リンゴーン、と少しさび付いたようなチャイムの音が聴こえた。ややしてから、「はいはーい!」などと言う大きい声を上げながら、この家の住人が顔を出した。
「どちら様----って、なんだ爆じゃん」
「なんだとはなんだ」
 礼儀正しく振舞って損した、みたいなピンクに爆は言ってやる。そして、持ってきた紅茶の缶を差し出した。
「ほら、この前の煮物のお礼だ。ありがたく受け取れ」
「あっ!すごーい!紅茶だ、紅茶ー!この香り、あたし好きなのよねー!」
 爆の言葉を訊いていたのかそうでないのか、とにかくピンクは嬉々として缶を受け取った。受け取ったというよりは、手から分捕ったと言った方がいいかもしれないが。
「言っておくが、ちゃんと手順を守って入れるんだぞ。じゃないと、折角の茶葉も意味がなくなるからな」
「うんうん、解ってるって」
 本当に解っているのか?とその口調に疑問を感じたが、ピンクは美味しい食べ物への労力は厭わないので、それを疎かにはしないだろう、と考えを改めた。
「あと、母さんがオババによろしく伝えておいてくれと言っていたぞ」
 用はそれだけだ、と爆はピンクに背中を向けた。
「あ、ちょっと待ちなさいよ。お茶でも淹れるわよ?」
「悪いが、今から図書館へ行くんだ。その誘いだけ貰っておく」
 そうして爆は手を軽く上げ、それを別れの挨拶として歩き出した。




 路を歩いていると、実に様々な人とすれ違う。
 和服の者、洋服の者、自転車を走らせる者、馬車に乗る者。まるで、2つの国を1つの箇所に詰め込んだみたいだ。
 大きな時代の変わり目を迎えた今、この国も住む者も、新しくなった世界の中、定位置を探して彷徨している。けれど爆はこのちぐはぐな光景は嫌いではなかった。手探りで必死に生きている、その図太さを感じられるから。
 ピンクの家から図書館までは、直線でだいたい800メートルだろうか。あくまで大雑把で、直線で計っているから、実際はもっとあるのだろうけど。それに、坂道もあるのでその分疲労も増える。
 最近自転車に乗れるようになった爆だが、相変わらず徒歩で通っている。
 昔、炎がまだ当たり前に家に居た頃の話だ。
 昼食後、ちょっと寝てしまい、起きてみたら炎が居なかった。母親に聞けば、図書館に行ったとの事だ。ここで普通の子なら、待っていようと思っただろうが、何せ爆なのだ。1度行った事がある場所だから、と図書館へと向かったのである。しかし、ようやくちゃんと筋道の通った思考が出来るようになった年齢である。本人の意気込みに記憶力は添ってはくれなくて、爆はいつ自分が迷ったか解らない内に迷子となってしまった。
 見た事があるような、ないような並木道。表道から大分外れているので、人は爆以外に居なかった。此処はどこだろう、という戸惑いと不安は、あっと言う間に恐怖となり、小さい爆の身体を蝕んでいく。冷えていくような心とは裏腹に、目の奥がじくじくと熱くなっていった。
 1人で勝手に飛び出して、迷子になって泣くなんてみっともない、とありったけの自尊心をかき集めて、泣くのを耐えていた爆だが、注がれる一方のコップから水が溢れるみたいに、目に涙が浮かんでいく。それが徐々に膨らみ、零れかけた時。
「爆?」
 一瞬空耳かと思ったその声。俯いていた顔を勢い良く上げると、並木道の遠く向こう、会いたくて仕方なかった緋色が確かに見えた。
 会いたくて会いたくて仕方なかったというのに、いざ会えてみると、どうして此処に居るんだろうとばかり考えてしまって、足が動かなかった。その代わりというか、炎が駆け足で近寄る。ピンクの持っている人形より小さかった炎の姿は、すぐ爆の知っているサイズにまでなった。
 炎は爆が此処に居る理由や、一人で居る事は後回しにして、その無事をまず確認した。そうする為に屈んだ炎に、ようやく動けるようになった爆は思いっきり抱きついた。自分が出せる力を全部出してしがみ付いた。何も言わなかったが、炎が痛いと思っている事は解った。でも、離せなかった。
 離してしまえば、自分の居る世界がバラバラに崩れてしまうと思ったのだ。
 その時は、本気でそう思った。
 でも、どうだろう。炎が横に居なくなった日常は、静かに淡々と過ぎていく。
 この路を何度歩いても、炎は出てきてくれない。
 仕方無い。
 迷子にはなっていないのだから。

 そうして何事も無く、並木道を抜けて行った。




07:予定調和な午後





何気にピンクの出番が多いです。だって一番親友してるのはピンクじゃない?って思うから。

別にワタシはホモが好きだとか、レズが好きだとかじゃなくて、誰かを好ましく思った時、その相手が異性だから恋情で、同性だから友情だって、ヒヨコの雄雌決めるみたいにほいほい区別されるのが嫌なんですよ。
自分より大事にしたい何より大切な相手が、血の繋がってない異性である必要も無いと思うんです。
ましてや、それじゃないから違う、だなんて悲しいじゃないですか。