博物館を出て、4人は隣の水族館へ行く事にした。
ただ、デッドと爆、カイとハヤテの間は3Mくらい離れていた。
理由は勿論、先程のカイの未遂事件のせいだ。
「あれくらい、許してくれてもいいのに……」
爆と並ぶデッドの背中を、恨めしそうに見る。と、近くの木からヤシの実が落ちたが、間一髪でよける。鳴れたものである。
「お前も、今日くらい我慢しろよ」
一応に言ってみるが、それ以上の勢いでカイの反論を浴びる羽目になった。
「何言ってるんですか、ハヤテ殿!旅行ですよ、旅行!日常をちょっと離れたイベントに、人の心の箍も外れがちになる今日なんですよ!それに乗じてちょっと進展したいな、と思うのが心情でしょう!
貴方もそう思ってるはずです!と言うか思え!」
「いや……そりゃ、全く期待してないと言えば嘘だけどよー……」
少し頬を染めてぽりぽりと掻くハヤテ。水色時代真っ盛りである。
「さっきは薄暗かったし………!あぁ、惜しい事を……!!」
さっさとしてしまえば良かった、と水色なんて仄かな時代をとっくに通り越して藍色くらいになっているカイだった。
水族館にしろ、博物館にしろ、当然入場料が居るのだが、招待客である爆達はプラチナフリーパスを貰っているので、全ての施設や乗り物に自由に入る事が出来る。結局使うのはここまでの交通費と、おみやげや食事代だけなのだ。いたれりつくせりである。
こんなに贅沢しちゃって、いいのかな、と不安なのは根っからの庶民気質なハヤテだった。彼の同居人の、心臓の毛でも分けて貰えればよいのに。
「……フリーパスって事は、チケットの半券はもらえないのか」
ハヤテが言う。ちょっとがっかりして。
「それが何かあるのか?」
爆の機嫌が浮上したため、4人はまた1塊で歩く。
「だって、アルバムに貼れねーじゃん」
「?」
案外ブルジョワだった爆は、ハヤテの言ってる意味が解らないみたいだ。
アルバムには、入った施設の半券に、レストランなら紙ナプキンや割り箸の袋等を一緒に貼るのが一般人の常識だ。ダイレクトにレシートを貼ってもいいだろう。
「とりあえず、何処から行くか決めましょうか」
何せ広いので、計画立てて行かないと、同じ所をぐるぐる回ってしまう羽目になる。デッドの持ってきたパンフレットを覗き込む3人。ハヤテとカイは、持ち帰り用に自分のを後で持ってきた。
水族館は半球を2つくっつけた、ひょうたんみたいな建物だった。だが、その下は繋がっている。入る時は階段を登って、玄関は実質2階くらいに相当する場所にあるのだろう。
東に建てられた球には上が水平に切られていて、日差し除けが設けられている。おそらく、イルカショーはそこで行われる。
ここでの目玉は、水槽の中に作られた通路、”マリン・ループ”だ。文字通りのパノラマが見られる。
通路は途中立ち止まり混雑するのを避ける為、空港のような移動する通路となっている。
往復分を作る都合で、何かと広めに作ってある施設だが、ここだけは人1人分のスペースしかない。
ここで、絶対自分は爆の後ろに回ろう、と決めたカイだ。そして、出来るなら自分の後ろに誰も居ない事を望む。例えば、デッドとか。主に、デッドとか。
(いいなぁ……ふと見上げれば、青空みたいな海の中、鳥みたいな魚達………)
それらをキラキラした眼で見上げる爆。その爆の顔に、ゆっくり、覆いかぶさって。
そして。
(ふふふ……)
ハヤテは隣のカイが何処か遠くへ行ってしまった事に感づいたが、もう帰ってきてくれと祈る以外なにも出来なかった。
「む!」
爆の眼が光る。
「電気ウナギの感電ショー……!」
「…………」
見たいんですか、爆殿。
そう訊くのが、カイは怖かった。正確には、肯定されるのが。
考えよう。
電気ウナギ1匹入った水槽に、横の電流計測器が揺れる光景。
浪漫チシズムの欠片もねぇよ。
「見たいですか、爆君」
カイの恐れる質問をデッドがした。
「見たい!」
何をそんなに入れ込むのか、拳を握りしめて言う爆だ。
「……爆のやつ、はしゃいでるなぁ」
意気揚々と歩き出した爆に、ハヤテが言った。
カイは、旅行で羽目を外す爆を期待していた。それはもう期待していた。
でもこんなんじゃないやい、と何を呪えばいいのか解らないカイだった。
「楽しかったな、電気ウナギ」
大満足に爆が言う。
まぁ、確かにそれなりに面白かったけど。
でも、もっと、こう、こう……!!
どう考えても電気ウナギの感電ショーは隣の爆の手をそっと握るべき場面ではない。それはでコントだ。
「なぁ、腹減ったよ〜」
ますます色気から遠ざかるセリフは、ハヤテだ。
「そうだな、何か食うか」
がっくりとしたカイを余所に、パンフで食事が出来そうな場所を探す。
「こっちにはカフェみたいな所しかありませんね。レストランは、隣の館でないと」
そこで、カイの耳がぴん、と立った。
館と館を繋げる通路。それこそ、先程言ったマリン・ループであった。まぁ、他にもあるのだが。
「じゃあ、マリンループを通りましょうよ。此処から近い事ですし」
ね、と企みを感づかれないよう(特にデッドに。主にデッドに)カイは無邪気に言った。
神様というのは、いるのであればきっととても気まぐれな存在だ。
でなければ、複雑な運命を操る事は、出来ない。
つまり、何がどう間違ったように運んだのか、カイは上手い事、マリン・ループで爆の後ろに立つ事に成功したのだった。しかも、デッドは前だ。順番に、デッド、ハヤテ、爆、カイの順番だ。
デッドの敗因の1つに、流れる人波に逆らえなかったという事と、こんな人ならカイも何もしないだろう、という事だったのだか。
(あいにくですが、私はやる時はやるんですよ)
使う場所と意味を間違っているカイだ。
ぴったりとした距離で、爆が上を向いていると、自分に身体を預けているようで、大変良い。
「凄いな……」
感嘆の声が爆から上がる。そうですね、とお座なりなカイの返事。
少し、カイが屈めば、唇が触れ合いそうだ。それだけ、距離が近い。
(さて)
目的を達成しようと、カイがちょっと屈みこむ。
爆の額が見え、双眸が見えた。爆の意識は水槽に向いているので、カイには気づかない。
爆の眼は、揺れて反射する水面の輝きを、そのまま反射していて、とても綺麗だった。
「…………」
此処で、キスしたら。
爆はまたちょっと困ったようになって、真っ赤になって。
ちょっと機嫌を損ねて。
今はこんなに楽しそうなのに。
「…………」
カイは、ふー、と溜息とも吐息ともつかないものを吐き出した。
(たまには、こんなのもいいか……)
「爆殿」
「ん?」
「綺麗、ですね」
それが泳ぐ魚達の事なのか、目の前の想い人なのかはカイもよく解らない。
爆は、振り向いて行った。
「また、来ような」
それはとても嬉しそうな。
笑顔だった。
<続く>
|