「あー、一週間後だなーわくわくすんなー」
いかにも浮き足立ってますよ、なハヤテが言った。じっと座ってるのかもしれないが、常にそわそわ動いているようにも見える。
足元には、買った旅行セット。服はいつものバーゲンではない。ちょっと張ってブランド物だ。……まぁ、シャツなのだが。
「2泊3日、デッドと一緒、か。色んな意味でドキドキしそうだな」
ハヤテの事情は複雑だ。
「でも、4人部屋なんですよね……」
ふ、と遠い眼をしてカイが現実を見る。爆の招待状は元々家族ご一行を誘ったものなので、部屋も当たり前に家族用だった。
「この旅行こそは、決めたいと思ってたのに……!!」
くぅぅぅ、とコップを握り締めて悶えるカイ。
どうでもいが、こんな昼12時半のカフェで深夜ラジオ番組みたいな発言はやめて欲しいものだ。
「おいおい、決めるって、今更お前何を決めるっていうんだよ」
ハヤテが苦笑して言う。
カイは。
「何言ってんですか、ハヤテ殿」
そして、言った。
「私は、本番はまだですよ」
「………へ」
思いがけない衝撃事実に、ハヤテの眼が見事に点になる。
「ま、まだって………」
「未、て事ですよ」
「て事はあれか!ABCでのBか!”ぺってぃんぐ”ってヤツか!?」
内容が内容なので、ハヤテは声を抑えて絶叫する。
カイはずー、とタピオカ入りのアイスティーを啜る。
「だいたい、あんな無垢な爆殿にあれこれできるはずが無いでしょう」
いや、できるのがお前だ、とハヤテは即座に思った。
「まぁ、何せ知り合ったのが10歳でしたし……それでさすがに手を出したら、まずいでしょう」
「あぁ、まずい。てかやばい」
10歳な爆に迫ったところですでにまずくてやばいと思うのだが、そう常識的な反論をするには、ハヤテは非日常的な出来事に慣れすぎている。
「しかし爆殿も今は13歳。1年早いですが、まぁ、両者に愛があれば」
カイには愛だけじゃないような気がするのは、ハヤテの邪推だろうか。
ミルクをたっぷり入れたアイスコーヒーを飲んでいたハヤテはふと気づく。
カイは去年編入で、10歳の爆を知っていた、という事は。
「まさかお前……爆追って学校変えた?」
「あれ、言ってませんでした?」
質問に質問で答えたカイだった。
「そう、あれは3年前の夏………」
何だか、語り始めた。
「とある大会での事。私は選手でなく、会場整備のお手伝いとして、其処に居ました。整備と言っても線を引いたりマットを敷いたりといった、それくらいなんですけどね。
準備が終わって、そのまま帰っても良かったんですが、何となく他人の技を見るのも勉強になると思って留まったんです。今思えば、運命はそこから始まっていたんですね………」
帰りたい。ハヤテの視線は窓の向こうに向きっぱなした。
「爆殿を最初に見かけたのは、観客席でした。出ているだろう友人に惜しみない声援を送る爆殿は、それはもう、選より輝いていましたよ」
今日の天気予報は、晴れ時々曇りだったな……
窓の向こうの空を見上げているハヤテの思考は、天気を気にしだした。
「まぁ、その時は特別な感情はまだ無かったんですが……
その後、私は自販機にジュースを買いに行きました。その時の事は、いまでもはっきり思い出せるほど鮮明です」
核心に迫ってきたな、と何だかんだで聞いていてしまったハヤテは思う。
「ジュースを買った後、あ!という声がして、100円玉が転がってきたんです。それが、誰の物だったと思います?」
訊いて、ねぇ訊いて、とカイが迫る。
「あー……誰だったんだ?」
「爆殿だったんですよ!」
いや、解ってるし、という言葉をアイスコーヒーで飲み込む。
「その100円玉は、結局自販機の下に入ってしまったんです。
爆殿は、新しい100円玉を取り出しました。まだ、友人が試合があったんですよ。
で、私は自分のを渡したんです。嫌いなのでなければって。
爆殿は最初は渋っていましたが、私は特に急ぐ事もないので、落ちた100円玉を拾って使わさせてもらいます、って言って爆殿を納得させたんです。
で」
カイの眼に光が篭る。
「最後の表彰状授与式も終わり、開場の後片付けを終えた私の前に………
…………爆殿が!爆殿が待ってたんですよハヤテ殿!!!」
「よかったね」
「はい!よかったです!!」
棒読みのセリフに全く負けないカイだ。
その後、カイの惚気が10分くらい続いた。ハヤテは、自分を省みるとすればどこからだろう、という事を考えていた。
しかし、あれだ。
爆がカイに甘い理由が、ちょっと解ったような気がする。
人間、第一印象は大事だ。誰も全く思い込みを持たずに人と接する事は出来ないのだから。
爆の場合、最初の事でカイを親切なヤツだと思っているんだろう。それが、今も続いているのだ。
(顔で得するヤツは結構居るけど……第一印象で得するヤツなんて珍しい)
その一例を目の前にして、自分はラッキーだろうか。
……断じて、否だ。
爆も厄介なヤツに捕まったものだ。幸いな事と言えば、カイが爆の事を好きで好きで堪らないって事だろうか。
……デメリットにも、なりえるな。
ハヤテは時計を見た。デッド達との合流時間まで、後20分。
時間に律儀な2人だから。10分前には来るだろう。
(て事は……あと10分、このまま)
「あ〜、爆殿は可愛いなぁ〜」
テーブルの上で「の」の字を書いているカイ。
どうか、自分の脳がこの映像に耐えてくれるよう、ハヤテはひたすらに願った。
<END>
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