花が咲いている。とても沢山。木の花だから、高い所からちらちら降っている。
その中で炎が、何をするでもなく、其処に立っている。
いや、何もしていない訳ではない。待っているのだ。
自分を。
爆は炎に向かって駆け出した。
「炎、炎ッ!」
「……爆?」
呼ばれて炎は振り返った。
自分の肩にも届かない体躯が、一生懸命駆け寄ってきている。ただ名前を呼ばれる。それだけで、こんなにも心が暖かくなるのだと、炎は爆が産まれてから知った。
「爆、そんなに走ると転ぶぞ」
「バカにするな。そこまで小さくない」
爆はムスっとしながら言った。
別に炎も、悪気があった言った訳ではない。どうもまだ炎の中では、歩くのがまだるっこしいような時期の爆のイメージが強いのだ。何せ、正真正銘生まれた頃から、もっと言えば生まれる前から知っているのだから。
まだ頭の方が大きくて、よたよたと歩いていたような爆だが、友達の中では一番足が速いのだという。いつか、得意げに炎にそう言っていた。
「……確かに炎よりは小さいがな」
けどな、と爆は続ける。
「炎と違って、オレはまだ成長期なんだからな。その内追い越してやる。その時は炎をおぶったり肩車してやったりするんだからな」
言うまでもないが、どちらも炎が爆にしてやった事だ。
「ははは、楽しみにしてるよ」
「まるで期待していないな、その態度は」
ジト目で睨んでみるが、そんな事はないよ、と軽くかわされてしまう。それが気に食わなくて、もっと困らせるまで拗ねてやろうか、とも思ったが、そこまでやると子供丸出しなので、爆は止めておいた。
「炎、そろそろ家に戻るぞ。きっと母さんが、紅茶を淹れてくれている」
「あぁ、そうだな。行くか」
と、炎は自然な形で爆へと手を差し出した。勿論、握る為にだ。
「…………」
爆はその手を見て、握りろうか、とほんの僅か手を動かしたが、けれど結局恥ずかしくて、そのまま炎を置いてずんずん歩き出してしまった。
数歩進んだ所で炎もまた歩き出した。どんな顔をしているのかなんて、考えたくも無い。きっと、やれやれ仕方ないな、といった具合の表情でも浮かべているんだろう。
手を繋ぐのも子供っぽくて、その手を振り切って歩き出してしまうのも子供っぽくて、だったら自分はどうすればいいんだろう、と、花弁の舞う視界の中で、爆は考える。
しかし爆が考えるのをまるで邪魔するみたいに、
舞い散る花弁は増えて、
増えて、
増えて。
目の前は真っ白に染まって。
その白さは朝日だった。
「…………」
爆はきっと目覚めがいい方だ。
けれど、今日の目覚めは最悪としかいいようがない。
時計を見ると、時間にまだ余裕があるので、爆はうつ伏せになり、枕に顔を押し付けた。少し息苦しいが、気にするまでもなかった。
差し出された手を、どうすれば良かったのか、だなんて。
今はその答えが解るけど、もうそんなのは、出した所で意味が無い。
握ればよかったんだ。強く強く、しっかり、離れてしまわないように。
そうすれば、今日も、案外朝に弱い炎を、自分が起こしていた筈なんだ。
04:いつもこんな夢の中
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