今夜は風が速い。月に掛かっている雲が、文字通りに流れていく。
こんなにも風が強いという事は、大気が不安定なのかもしれない。
「炎」
と、横に居る真から窘めるような声で呼ばれた。何事か、と思って向いてみると、下を見てみろ、と無言で足元を指される。
言われるままに、下を見てみると、
「……………」
少しバツが悪そうな表情をし、炎はつま先で詰っていた地面を平らにならした。平静を装いきれたつもりが、きっちり外側に出てしまっていたらしい。
今日の「仕事」は、急なもので、突然言い渡された。折角今日中に帰れると思っていた所にこれで、その時の自分のイメージは計り知れない。しかも、そう、よりによって今日だ。
いつもなら周到な準備の上で行うのを、突貫でやるという事は、その程度の相手なのだろう。
だったら、何処か別の部署にでも頼んでもらいたいものだ。何故帝直属の自分達が。と、こんな不満をさっきから炎の内側を占めていた。加えて、横に居るのが一番気心が知れている真だったというのもあるだろう。自分はよく真と組まされる。友好関係云々なんていちいち汲んではいないだろうから、単純に戦力の振り分けで決まった組み合わせだろう。自分もそのつもりで真と接している。が、やっぱりこんな時には無防備な所を見せてしまうみたいだ。
ぎゅ、と襟を正し、気合を入れなおす。
今、自分が成すべき事は、本日の午前3時ごろに此処を通る馬車1つを「消す」事だ。どうしてとか何故とか、そんな事は思わない。この時ばかりは、自分は人ではなく道具なのだから。
しかし----
3時ごろって何時ぐらいなんだ。もう3時は過ぎたぞ。全く何をしているんだ。調べる方ももっと細かく調べて来い。待ち伏せだなんて要するにこっちにしわ寄せ押し付けてんだろーが。
建物裏に潜み、腕を組みながら怒涛の勢いで思っている炎は、道具には多分ほど遠い。真はそれを指摘してやるべきか、少し考えて居る。
が、次の瞬間、2人に張り詰めた空気が貫く。ようやく、仕事の時が来たのだ。
2人は合図を交わす事無く、同時に飛び出す。まず馬が吼えないように、その首ごと切り落とした。自分の振るった刃の結果を確認する事無く、次は馬車の扉に狙いを定めた。縦に一閃させると、蝶番の部分を残し、扉がごとん、と中に落ちた。
炎は勢いを殺さず、そのまま中へ進もうと、一歩を踏み出す。
すると!
ベシィ!!!!
「-------ッッ!!!!?」
本人にとっては、いきなり壁が出現したように思っただろう。傍から見れば、炎が内側に倒れた扉の端っこを、思いっきり踏んでしまった為その反動で起き上がったのにぶつかった、というのが解る。
ともあれ、その痛さに堪らず火花が散る。炎が次に目を開けれるようになった時には、もう全てが終わっていた。
「……………」
「……………」
見つめ合う……と、いうか黙々と作業している真を、凝視してしまう炎。
「……なぁ、真」
恐る恐る訊いてみる。
「この事、無かった事には-----」
「出来ん」
この、すっぱりした物言いは、息子にも確実に受け継がれていた。
今の醜態は、全部報告書によって日明大佐の知る所となるだろう。それによる罰則----多分雑用と激務だ---に、今から炎はがっくりと頭を垂らした。晴れとなった夜空が、そんな炎を月で照らしていた。
今日、いや、昨日。
爆はひとつ、歳を重ねた。
03:空回りのボクはフィクション
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