まだ小さい頃は、炎が此処に居ないという事がよく解らなかった。それで、家中の部屋のドアを開けて、中を確かめたりしていた。
今はそんな事はしないが、何処で何をしているかはまだ解らない。
物質で言ってしまえば、これはただの紙である。
しかしながら、それに写っている物のせいで、炎にとってはそれこそ計り知れない価値を生み出していた。
その紙が、炎の前からぱっと消える。
「おお、写真じゃん」
短く口笛吹いてそう言ったのは、激だった。
「……返せ」
持っていた所を見られたのと、容易く奪われた事で顔を微かに紅潮させる。憮然とした表情は、その辺の上官が怯むくらいの威厳や迫力はあったのだが、同じ隊として顔を結構合わせているせいか、激にはあまり効かなかった。最も、例え顔見知りでなかったとしても、激はちっとも気にも留めないだろう。彼はそんな性格だ。
激は、じっくりその写真を----写真に写っている人物をじっくりと眺めた。
「うーん、なんか時を重ねる毎に父親に生き写しになってくるなぁ……一回何かに視てもらった方がいいんじゃねぇの?真の生霊でも乗り移ってたりして!」
「解った。真にそう言っておこう」
「止めろよ。冗談だよ、冗談」
自分で言った事に自分で受けていた激は、顔をやや引き攣らせて炎に縋った。真にこの手の冗談が通じないのは、何せ爆が産まれる前からの事だからだ。いつぞや、天の懐妊を知って少し経った時、息子か娘かという話になり、娘だったらカミヨミの片割れに嫁がせればすっきりして丁度いい、みたいな事を激が言ったのだが……その後、激は三日三晩、一秒たりとも気が抜けない時を過ごした。油断すれば真にその首を刈られていたからだ(ちなみに三日という制限があったのは真が任務に赴いた為)。その後も通りかかる度、刺されるような視線を感じたものだ。爆が男児であった為、その被害は薄れてくれたはいいが。全く無くなった訳じゃないのがちょっと何だが。
満足に会ってすらいないのに、なんていう親ばかぷりだ。いや、むしろだからこそなのだろうか。自分があるいは親になれば、その気持ちはまだ理解出来るのだろうか。
「で、その写真どうした?」
一体どんな面して受け取ったんだ?というニュアンスをこめて、ニヤニヤと楽しそうに聞く。明日、死体となって転がっているかもしれない、という殺伐とした日常で、人をからかっておちょくるのは彼の楽しみだった。された方は堪ったもんじゃないが。
「この前行った時、胸のポケットに入れられていたんだ」
炎が自宅へ赴くのを、「帰る」でも「戻る」でもなく「行く」と表現するようになったのは何時だろうな、とふと激は気になった。
「で?ついさっきまでそれに気づいてなかったとか?」
「いや、昨日気づいた。さっきじゃない」
「昨日つっても一日は経ってるんじゃん。五十歩百歩だっての」
炎もそれは解っているらしく、反論はしないで苦虫を噛み潰したような顔をしただけだった。
「油断したな。自分の持ち物に仕込まれるなんざ」
「いい訳程度に聞いて貰えればいい。爆が巧妙になったんだ」
「……納得しておいてやるよ」
激は爆を知っていた。が、爆は激を知らず、二人の間に面識がある訳でもない。激が勝手に、真の息子はどんなもんだろう、と覗きに行っているだけだ。その時、危うく姿を見られそうになった事がある。父方も母方の血も受け継いだ爆は、きっと生まれながらにしてそういう素質を持っているに違いなかった。
だからこそ、炎は爆を引き込むのを拒んでいる。爆のような者が、軍の駒として使われるのは確かに勿体無い。
(こんな時じゃなかったら、むしろこいつが率先して招きいれただろうにな)
国じゃなく、自分の為にその力を揮える時代であったなら。しかし、そんなどうしようもない事を嘆いても仕方無い。
「まぁ、それ、どうにかしておけよ」
「解っている」
そう言って、炎は激の手から写真を奪い取った。本人がそのつもりでいたので、あっさりと戻った。
自分達のような特殊部隊は敵が多い。名目上、味方であっても実際その通りとも限らない。
写真を持っているという事は、その中に居る人物が持っていた者に対して特別な者だと思うだろう。これが誰かに拾われ、その誰かが目的を炎にした場合、手段が爆になる。
勿論うっかり落とすような事はまずあり得ないし、それは万一の場合だけども、自分にはその可能性すら許されない。
返す、というのが一番妥当な方法だが、しばらく家に行く事は出来そうにもなかった。
「…………」
炎は名残惜しげに、そっと写真を撫でる。
そしてその暫く後、とても小さな塵が空に舞った。
結局、家に来れたのはそれから季節が3つ過ぎた時だった。あと少し過ぎれば、前に自分が来た日を超えてしまうくらいの。
爆は少し背が伸びていて、感情を隠すのがより上手くなっていた。
「写真は?」
と、爆が切り出した。
「この前来た時、胸の所に忍ばせておいた筈だが」
やっぱりそう来たか、と炎は気を引き締める。どう対処するか、どう答えるか。あの時からずっと考え、腹が括れたのはついこの前だ。
ゆっくり、静かに息を吐いた後、炎は言った。
「……燃やした」
爆はその言葉を受け止める。
「そうか」
そして、それだけ言った。
つまり炎は、自分のような存在を、知られては困るような立場にある、という事だ。そしてそんな仕事に就いている。
それだけでいい。
それすら知らなかった今までよりは。
「炎」
「なんだ?」
爆は臆する事無く、炎を少し見据えた。
「行こう。母さんが待ってる」
「あぁ」
何でもないようにそう言った爆に、本当に成長したんだな、と。
喜ばなければならない事を、炎は少し哀しく思った。
なぁ、炎
お前は何処で、何をしているんだ
以前なら、そう思っている事は、顔を見れば解った事だった。
08:答えを教えてよと本気で願ったのに
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