないといけない決まりでもないんだから、それ以外で何か欲しいものはないか?何でもいいぞ」
でも、あまり高値なのはだめだからな、と注意をしてから、カイに意見を伺う。
しかし、カイは真剣というか、思いつめたというか、かなり据わった目をしていて。
「………本当に、何でもいいんですか」
爆は勿論、と安請け合いをしそうになったが、寸前で気づいた。
「そ、そういう事じゃないからな!物だぞ、物!」
「はい、者ですよね」
「漢字が違うわ--------!!」
いけしゃあしゃあと言うカイの頭をスパーンと殴る。殴った後の息が荒いのは、その動作が原因ではない。
「戯けた事を言ってると本気で怒るぞ!」
「真面目でしたのに……」
「……何か言ったか」
「いえ」
宣言通りに怒られかねないので、言葉を濁してみる。
「で、何が欲しいんだ?」
会話が戻る。
カイは少し考えるような素振りを見せて、
「何でもいいです」
「それが一番困るんだが」
「困って下さい」
カイのセリフに、今度は爆が、え、となった。
「思いっきり困って悩んで考えて下さい」
カイは、ひらすらにこにこしていた。
「お前本当にンな事言ったのか?」
やったなぁ、オイ、と冷蔵庫から清涼飲料水を出し、ラッパ飲みする。
「そんな返事の仕方をしてよ、もらえなくなったらどーすんだよ」
「それは無いと思いますよ」
カイは平然として言った。
「爆殿はプライドの高い方ですから、挑発されてほっとくような真似は絶対にしません」
「じゃ、意趣返しに何かとんでもない事されるとか」
「それはあるかもしれませんね」
「で、お前そんなに嬉しそうなの?」
激は不気味なものを見るような目つきでカイを見る。実際不気味だし。
カイは嬉しそうな笑みを絶やさず言う。
「あぁ言っておけば、当日まで爆殿の頭の中は私の事で一杯でしょ?
本当は、それが何よりのプレゼントなんですけどね」
学校に居る時でも自宅に居る時でも。
自分が居なくても自分の事ばかりを想っていて欲しい。
何とも稚拙で強欲なものだと自覚しているから、普段は押さえ込んでいるけど。
こういう、たまのイベントの時くらいは。
自分の中は、もう爆の事で一杯だ。
爆の様子でも創造しているのか、一層嬉しそうに微笑むカイ。
しかし、激は。
「……それ、一生の秘密にしとけよ。バレたら地獄を見る……て言うか、行く」
「……それは、もちろん」
命がけ。
それはカイのみに留まらないフレーズだった。
そして爆はカイの策略にまんまと嵌っていた。
絶対に喜ぶものを贈ってやる!と意気込んでいたが、考えれば考えるほどさっぱりいいものが浮かばない。
今まで意味を込めたにしろそうでないにしろ、カイはどんなものでも喜んでいた。何でもいいというのは、強ち真実なのかもしれない。
かと言って、そのまま本当に適当に選んだものをあげたのでは、自分の名が廃る。
ここはやっぱり、カイがこれこそ、と思っているようなものをあげなければ。
リサーチの為、爆は自分が知っている者の中でカイに親しい人物を呼び出した。
当然ハヤテだ。
「どうしたよ。カイがまた何かしたか?」
それは当たりではないものの遠からず、といった所だろうか。
「あのな……カイが欲しい物って、何か知ってるか?」
そういう話題はしないのか、と訊く爆。
「へ?そんなもんお前の方がよく知ってんじゃねーの?」
「……まぁ、確かに、そうだが………」
「じゃ、それやっときゃいーじゃん」
「それが出来んからこうして訊いているんだろうがぁぁぁぁぁ!!」
最初の返事の時に爆の顔が赤かった事に気づかなかったハヤテは、爆がどうして怒鳴るのかが解らない。
爆はいきなりな質問で不躾だっただろうか、と最初から事情を説明した。
と、ハヤテが渋い顔をする。
「……あいつめ、そんな図と調子に乗った事を……!!」
俺は貰えるかどうかすらも危ういってのに!と怒りが込上げてきたハヤテ。
「爆!んなヤツにやる事ぁねぇ!ここできいてやったら、どんどん付け上がるに決まってんだ!」
どこかで会話を察知しているデッドもそう思っているに違いない。その証拠に乱入してこないし。
「……それは、そうかもしれんが……」
爆は言う。
「あいつがどうのこうのと言うより……オレが、あいつに何かやりたんだ」
「……………」
その言葉がどこまでも真剣なので、ハヤテは深く溜息をつきたくなった。今すると、爆が誤解してしまうかもしれないから、しないけど。
全く、どうして目の前の無垢な子供があんな薄腹黒を好きになってしまったんだろう。もっといい相手も居ただろうに。その辺にごろごろ。
でも、お嬢様程不良にあこがれるっていうから、案外自然の摂理に適った事かも。
カイに聞かれたら柔和な笑みで首を絞められそうな事を考えるハヤテだった。
仕方ねぇ。ここはいっちょ一肌脱ぐか。
「俺がそれとなく探ってみるよ。メールで教えてやるから」
「あぁ、頼む」
その時の爆の顔と言ったら。
何でこの2人は、とも思う事はしばしばだが。
この2人で良かったと思う事の方が多いのだ。
カイはご機嫌だ。
自分が思った通り、爆は自分の事ばかりを考えていてくれるから。
何だかハヤテがあれこれ言ってくるが、それが爆に頼まれたからだというのなんて丸解りである。
バレンタインが、来なければいいなぁ。
カイはそんな事を思っている。
しかし、そんな幸せは唐突にぶち破られる。
乱丸が廊下は走らないという校則を無視して教室に飛び込む。
その理由は、
「おい!カイ!大変だ、爆が保健室に----って、あれ?カイは?」
ついさっきまで自分の席に居た筈のカイは、もう居なかった。
……頭が痛い。
頭痛を持て余し、無意識に顔を顰める。
誰かが、額に冷たいタオルを乗せてくれた。
気持ちいい。
そして意識もはっきりしてきた。
「…………」
目を開ければ、カイ。
「なっ……!」
「あ、急に起き上がらないでください」
また頭痛がしますよ、と言われ、ゆっくり起き上がる。
「ボールがぶつかった所は、大丈夫ですか?」
「………」
失態だ。
まさか、考え事に集中してしまって、飛んできたボールに気づかなかったなんて。
しかもとても景気よく当たってしまい、軽く意識を飛ばしてしまった。
穴があったら入りたいとは、今の心境だ。
「………爆殿」
と、カイが言った。
次いで、ぎゅう、と抱き締められた。
「……何だ」
「いえ、少し自分の愛されてる度合いを見くびっていたな、と。
反省してるんです」
「……反省すると貴様は人を抱き締めるのか」
「爆殿だけですよ」
まさか、そこまで真剣に考えていてくれただなんて。
本当に、この人には適わない。自分の浅はかな策で操れる訳も無いのだ。
「……まだ痛みますか?」
「瘤にはなってないと思、………」
その箇所に口付けられ、言葉が途中で止まる爆。
「……何をする」
「気休めにでも」
気休めにしたら強すぎるのではないか、と爆は思う。
「私は、」
カイが話し出す。
「爆殿が居たら、他には何も要らないんです。側に居て、姿を見ているだけでとても幸せなんです。だから、出来れば爆殿が欲しいんですか、それは無理でしょう?」
爆が真っ赤になってこくこくと頷く。
そういう意味で(今は)言ったんじゃなのに、と苦笑する。
「ですから、爆殿が身に付けている物が欲しいです」
「欲の無いヤツだな?」
「そうですか?」
もし爆がそう思うなら、そうさせているのは、きっと爆だろう。
ハヤテはなんだか浮き足だっている。訊けば、前日デッドに家に招かれ、何か貰ったとの事だ。
もしかしたらそれはバレンタインに肖ってやった事ではないだろうか、と思ったが、言わないでおいた。
(やっぱり、自分で言わないと。ねぇ、デッド殿)
隣のクラスに居るデッドを思う。
「あれ、お前チェーンみたいなネックレスしてる?」
今気づいたらしいハヤテが言う。
「えぇ、はい」
「へー。そんなのもつけるんだな」
意外そうな顔をするハヤテ。それはそうだ。自分で好んで装飾品はつけない。
だけど。
「……指には小さかったものでして」
「は?」
これで自分が爆に指輪を贈ったら、結構愉快な事なのではないだろうか、とカイは思った。
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