さて8月。
学生は一ヶ月以上も休みを貰ってしまったが為に無駄な毎日を過ごしてしまいがちな日々で、カイもそれに準じる生活を送っていた。
別に張りがない訳ではない。自由研究の課題はちゃんと取り組んでいるし、激が戯れに家に仕掛けたトラップを回避するのに必要以上の緊張を強いられている。
ちなみにカイ、7月中に課題をとっとと終わられてしまう人種だ。ハヤテのように休み明けてから提出日にまで騙し騙しで自転車操縦しながら終わらすハヤテにとって、『敵』に当たる部類である。
そんな訳で7行も使って何が言いたいかというと、夏休みに入り爆と毎日会えないカイは、波打ち際に打ち上げられたクラゲみたいになっているという事だ。
メールしたいが、特にこれといった出来事がない。
ハヤテやデッドが居たら、話題に事欠かないのだが。(主にデッドが呪ったりハヤテがヘタレだったり)
真昼の屋外トレーニングは自殺行為だ。無駄なトレーニングは師匠からの教えにより絶対しないカイは、新聞に眼を通していた。
と、その時。
カイの携帯電話が鳴った。
ズバシュ!と空気に摩擦音が起こる勢いで携帯電話を引っ掴むカイ。電話に感情があったなら、今のカイに抱く感情はきっと恐怖だろう。
そしてガッパ!と開いてみたら。
ハヤテからの電話だった。
「………………」
例えば、喉をカラカラにした日に帰って、冷たいお茶でも飲もうとしたら全部飲まれていて仕方なく熱い緑茶を飲んだような気分だ。何が切ないって、実体験に基づく例えの所だ。
「はい、もしもし………」
夜中に聞いたらそのまま心霊現象にしてしまいたいような声だ。
『何だよ、その期待と希望を思いっきり裏切られたような声は!』
実際そうなのだから、仕方ない。
「で、何ですか……?」
次の返答しだいで、今度ハヤテにあった時に繰り出すカイの拳の攻撃力が違う(殴ることは決定済)。
『花火しよーぜ、花火!学校の近くの公園でさー』
「花火………」
夜の闇にだけ咲く、とても煌びやかな光の華である。夏の風物詩の1つだ。
派手に光を撒き散らし、それでいてしっとりとしたノスタルジックなムードを誘う、重要なアイテムであった。
(いいなぁ、爆殿と花火をして、大筒とかロケット花火とか飛ばした後で、最後に残った1本の線香花火を、2人で握って灯すんだ……そして2人は)
『おーい、とりあえず帰ってくれー』
電話の向こうが無音になったので、カイはトリップしているに違いなかった。どうして電話の向こうに手が届かないのか、と大佐でなくても思うハヤテだ。
『で、お前どーする?』
「爆殿が行くのでしたら行きます」
『……やっぱな』
電話代無駄にした、と思うハヤテだ。
思い返せば、カイは可笑しいと思えばよかったのだ。
ハヤテがカイに連絡を入れた時点で、どうしてそれにデッドの妨害が何も無かったのか。
真相は、これだった。
「ふぃー、何かこれだけ集まると壮観よね!」
ピンクが額の汗を拭っていった。
「一番多く持ってきたのはダルタニアンか?ご苦労だったな」
「い、いえ!家に溜まってただけだから……ッツ!」
爆に労われて、真っ赤になりつつ言うのはダルタニアン。
「ウチ、この前福引で当てたヤツなんやv 大量やろ。我ながらグットタイミングやな」
「うわ、ジャンヌの花火、表示が英語よ!?」
「この前イギリスに行ったんだ。あったから、買ってみた
姦しい、という単語ぴったりにお喋りをする、ルーシー、アリババ、ジャンヌであった(一部語弊)。
「俺は親戚に花火屋が居るから、格安で譲ってもらった」
「って、線香花火ばっかりじゃねーか。3ダースはあんぞ」
乱丸とハヤテがそんなやり取りをしている。
「普段は打ち上げ用の尺玉作ってるんだよ。代々続く工房なんだ」
「うわーい、線香花火一杯だぁ………」
カイの小さな夢(爆殿と一緒に一本の線香花火)がガラガラと音を立てて崩れた瞬間である。
「……言っとくけど、俺もこんな大人数だとは知らなかったんだぜ」
そのことで攻撃されそうなので、先に弁解しておく。それで自分の命の余地が与えられるように。
「しかし、本当よく集まったなー。知人メンバー勢揃いじゃねぇ?」
ハヤテは感心したように言った。
「まぁ、僕のネットワークを駆使すればたやすい事ですよ」
そんな事を言うデッドに、思わず式神を使役している光景を想像してしまったハヤテである。
「て、そう言えばお前の弟が居ないじゃん?」
「ライブは、今夜もイベントがあるそうで」
(とりあえず)邪魔者が1人居ないようなので、カイが小さくガッツポーズを取った。
「ですので、後から差し入れ持って乱入すると言ってました」
「………………」
カイのガッツポーズは行き場を無くした。
そんな訳で、夏の夜の花火大会が始まった。
花火の煙がどうしてかハヤテの方に行ったりネズミ花火が乱丸ばかりを襲ったりしたり、閑と爆がとても親しそうにしてカイが季節を無視して木枯らしを吹かせたりとしてたが、概ね楽しく時は過ぎていった。
途中から入ったライブから、差し入れにアイスを貰い、花火を中断してデッドが確実に誰かのトラウマになりそうなレベルの怖さの怪談をしたり。ライブが浮かれて手で持ったままロケット花火を発射したり、それがNASAで開発された如くの追跡能力でカイをつくこく追いかけたり。
簡単にまとめてしまえば、色々あった。そう、色々。
爆達中等部はまだだけど、高等部では選んだ進路によっては休みでも講習詰めの人も居るので、いい気分転換になったそうだ。
気分転換にも何にもなってないヤツも若干1名居るが。
「そろそろ、時間的にも締めだな」
腕時計を見て、爆が言う。
「やっぱ最後は線香花火よ。こんなに一杯あるし、皆でやろう」
「えぇ、一杯ですね、一杯………」
「な、何だよ!俺何か悪い事したのかよ!」
カイの視線にとても脅える乱丸だった。
始めは大きくて長かった蝋燭も、今では地面に近く火を灯していた。
それに順番に火をつけていき、全員で輪になる。
「こうして大量にあると、線香花火も派手だな」
誰とも無くそう言った。
そして、当たり前のようにカイとハヤテが同時に一番最初に落ちた。次は乱丸だった。
で。
これも当たり前のように。
「爆殿、最後ですね」
「そうだな」
最後まで残っていたのは、爆だった。
最後の最後まで火を残し、その光で皆を照らすのだった。
そんな夏の1ページがあって、数日後。
カイは、爆と一緒に図書館でお勉強というとてつもないラッキーを手にしていた。明日の彼の処遇が楽しみだ。
室内は静かで、時間の流れすらゆったりとしているように思うが、やっぱり時間はいつも通りに過ぎていた。
「もう、閉館時間か」
「あ、本当ですね」
館内放送で”蛍の光”が流れ始めた。慌てて身支度を整える2人。
出口までの廊下には掲示板があり、地元のイベントのチラシが被さらないように苦労して張ってあった。
「爆殿、花火大会があるみたいですね」
夜空をバックに、大輪の華を咲かせたポスターがあった。
「カイ、行くか?」
そう言った爆はすでに行く気なのか、これから決めるのか。
カイは、
「……爆殿と、2人きりなら」
と。言ってみた。
「…………2人きり」
爆が確認するみたいに独りごちる。
「はい、2人きり」
カイがくどい様に繰り返す。
「……………」
沈黙が続いた。カイは、次の爆の言葉をじっと待っていた。
外へ出て、しばらくして。
「……日にちは、いつだったか?」
爆が言った。
そうして2人で打ち上げ花火を見た後は、何処かの公園でまた線香花火をしようと思う。
夜の空に大きく花咲く花火もいいけど、やっぱり身近にあって温かい光の方が、爆らしいから。
<終わり>
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