それは夏休み直前のとある日。
「なぁ、旅行の行き先は決まったのか?」
爆が訊いた。
「そうなんだよなー。いい加減決めないとやばいよな」
例えば、宿の都合とか。
まぁ、若い身分だし、いざとなったらカラオケ屋で素泊まりって手もあるが、それはおそらくデッドが許さないだろう(爆とカイが同一空間に居るという理由で)。
「決まってないなら、此処でどうだ?」
と、爆はパンフレットを出した。
青を基調にした建物が幾つも連なった写真が載っている下に、謳い文句がつづってあった。
”『アクア・マリナー』は人工海上都市。島全体を使った水のテーマパークです。
世界中の魚の集まった水族館、島の周囲を使ったビーチ、水着で楽しむアトラクション等、およそ水に関する全てのエンターテイメントを駆使して貴方を迎えます”
「んで、レストランには和洋折衷&中華および地中海料理で……
あー、いいな此処、行きてぇー!」
「開場は8月1日からですか……予約は」
「いや」
猛るハヤテを余所に、冷静に計画するデッドを、爆が遮った。
「その前に数日、試運転とかも含めて特別に入れる日があるんだ。
その招待券を、両親が貰ったんだが、期間中に行ける時が無くて」
そして、爆にお鉢が回ってきたのだが、もちろんその背後には爆の事情を知っている天の影響がばっちりあると見なされる。
「ん?ちょっと待てよ。”招待”って事は………」
ハヤテの言いたい事を取って、爆が続けた。
「あぁ、ホテルも取ってくれるそうだ」
て事は実費は交通費のみ!あとは全部遊びに回せる!!
ぱーっとハヤテの顔が輝く。
「爆、サーンキュぐはへ!!」
喜びのあまり爆に抱きつこうとしたハヤテは、当たり前にデッドとカイから強烈な蹴りを貰った。
ハヤテを蹴り倒した後、カイは爆が持ってきたホテルのパンフレットを見た。
オーシャンビューというやつで、窓からは太陽によって色を変える海が、パノラマの景色で見える。
その風景の雰囲気に劣らない内装。未成年でなかったら、シャンパンで乾杯したい部屋だ。
この部屋で、爆殿と泊まるのか………
ふふ、と精神を飛ばしているカイに、
「部屋は4人部屋なんですね」
「あぁ、もともと家族で行く筈だったからな」
こんな2人の会話は入ってなかった。
いよいよ決まったなぁ……
自分で持ちかけた話とはいえ、行き先が決まった途端、現実味を帯びてきて、爆はちょっとどきどきしている。
いや。
かなりドキドキしている。
何故って。
(ね、眠れない……)
ぬぅ、と困った顔でベットの上で、自分の膝に顔を突っ伏す。カイが居たら「爆殿可愛い!」とか悶える事だろう。
多忙な両親だが、それでも全く思い出がなかった訳ではない。それどころか、一生懸命作ってくれた。
そんな時の前日でも、ちょっと眼が冴えたけど、眠れないなんて事はなかったのに。
(やっぱり、原因て)
カイ、だろう。
家族とはちょっと違う、自分で選んだ大切な人。
どんなに楽しくて一緒に居たくても、夜にはお互い帰らなくてはならないのだ。
でも、その数日は、夜も一緒。朝まで同じ。
まぁ、デッドとハヤテも一緒だけども。
(4人部屋で、良かったような残念なような……)
なんて思ってしまい、はっとなって真っ赤になる。
今この瞬間、自分以外の何人がこんな風に悶々としているんだろうか。
そう思うと、自分がそうである事に、ちょっと理不尽な思いがする。
近い内に詳細を決める為に、また皆で集まる。いや、そうじゃなくてもカイとは会うだろう。
会ったら、カイを一発殴ってやろうか。そうしたら、ちょっとすっきりするかもしれない。
なんて、爆がちょこっと乱暴な解決策を決定させた時、その相手はえへへえへへと始終笑みを浮かべまくって、師匠を引かせていたという。
とりあえずは、幸せな人だった。
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