「おーい、爆ー」
「ハヤテか。何の用だ?」
「お前さ、目玉焼きに醤油とソース、どっち掛ける?」
「……は?」
話は少し遡る。
ハヤテはこの時期、最も無謀な事を考えていた。
それは事前の勉強無しに受験に望むよりも、アイテムの補充無しにラスボス戦に挑むよりも、指のささくれを思いっきり引っ張りよりもなお無謀だった。
ハヤテはその全国模試で何とか真ん中くらいの順位につく偏差値の頭で、こんな事を思っている。
バレンタインにはデッドからチョコを貰いたいな。
全くもって無謀である。
それほどの度胸があるなら、ナイフ一本で世界一周する方に使った方がまだましである。実績も残るし、後世の人々も彼の偉業を称えてくれよう。
何より生き残る可能性が高い。
しかしハヤテとてそれは重々承知だ。と言うか自分が一番よく知っている。
言おうものならどうなるか。
……考えたくも無い。
顔を青くしてげっそりしたが、それでもやっぱりチョコが欲しい。
いや欲しいのはチョコではないのだ。
自分の為に、自分の為だけに何かをして欲しい。
それを形にし、今の時期だからチョコが欲しいと思う。
とは言えどうするか。
言わないとしてくれないだろうし、しかし言った所で叶えてくれるかと思えば全くそうではない。
つまり、無理。
「…………」
長い過程で導き出された答えだが、最初から解りきった事だった。
さて。今年のバレンタインは月曜日である。
その前日の、日曜日の事。
ハヤテは休日には遅寝遅起きの習慣を通している。この日も例に漏れず。
しかし、普段なら11時過ぎに起きる所を、今日は9時に起きた。
と言うか起こさせられた。
携帯電話の着信音で。
「ん〜〜〜………」
上の様な悪習慣のハヤテだが、決して低血圧でもないので、耳元で結構な音量流されたら目が覚める。
しかも。
「……って、えぇ!?」
その着信が、明日、チョコを貰いたいな、と思っている相手からだったら。
誰だって飛び起きる。だから、ハヤテも飛び起きた。
「も、もしもし!!」
『……もしかして、今起きたんですか?』
呆れたような声。まさかまだ当分寝るつもりだったとは言えない。
「ま、まぁそれはいーじゃねぇかよ。んで、何かあったか?」
『物置を掃除したら、貴方が好きだと言っていた洋楽のアルバムのポスターが出ましてね。僕が持っていても何ですから、よろしければ差し上げますが』
「え、マジで」
ラッキーvとぱぁっと花を飛ばすハヤテ。
「んじゃ今行く……っていいか?」
『えぇ、構いませんよ』
ばたばたと慌しく着替えを済まし、文字通り家を飛び出した。
で、デッドの家に到着。
インターホンを鳴らせば、程なくデッドが現れる。
「弟は?」
「相変わらずコンサートですよ」
積極的だなぁ、と思うハヤテだ。
「ポスターです」
「おー、サンキュ!」
早速広げ、悦に入るハヤテだ。帰ったら壁に貼ろう。
どこにやればいつも目に入れれるかな、と間取りを思い描いていると、何やらいい香りがしてきた。
(ココアかな?)
「ぼっと突っ立ってないで座って下さい。もうすぐ入りますから」
「え、いいって。すぐ帰るから」
「あいにく、訪ねた客人に何も持て成しもしないで帰すような教育は、親から受けていないので」
持て成し。それはもしや呪いの事か?
「どうぞ」
とカップを差し出す仕草も優雅だ。
差し出された飲み物は、やっぱりココアのようで。
一度自販機でコーヒーと間違えて買ったことがある。あの時はその甘さに悶絶したものだ。
俺、実は甘いの苦手なんだよな……とチョコを欲しがっておいて無責任なハヤテである。
でもデッドが淹れてくれたのだから、と一口飲んでみる。
(……お?)
「美味い」
甘いけど、ココアのような甘ったるさが無い。そうだ、ビターのチョコみたいな感じだ。
「そうですか」
素っ気無い賞賛に、これまた素っ気無く返すハヤテ。
この日は、これで終わった。
バレンタインを通り越し、デパートが催事場でひな祭りの即売会をしている最中。
大きめのCDショップでハヤテとライブは偶然に出会いを果たす。
(ヤバイ!)
別に何もヤバい事はないのだが、ライブを見ると本能がとにかく逃げとけ!と警告する。多分、それは正しい。
「あー、君も来てたんだ。奇遇だね」
「……まーな」
警戒しつつ答える。
逃げたい相手だが、デッドの弟でもあるのであまり失礼な態度もとりたくない複雑な青少年心。
「今日も寒いねー」
「そうだな」
「最低気温って何度は知ってる?」
「あー……確か1度か、そんくらいかな」
「やった☆」
何でそれがやったになるのか、解らなくて首を傾げるハヤテ。
ライブは、ご機嫌に説明する。
「気温が1度以下だとね、アニキがホットチョコ淹れてくれるんだーv」
「ホットチョコ……」
と聞いてハヤテにデッドの家へ訪れた記憶が蘇る。
そうか、どうもチョコっぽいと思ったら、正真正銘にチョコだったわけだ。
確か雹も時々飲んでいたような気がするが、自分はご相伴には与らなかった。チョコと聞いただけで甘ったるい味が口内を占めて虫歯になりそうな気がしたのと、『いつか、爆くんと同じベットでホットチョコを飲みたいなぁ……』と完全トリップした雹と同じ席に着きたくなかったからだ。
(あれが、ホットチョコレートなのかぁ……)
初めてのものを口にしたとなると、何だか得したような気になる。それが美味しかったとなれば、なお更だ。
また飲みたくなったなぁ、と思っているハヤテの横、ライブはまだ言っている。
「アニキのホットチョコは美味しいんだーvチョコとクリームたっぷりで、蕩けちゃいそうな甘さでさv」
「……甘い?」
「そう!」
ホットチョコレートとはほんのり苦いものではないのか。
少なくとも、自分はそうだった。
(……まさか!?)
自分だから、そうしたのか?
いや、そんな。そんな嬉しい出来事では。
無い……と、いつもなら言い切れるけど……
……そう言えば。
物置にあったと言ったが、あのポスターもやけに保存状態が良かったような気がする。湿気ってもいなかったし、焼けても居なかった。なにより、長い間仕舞いこまれていたわりには紙が折れたり痛んだりもしていない。
……探した、とか。色んなところを周って。
自分の、為に。
「----なぁ、ライブ!一生の頼みがある!」
「ほぇ?」
ハヤテが急に勇み立ったので、ライブは少し呆気に取られる。
「……デッドは、自分が飲むホットチョコレートも甘いのか?」
「そんな事訊いてどうするのさ」
「俺には、非常に重要な事なんだ……!!」
ハヤテがいつになく本気の気迫を出していたので、ライブはたまには素直に聞いてやるもの何かの功徳になるかなって事で訊いてやることにした。
「いいよ。でも、僕も知りたい事があるから、それと交換ね」
「……爆の事か?」
「もっちろん♪」
ハヤテは考える。爆に何かすると、本人もそれなりに怖いがその後ろに人知を見えた未知なる恐怖を持ったヤツが居る。下手すると、それにデッドも加わる。
ハヤテは質問次第で、と申し出る。
「あのね、爆君に目玉焼きに醤油とソースどっちを掛けるかどうか、調べてきて」
「そんな事訊いてどうするんだよ」
「僕には、非常に重要な事なんだ………!!」
ライブがいつものように気合の入った雰囲気だったので、ハヤテはいつも通りに素直に訊かないと何か自分の私生活に支障が出るなって事で訊く事にした。
そして話は冒頭に戻る。
「おーい、爆ー」
「ハヤテか。何の用だ?」
「お前さ、目玉焼きに醤油とソース、どっち掛ける?」
「……は?」
果たして爆は目玉焼きに醤油とソースとどちらを掛けるのか、デッドは自分用のホットチョコレートを甘めに作るのか苦めに作るのか。
さて。
<END>
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