「閑と最後に会ったのは、2年前なんだ」
どうせなら、そのまま永遠に会わなければ良かったのに、とカイは思った。
「だから、会って一番に何て言ったと思う?言う事欠いて、「大きくなったな」だぞ?
自分だって、そんな事、言われる立場だと言うのにな」
「ははは………」
さっきから、爆が口にする話題と言えば、この度下宿する事となった閑の事で。
しかも、それはそれは楽しそうに話すものだから、カイの機嫌は最悪を通り越して無の境地に達している。ハヤテとデッドには、それが手に取るように解った。あまり、解りたくもないが。
「爆君は、本当に閑さんが好きなんですね」
カイの事を解った上で言う、恐ろしいデッドだった。
爆は少し照れて。
「まぁ、……お兄さんみたいなものだと、ずっと思っていたからな」
小さい頃、爆の周りは大人ばかりで、歳の近い叔父にしても、7つ離れている。一緒に遊ぶというより、お世話しているという感じになってしまう。
閑とは5つ違うのだが、たった1年でも2年でも、大きな差になるのが子供の世界だ。
お兄さん、か。お兄さんね。私は、恋人ですもんねーと横でなんとも卑屈的に自己満足に浸ってみるカイだ。
「一緒に暮らせて、良かったですね」
また言うデッドだ。
「半年だけ、だけどな」
「短い間なら、その分思い出を詰め込めばいいんですよ。
それに、会えない仲にもならないんでしょう?」
「ああ、閑も大学進学の時、1人暮らしするそうだ」
だったら最初から1人で暮らせーとカイの心が雄叫びを放つ。
「それは何よりですね」
デッドが微笑むと、爆も顔を綻ばせた。2人の間には、春のような穏やかさが漂う。
だというのに、ハヤテが寒気に襲われるのは、それは隣のカイのせいに違いなかった。
「それじゃぁ行きましょうか!ハヤテ殿デッド殿!!!」
今日は、朝あれだけ楽しげに爆が他の人の事を話した上に、おまけに爆と一緒に帰る日でないので、カイは荒れるだろうなーと覚悟を決めていたハヤテに、上のカイの台詞だ。
「行く……て、何処に」
「ハヤテ殿!暑いからって脳みそまで溶かしている場合じゃないですよ!
行くと言ったらもう一つしかないじゃないですか!!」
「あー……”閑”の所?」
「そうです!」
あまり解りたくなかったけど、解かってしまった。今の分の正解を、できればテストの方へ回したかった。
「今から爆の家に行くのか?」
「いいえ、相手の学校に直に行きます!」
つまり、家に居るだろう爆の目に触れたくない事を、カイはしようとする訳だ。
「そんな訳で、デッド殿、頼みますよ」
「何をですか」
意気込んでいったカイに、鋼鉄なデッドの返事。
「何を……って………
こんな時こそ、お得意の秘術を使わないで、何時使うんですか!!!」
「ですから、爆君が危機に瀕した時に使うんですよ。実際にやられている貴方が、どうして解らないんですか」
双方とも凄い会話だなぁ、と平凡な人生に憧れるハヤテ。しかし、彼は気づいているだろうか。憧れた時点で、彼の人生は大きくその道から逸れている事を。
「でしたら尚の事です!爆殿と一つ屋根の下なんですよ!?例えどんな人格者でも間違いを起こすに決まってます!!解っているならその前に是非、回避しましょう!!」
「なるほど……事前に手を打つ、という考えには賛成ですね……」
「デッド殿、今から呪うのはフライングですよ」
「何言ってるんですか、ジャストタイミングじゃないですか」
不気味にさび付いたナイフを片手のデッドに、じりじりと間合いを計るカイである。
「とにかく、僕には閑さんを呪う理由はありませんので。むしろ、彼こそ、爆君の傍に一番居て欲しいくらいですから」
この前にも言いましたけどね、とデッド。
「そういう訳ですので……閑さんに何かしたら、そのまま僕からの報復があると思ってください」
そうして、デッドは帰路に着く。
「く……!あくまで、私の敵に着く気ですね……!」
その背中を見て、カイが呟く。
いや、デッドは爆の見方なだけだ……と、真理を知っているハヤテだが、口にはしなかった。
「仕方ないですね、じゃ、2人だけで行きますか」
「おいおいおいおい、ちょっと待てよ!
今デッドから、思いっきりダメだし食らったばかりだろーがよ!!」
「ハヤテ殿!報復を恐れていては、何も代わりませんよ!?」
「ある意味そういう考え方が戦争を肥大させてるんだ、って、最近のニュースで気づけお前は!!」
やばいぞ。このままでは不幸が自分に降りかかってしまう……!!(カイのとばっちりで)
自分の身を案じるハヤテに、声が掛かる。
「おーい、ハヤテー、お前筆箱忘れてたぞ」
「乱丸-------!!俺達はとっても仲良しだよな!!!?」
「…………へ?」
かくて。
生贄は捧げられた。
しかし相手は神様じゃないので、捧げれば終わり、というのではないのが、何とも世知辛い所だった。
「……何で俺がこんな目に?」
「俺も最初はずっとそう思ってた。けど、不思議なもんでな、気づけばすっかり慣れていたんだ………」
遠い目で話すハヤテに、乱丸はこうなる前に、自分は絶対抜け出してやると決意した。
「さぁー、2人とも!早く行きますよ!!」
黄昏の2文字を背負う2人に対し、カイは無駄に猛っていた。
「て言うかさ、お前相手の学校知ってんのか?」
「いえ、知りませんよ」
けろりと言ったカイに、そうか、今のこの気持ちが殺意ってやつなのか……と2人は思った。
「ですが、場所は解りますよ。この近辺高校なんて、3つしかないし、うち1つは商業科でしょう。
そして残り1つの学校が通っている所で、そこに居ないのなら、1つしかないんですよ」
理論的に言うカイに、2人は納得した。
自転車で20分の距離は、だいたい駅1つ分の距離だった。
「あー、この高校、確かマラソンが強かったな」
校舎を見上げ、乱丸が言う。彼自身、陸上部で走り高飛びの選手だ。
「さて、ハヤテ殿。私は顔を知りませんので、貴方が頼りです」
「……だから、俺、頭数に入れられてたのか………」
かなり重要なポジションを与えられていたことを知り、今にも帰りたいハヤテだ。
「なぁ、何で、俺は居るんだ?」
首を傾げる乱丸に、ハヤテは、それはね、デッドがカイを呪った時の余波の負担を軽くする為なんだよ、なんて本当の事は言える筈もなかった。
「でも、もう帰っちゃってるんじゃないか?」
乱丸が言う。
「でしたら、会うまで何度も来るだけですよ」
カイが言う。
ハヤテと乱丸は「来い!!来てくれぇぇぇぇぇぇぇ!!」と切に願った。
「あ!」
そんな、彼らの悲痛な願いが叶ったのだろうか。
「居た!居たぜ、あいつだ!!」
ハヤテがこそっと指差す先、確かに長髪で黒髪の人物が居た。
顔も背も、爆から聞いたのと合致する。
「よし!やはり神様は私の味方ですね!!」
「バカ!そんな事言ったら、怒るだろ神様!!」
なんて、カイとハヤテが小声で叫ぶ。
と、その時。
「おい、何だよお前ら」
後ろから声がした。あまり、友好的でないものが。
よく考えてみれば。
校内から見えない為、校門の陰に身を潜ませた彼らは、傍から見ればとても怪しい。とてつもなく怪しい。
「……怪しいものじゃありませんよ?」
なんて、言葉も虚しい程怪しかった。
「何だ?部員の偵察か?」
「そういや、もうすぐ夏の大会近いもんなぁ……」
1人が声を掛け、つるんでいいるのだろう他2人も寄ってきた。
まずい。自分らにスパイ容疑がかけられてしまった。部活をしている乱丸にとって、凄まじいピンチだ。
「あ、閑だ」
「丁度良かった。閑ー!!!」
ぎょ、と3人は顔を見合す。よもや、いきなりご対面とは!(しかもこんな形で!!)
呼ばれた閑は一体なんだ?という顔で駆け寄り、その表情は、3人を見つけて変わった。
「何か、こそこそしててめっちゃ怪しいんだよ」
「どうする?締めとくか?」
ぎゃふんという言葉が3人の頭の中同時にスクロールする。
「いや、事情も聞かずにいきなりは………」
ふと。閑の視線が、カイに止まった。
首謀者が見るだけで解ったのだろうか、凄いなぁ、と人事みたに思うハヤテに乱丸。
「……間違ってたら、すまんが………
お前、”カイ”って言う名前か?」
「え…………」
としかカイは言わなかったが、その表情は「どうして解ったんだ」というもので。
「やっぱりか。話に聞いたままだな」
「あ、あの………?」
納得して頷く閑に、カイは訳が判らない。カイだけではないだろう。この場にいる誰もが。
「閑……?知り合いか?この怪しいの」
彼らの認識で、すっかり「怪しい」の位置を確保してしまったカイ達だ。
「知っているというか……よく、話に上がるんだ」
「話?」
あぁ、と閑は頷き。
「お前がカイなら、爆は知ってるな?」
「知ってます」
貴方の知らない事も知ってますよ、と対抗意識をごうごうと燃やすカイ。
閑は、言った。
「爆と話をするとな。
決まって、話に「カイ」っていうヤツが出るんだ」
3人は、無言で歩いた。
別に話してもいいのだが、放心したような、毒気を抜かれたようなカイのせいで、会話ができる雰囲気ではないのだ。
「っだぁぁぁぁぁああああ!!」
そんな辛気臭いムードが嫌いなハヤテは、無駄に叫んでそれを打ち破った。
「カイ!何だそのしみったれ具合は!!
爆にとっても愛されてるって解ったんだろ!?いつもみたいに不思議パワーでとっとと爆の所に瞬間移動しろよ!!」
「なぁ、不思議パワーとか瞬間移動、って何だ?」
まだ慣れていない乱丸はその内容にうろたえた。
「はぁ……いや、でも………」
焚きつけるハヤテに、それでもカイはあやふやな返事で。
やっとの事で、こう言った。
「私って……爆殿そこまで好かれるような事、しましたっけ?」
「は?」
「だって、いつも迫って襲って、殴られて蹴られて………」
「……お前、自覚してたのか……」
「止められない止まらない、ってヤツですよ………」
「な、俺、帰っていい?帰っていいよな?」
まだ自分は常人で居たいんだ!と心の自分が叫ぶ。”まだ”と使った時点で、すでに片足突っ込んでるようなものだが。
「とりあえず」
腰に手を当て、ハヤテが言う。
「今から爆に連絡取れ。メールでも電話でもいい。
んで、何か喋れ。お前が今するのはそれだ」
カイはそれに、やっぱりはぁ、と気の抜けた返事をした。
駅で2人と別れ、カイは携帯電話片手に道をてくてく歩く。
他の学校に寄ったので、結構遅くなってしまった。
爆は、今頃宿題でもしているんだろうか。
「………………」
カイは迷って、迷いに迷って。
やっとの事で打ち込んだメールの内容は、寄りによって『元気ですか』で。
爆からの返事は当然のように『何だ一体』というもので。
そして、『もうすぐ夏休みだな。早く旅行先を決めよう』と、あった。
<終わり>
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