炎が零部隊に入って、一年経つか経たないかの、冬の日だった。
「オレも炎みたいに強くなれば、零部隊に入るのか?」
と、訊けば、炎の顔が目に見えて強張った。それは初めて見る顔で、相手の感情が伝染した以上に、爆もなんだか怖く思えた。
炎はすぐに気を取り直し、優しい笑顔を必死に作り上げ、小さい爆の頭にぽん、と手を置いた。
「爆は、入らなくてもいいんだよ」
そして、それだけ言った。
「爆ー、アンタ今日の体育で、またやらかしたでしょ」
咎めるよりはむしろ楽しんでいるようなピンクの声だ。爆はそれを気にするでもなく。
「なんだ、女子の方まで伝わってたのか?」
どいつもこいつも暇人だな、と爆は呆れてみせる。
「そりゃもう。だって剣道の授業で教師相手に竹刀ぶっ飛ばしてみせただなんて、滅多にない事だもん」
ピンクのセリフに嘘はない。
爆のクラスの体育は、今は授業を習っており、今まで素振り等の基礎だったのを、今日から対戦をする事になったのだ。そして、その出だしに爆は早速言ってくれた。
「こんなクラスの連中なんかの軟弱な太刀筋じゃ話にならん。教師、お前が相手をしろ」
そしてこの体育教師が「瞬間湯沸かし器」と謳われる程カっとなりやすい性質で、爆を諫める所か、その誘いに敢えて乗ってみせたのだった。
その教師も、ボロクソに言われたクラスメイトも含め、誰しも爆が負けるのだと思っていたのだろう。が、次の瞬間、その予想は吹っ飛ぶ。教師の手にしていた竹刀と一緒に。
一体自分に何が起こったのか。竹刀が飛んだのも気づかないのか、構えの姿勢のままで固まっている鼻先に、爆は自分の竹刀を鋭く突きつける。
「勝負あったな」
つまらなそうに言い放ち、身を翻して講堂を後にしようとした時、大きな罵倒の言葉が降りかかった。曰く、相手の竹刀を打ち払うなど、ルール違反だと。
爆は振り返る。僅かでも武道の心得がある者は、その双眸を見て、怯んだ。そのくらい、強い眼だった。
「ルール違反で反則負けだというなら、それで構わん。しかしお前は、これが実戦でも同じ事を言うのか。格好だけを争うままごとみたいな剣道なぞ、負けた所で恥にもならん」
そうして今度こそ、その場を去り、その後爆は図書館で自習していた。
「てかさ、相手のヤツも、爆が武家の出身だって知らなかったのかしらね」
「まぁ仕方無いだろ。没落したんだからな。それにああいう連中は権力がそのまま実力か何かと勘違いしているような輩ばかりだ」
「はっきり言うわねー」
「事実だろ」
「それもそうね」
ピンクはあっさり認めた。自身そう思っているからだ。
「でもまぁ、今回の事で特にしみじみ思ったわ」
「何をだ」
「爆が強いって事」
「そうでもない」
「あら、謙遜?」
珍しい、と少し面食らう。
「今のままじゃ、全然足りん。オレはもっと強くなれる筈なんだ」
「……謙遜って言ったのは、撤回するわ」
キッパリ言った爆に、ピンクは溜息混じりに呟いた。
(もっと、強くなれる筈なんだ……)
心の中でその言葉を反芻し、手の平を軽く握ってみる。小さい手だ。炎より一回りもふた回りも小さい。
(炎………)
お前が強くなれ、と言ったら、オレは何処までも強くなれるのに
あの日待っていたセリフを、今もまだ待っている。
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