家から20分弱、地道に自転車をこいでホームセンターに到着したハヤテ。
夏本番を控えたこの季節、この運動はキツい。置いてある商品の種類上、車で来る客が多いこの手の店は、駐車場のスペースの都合で、やや郊外にあるものだ。
ハヤテが此処に来たのは、金槌を買う為だ。
工作の時、自分の工具箱に金槌が無いのに気づいた。その後、家を探し回ったがやはり無く、結局買うという手段に出た。宇宙の法則に則れば、ハヤテは買って帰った後、家で無事金槌を発見する事になる。
目当ての品はすぐ見つかった。一番安いのでいーや、と実にシンプルな基準で品定めも早かった。
その場ですぐ購入しても良かったのだが、せっかく来たのだし、ハヤテは店内を見回る事にした。それには、重い金槌は邪魔だ。
ホームセンターには、結構色んなものがあるものだ。ペットも居るから、それでも冷やかそうか。
ふと。
ハヤテの視界に、見知った小さな姿があった。
他でもない、悪友が無限大に愛して止まない爆である。家族と一緒にでも来たんだろうか。
だとしても、今は爆だけのようだし、一言挨拶して来ようか。友達の恋人、という肩書きを抜きにしても、ハヤテは爆を気に入っている。ハヤテなりに。
ちらりと見えた爆の姿を追っていくと、食器のコーナーに入った。其処で、何かを吟味しているらしい爆。
おーい、と声をかけようとして。
ごく隣に誰か居るのに気づいた。距離からして、ただ隣に居る人、という訳でも無さそうだ。
その人物は爆より背が高くて、黒髪の長髪。
(カイと一緒か……?)
だとしたら、挨拶に行きべきか微妙な所だ。ハヤテはどうしようか迷い、そして。
微妙どころではない事に気づく。
その人物は確かに黒髪で、長いのだが----カイが癖のある固い髪質なのに対し、その人物はどう見ても流れるようなもの。
別人である。
そう判断したハヤテは、あわてて棚に隠れる。
BGMは途端にお使いにでかけたサザエさんではなく、CIAに忍び込む007である。
(だ、だ、だ、誰!!?)
ハヤテはパニックに陥る。そんなハヤテに飛び込む会話。
「あ、これ、オレが持っているヤツと色違いのタイプだ」
「そうか。じゃぁ、それにするか」
「お前、自分の判断で選ばなくていいのか?」
「特に拘らないしな。いいじゃないか、お揃いで。
それとも、嫌か?」
「嫌とは、言ってないだろうが………」
(何かめっちゃ親密な会話してる-------!!!!!)
ハヤテはこんな平和に話す爆を見た事が無い。と、言うのも、大概カイが邪で淫らな事を爆に仕掛けて、デッドがそれを強制終了させるからだ。つまりは立派に原因があるのだ。
だとしても、ただの知り合いでは無さそうな雰囲気に、ハヤテは好奇心を擽られると同時に、何で俺ばっかりこんな目に、と嘆く。見てしまった以上、無かった事には出来ない。言わなければバレない、というのが通じない人種が、ハヤテの周囲には何故だか複数存在する。
とにかく、此処は相手にバレないうちにとっとと去ろう!
別に、爆にバレたところでどうってないと思うが、そんな事も解らないくらい、ハヤテはパニくっている。
金槌を買い忘れたのを、帰ってから気づいたくらいで。
(ヤベぇ……まじ、ヤベぇ………)
夕飯もそこそこに。
同居している専ら世話役のチャラに、どうかしたのかと聞かれたが、適当に誤魔化す……のは、ハヤテはとても下手だった。それは、多分嘘が通じない人物が多い事に関係あるだろう。
が、その場はもう1人の同居人が我侭を言い出したので、チャラはそっちに赴く。普段、自分にも我侭言い放題し放題の我田引水人物だが、この時だけは「ありがとう!」と感謝した。
「あ〜………ヤバい」
ぽろ、と声が出た。
そんな風に、1時間くらい悶々としただろうか。ハヤテは、ふと、結局爆と一緒に居た人物が誰なのかが気になった。
(って言うか……爆に訊きゃいいじゃん)
少なくとも、爆は他2人と違って、不条理な手段で自分に仕置きしたりしないだろう。何だかんだで、2人は爆に弱いし。
あはは、なーんでこんな事に気づかなかったんかなー。
ハヤテは数分前の自分を笑い飛ばした。それは、そんな風に、心の底まで2人の仕置きが根付いているからなのだと、知らないままに。
さて、爆と連絡取ろうか、と携帯電話を持ち出して。
「………………」
思い起こせば、自分達は大概2人でワンセット、と言うか。
デッドに言えばハヤテに通じる事になるし、カイに教えればそれは爆に伝わる事だ。
要するに。
「俺……爆の番号知らねぇ………」
がっくり、と打ちひしがれるハヤテ。
此処に、誰かが居たらきっと言ってくれる。
前もって爆に番号教えてくれ、って言ったとしても、デッドとカイが素直にその場をやり過ごす訳、ないじゃないか、と。
今日は日曜、明日は月曜。学校がある。
明日が来なければいい。
夜を見て、そう願うハヤテに、カチコチと進む時計の針は残酷だった。
月曜日。
勉強は嫌だけど、友達と会えるのはやっぱいいよね、と無意識に生徒が自覚する日でもある。
教室に入り、ハヤテを見つけた乱丸は、早速朝の挨拶をしようとした。
「よぅ、おはよう、ハヤ………」
が、止まった。
彼から放出される、あまりにも濃厚な負のオーラに。
「あー……おはよう………」
「お、お前、どうした?」
色々訊きたい事がありすぎて、結局それしか言えない乱丸だ。
乱丸がそれ以上詳しく、状況を聞きだす前に。
「おはようございます……」
何処と無く、意気消沈として、カイ登校。爆と一緒に来た割にはテンション低いな、と乱丸は思う。
で、ハヤテは。
絞首台に向かう死刑囚って、こんな気持ちかな、と前向きに気持ちを持ち直そうとしているのに、さっきからそんな事ばかり考える。余談だが、日本の死刑は絞首のみで執行される。海外は薬物注射とかあるのだが。
「なんか、元気無いな」
乱丸が、鞄から机へ、教科書を移しているカイに言う。
「それがですねー……」
はぁ、とカイは前の席で冷や汗流しまくっているハヤテを気にせずに言う。
「炎殿……あ、爆殿の叔父なんですけど、が、1人暮らしを始めるだとかで、少しごたごたしてるんです。おかげで会える時間が少なくなっちゃって………」
「へぇ、それは」
ご愁傷様、と労う乱丸。
「……叔父さん?」
ハヤテが確認するように言う。
「はい、そうですよ」
「今度1人暮らしするって………?」
「はい、そうですよ」
「………………」
ぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああっつつつ!!!
ハヤテの負のオーラが取り払われた。急激な変化に、免疫が余り無い乱丸がぎょっとする(が、そんな彼もそのうち慣れてしまうんだろう。そのうち)
「そっか………そっかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「ハ、ハヤテ殿???」
デッドに相手にされないものだから、ついに……とかかなり失礼な事を考えているカイを他所に、重荷の取れたハヤテは勝手に説明する。
「昨日さー、ホームセンターに行った時、爆を見かけたんだよ」
「そうなんですか」
「それでよ、一緒に長い黒髪のヤツが一緒だから、カイかと思ったら違うだろ?仲良くコップとか買っててさー、もうてっきり浮気かおいおいとか思ったんだけど、叔父さんかー!あっははは、馬鹿だな、俺!!」
「………ハヤテ殿」
カイは、笑顔で言った。
顔は、確かに笑顔だ。顔は。
「ん、何だよ」
「炎殿は……長い髪ですが。
色は黒じゃなくて、赤毛です」
「…………………。
え」
こちーん。
という効果音と共に、ハヤテの周囲がパステルカラーから一気に白黒になった。
「赤毛、なんです」
無常に響くカイの声が、これは現実だとハヤテに言い聞かせ、逃げる事をさせない。
「黒じゃ、無いんですよ………?」
ゴゴゴゴゴゴ。地響きが聴こえるような気がする。ここは3階なのに。
勘のいい方の乱丸は、とっくに非難済みだ。可哀想に、彼もまたこのテの人種と恙無く付き合う対処法をすっかり身につけてしまった。
「一体、どぉいぅ事なんでしょぉねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
「あぁぁぁぁぁ、俺もそれむっちゃ訊きたいぃぃぃぃぃぃぃぃ」
詰め寄る、という言葉では今のカイには生易し過ぎる。
「それは、閑さんですよ」
何か闇の眷属でもうっかり引き寄せられるんじゃなかろうか、という空気漂うこの空間で、茶でも啜ってそうに、そう暢気に言ったのは、デッドだった。
「”閑”?」
今まで聞いた覚えの無い名前に、2人は首を捻る。
「爆君の母親の知り合いの子なんですが、秋に向けて親に転勤の辞令が出たそうなんです。
今、高校3年で、今更学校も変えるのも何だし、という事で卒業するまでの期間、爆くんの家に下宿させてもらう事にしたそうですよ。丁度、炎さんも出て部屋も空きますしね」
「………………………」
「どうかしたんですか」
黙りこんでしまった2人に訊く。
「いや……何で、お前そんなにすらすら事情を知ってるのかな、と……」
「爆君に聞いたからに決まってるでしょう。じゃなきゃ、どうやって知るんですか」
いや、本人に尋ねる以外に知る方法は一杯あるような気がする。デッドには。
「そんな!私、聞いてませんよ!?」
当然のように、カイが食って掛かる。
「じゃあ、貴方それを聞いたら、どうします?」
「勿論邪魔します!!」
だからだよ、と遠くはなれた乱丸も精神世界的ツッコミを入れる。
「でも……そう言えば、炎殿が1人暮らし云々と言った後、まだ言いたそうな風でしね。昇降口が近くなったので、そこで別れたんですが」
「どうせ、貴方が馬鹿な事して、時間が足りなくなったんでしょう」
デッドが無常に言う。
「失敬な。いつも通り場爆殿に抱きついて、いつも通りわき腹に打撃食らって、いつも通りにちょっと機嫌損ねて数分口利いてもらえなかっただけです!」
カイがとてもきっぱり言うので、本当にいつもそんななんだ、と知ってしまった乱丸だ。
「デッド殿!」
唐突に、カイがデッドを名指しにする。
「こんな時こそ、貴方の出番です!式神でも呪いでも行使して、爆殿との同居を阻んでください!!!」
「何でですか?」
熱いカイに、冷たいデッド。
しかし、デッドの反応は、ハヤテにとっても予想外だった。
「何でって……爆殿と一つ屋根の下なんですよ!?サボテンの花なんですよ!?ほんの小さな出来事で愛が傷つくんですよ!?心にダムはあるんですか!?」
矢継ぎ早に言うカイのセリフは、一貫性があっても意味は無い。
「彼は、いい人ですよ。思いやりがあって周りに気遣えるし、爆君に優しいし、何より理性があります」
それは大いに良き事だ、とハヤテも思う。
「はっきり言って、僕は貴方より閑さんの方が、余程爆君に相応しいですね」
おお、こりゃはっきりだ。
「いや!でも!しかし………!!そんな相手程、箍が外れた時が恐ろしいとは思いませんか。
ずっと爆殿と一緒に居て、ふと衝動に駆られてそのまま行動に走ってしまわないと、誰が断言できますか!」
「走りません(ずっぱり)」
「おぅわ断言!!」
「これで爆君も、気づいてくれるといいんですが………」
ふぅ、と思案顔で溜息を吐く爆。
「そんな言い方だと、まるで私がろくでなしみたいじゃないですか」
「思える節があるなら、この際自覚して下さい。
そろそろ、時間ですね。では」
と、デッドは自分の教室へ戻った。
一体、あいつ、何しに来たんだろう、と最もな事を思ったのは乱丸だけで。
ハヤテは、カイに追い掛け回されていた。
「この場合、俺が追い掛け回される理由が解らねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
「気にしないで下さい!単なる私の八つ当たりですからぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
同刻、中等部の校舎で「何か向こう騒がしいわね」「そうか?」と、ピンクと爆が話していた。
<終わり>
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