「……何で貴方までついて来たんですか」
責められてるような詰られてるような。
休憩室でタオルケットをデッドに被せ、熱い紅茶を買ってきた。結構、甲斐甲斐しいハヤテだ。
「いやだから。俺が原因なんだし、お前1人にする訳には」
「僕を1人にするより爆くんをカイさんと2人きりにする方が余程危険でしょう」
誰かに分け与えられる程に有り余る説得力だ。
が。
「いや、大丈夫だって。旅行中なんだし、あいつも滅多な事はしねぇよ」
今回は皆との旅行だから、ただ楽しく過ごしたい、と昨日カイが言ったのを、ハヤテは信じる事にした。
まぁ、自分がデッドと2人きりになりたいのも、半分……だいぶ………たくさん。
「爆くんに何かあったら、貴方に責任取ってもらいますよ……?」
と、凄むデッドの表情をして、取らされるのは本当に責任だけだろうか、と不安になるハヤテ。
(カイー!頼むぞ、絶対に手を出してくれるなぁぁぁぁぁぁ!!)
未だ迷路の中だろうカイに、必死に願った。
2人きり。薄暗い迷路。
マズい………
カイは薄っすら冷や汗を流していた。
「デッド達は今頃休憩所だな」
横の爆は半裸だ。まぁ、水着だから当たり前といえば当たり前だが。
それを視界の隅に捕らえる度に、カイの中で何かがぐらり、と揺れる。
多分、なけなしの理性というヤツだろう。
今回は皆との旅行だから、手は出さない。
と爆に言ったのはまさに今朝で。
……これでキスとかしたら、怒るなんてもんじゃないだろうな………
下手をしたら、もう夏休み中口を聞いてもらえないかもしれない。
「カイ!呼んでるんだから、返事くらいしろ!」
「え、は、はい?」
どうやら、何度も呼ばれてたらしい。
反射的に向いた事で、ばっちり爆の姿全部を目に入れてしまった。
「…………………」
瞬間、”今だやれー!”という悪魔なカイと、”踏みとどまりなさい!”という天使なカイが現れた。
「……どうかしたか?貴様も気分が悪くなったか?」
反応が鈍いのと顔色が優れないのとで、カイを気遣う爆。
様子を伺う為に、より近づいた。
カイも危ないが爆も危ない。
「なっ、何でもありませんよ!さぁ!早く行きましょう!!2人が待ってますしね!!」
「………?」
爆の手を取って、ざぶざぶ進むカイ。
この状態を打破するには、さっさと此処を出てデッド達と合流する他以外ない。
カイのこの必死な姿勢の為か、この時出されたタイムは、創立10年を経ても誰にも破れないものだというのは、今は誰も知らない事だ。
迷路のすぐ横の休憩所で合流した。
「カイ………」
ハヤテはカイに歩み寄った。
普通にデッドに話かける爆を確認して。
「偉い……!よく我慢した!これで俺の命も護られた……!!」
「ははは……色々なものを消耗しましたけどね」
そういえば何となくやつれているような気がする。
その横で、デッドと爆が会話する。
「すいません、ちょっと体が冷えてしまいました」
「もう、平気なのか?」
「はい、勿論」
にっこり微笑むデッドに、爆は安心した。
「じゃ、もうここから出るかー」
ハヤテが言う。
「午前中から入りっぱなしでしたからね。結構過ごせるものですね」
上の太陽は、真上よりすこし傾いている。
沢山体を動かしたから、今度は見物するものがいい。
「観光がてら、お土産でも買いましょうか」
「そうだな。明日、ばたばた買うのも何だし」
デッドと爆で話がついて、ハヤテとカイが異を唱える隙は無い。
ドームで覆われたショッピングモールへ行く事にした。水着を買った店は、ここのほんの一角だ。
この中はまるで街のようになっていて、下はレンガの通路。街灯もあるし、噴水もある。植物も生えている。
「何で、日本人て噴水とかに小銭を入れるんだろうな」
噴水の下、ちらちら見える小銭を見て、ぽつり、と感想を漏らすハヤテ。噴水は各所に設けられているが、この噴水が一番大きい。美しい海のニンフ・ネレイスの彫刻が乗っている。
此処の噴水に投げ込まれた金は、水棲生物の保護団体に回すのだと、横の看板が言っている。言わば、大きな募金箱、と言った所だろう。
どうせ何も言わなくても投げ込まれるのだから、最初からこんな風に宣言していた方が後腐れがないのかもしれない。
ちなみに、その看板の下に小さい字で「もしかしたら、恋が叶うかも」とかいう茶目っ気なフレーズがある。これを見たハヤテが、後でトイレに行く降りをして100円玉を入れたのは、一番内緒にしておきたいデッドが知っている。
「現郎の土産はこれがいいな」
イルカの形をしたアイマスクを手にした爆。ラベンダーの芳香付きの、アロマテラピーで安眠が勧められている。
現郎なら、そんなものが無くてもぐっすり眠れるだろうけど。
自分で思った事に、苦笑する。
「あー、師匠の何にしようか……」
隣でカイが悩んでいる。
「激のか」
「はい。お酒は未成年には売ってくれませんし……」
一番好むであろう土産物に手が出せないカイだ。
つまみを買うのもなぁ。スルメや塩辛を思い浮かべるが、ぱっとしない。
「だったら、器はどうだ?ここはガラス細工も力を入れてるぞ」
「あ、それはいいですね」
ショット・グラスでもいいし、お猪口でもいい。つまみを乗せる皿でもいいのではないだろうか。
「オレもガラス器でも覗こうか」
「誰のを買うんです?」
「あとは炎と、閑だな」
”閑”の名前が出た途端、ぴし、と凍るカイ。
「……へぇ、そうですか」
辛うじて、相槌を打つことに成功。
爆はカイを見て、
「なぁ、貴様くらいの年齢だと、何が貰って嬉しいんだ?」
「うーん、何でしょーねー」
これが他の誰かだったなら、「私なら爆殿からなら何でも嬉しいですよ」とでも言っただろうか。
「あんまりかさ張るものを贈ってもなんだしな……あ、ストラップでも」
「いやー、置物とかの方がいいんじゃないですか?爆殿」
ストラップなんて常に持ち歩くようなものを贈らせてなるものか、とカイは無駄に対抗意識を燃やしている。
「置物?」
爆が聞きなおす。
そりゃまぁ、置物なんて土産にしちゃ可笑しい。
「えーと、ほら、これなんていいんじゃないですか?」
と、カイが適当に手に取ったのは、温度計だった。
シレンダーのような外装の中で、小さい球体が複数あり、浮かんだものや沈んでいるものがある。大きさは、ペンケースくらいだ。値段も、手ごろ。
「うん、これがいいかもな」
爆のお役に立てたようで、嬉しいやらそれが閑ので悔しいやら。
「あぁ、爆君ここでしたか」
デッドがひょっこり現れた。
「デッドはもう済んだのか?」
「はい、僕の方はね」
僕の方は、でハヤテの視線を投げる。
「だって、俺ん所は下手なもん贈ると、本当洒落にならないんだって。
何も贈らないとそれはそれで怒るし……」
とほほ、と目に見えて途方にくれる。
「なー、一緒に選ぶの手伝ってくれー」
「解りましたから、あまり情けない声出さないで下さい。恥ずかしい」
「俺は辛いんだよ」
「で、相手の嗜好とかは?」
「んー、サイケデリックでエレガント?」
「……訳が解りませんね………」
ふと、カイの目にリングの売り場が目に付いた。
シルバーのものや、水晶のもの、貝を削ってつくったもの。
ふらふら、と綺麗なもの見たさに何となく引き寄せられる。
規則正しくならんだリング。その中で、特にカイが綺麗だと思ったのは、まるで太い針金を編みこんだようなリングで、滴の形をしたサファイアみたいな石と、左右1個づつの小さい水晶が組み込まれていた。
欲しい、というより。
爆にあげたい。
「……………」
手に取り、じっと見る。
「カイ?」
後ろから爆に呼ばれ、悪い事はしてないのにドキっとする。
「あ、あの、ちょっと買って来ますから!」
そうか、という返事も待たずに会計所へ向かう。
「贈り物ですか?」
店員の質問に、少し迷ったものの、はい、と答えた。
リングは、台座付きの小箱に収まり、カイの手に戻った。
なんと言って、これを渡そうか……
ポケットの中には、例の小箱がある。単に手を入れているだけの振りをして、それを握っていた。
一緒に言ったのに、お土産は無いし。
口実が見つからない。
別にイベントの時までとっておいても、何も問題はないのだろうけど、なるべく早く渡したい。相手が、すぐ傍にいるのだから。
「ライブにも土産買ったんだが、渡してくれるか?」
「はい、いいですよ」
他に気を取られているカイは、そんな事を爆が話している事に気づかなかった。
時刻は夕方。夕飯を取る前に、荷物を置く為に一旦ホテルに戻る。
すると、何だか中の様子が可笑しい。
「何だろうな」
爆が誰にともなく呟く。
と、爆達の姿を確認した、スーツに身を包んだホテルマンが駆け寄った。
相手は、まず申し訳ありません、と頭を下げた。
曰く、爆達の泊まっている階の回線が上手く繋がらないようで、点検の為にもう1階上の部屋に移って欲しい、との事だった。
それは、全く構わない、と返事をしようとしたが。
「生憎、4人部屋はすでに一杯で、もうツインしか残ってないのですが………」
2組に分かれて泊まる事は出来ないだろうか、と。
4人は、顔を見合わせた。
<続く>
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