炎を見送った時に玄関に飾った花が、ついに、今日、どうしようも無いほどに、萎れてしまった。
くたり、と茎を折り曲げて、花瓶に縋るような姿勢は、もうここまで生きた、悔いは無い、とまるで大往生しているように思えた。
確かにそうだろう。普通、1週間程度しか持たないのが、2週間も持った。最も、最後の3日程は、かろうじて立っている瀕死みたいな状態だったが。
これ以上、花瓶にさしたままでは、腐るだけだ。
爆はその花を持ち、庭に出て埋めてやった。
水にも気をつけたし、光もちゃんと与えた。今まで得た知識をかき集め、実行し、それでも、枯れるものは枯れるんだな、と冷めた事を考えながら。
爆がここまでこの花を長持ちさせようとしたのは、2つある。
1つは、炎が選んだ花である事。
そしてもう1つは、こんなやり取りを前夜に交わしたからだ。
「今度はどのくらいで帰ってくるんだ。この花が萎れる前に、帰ってくるか?」
任務の内容が話せないのは、解っている。だから、何処へ何をしに行くのかなんて、訊いた所で虚しい。
上のセリフを爆が言うと、炎は寂しい笑みを浮かべ、それは約束できないな、と言ってその頭を優しく撫でた。大人が子供を諫めるような仕種で、爆はそれに大層腹を立てたものだ。
この花が、炎が選んだ花が萎れる前に帰ってくればいいのに。
そして、そんな願いは花と一緒に今日、散った。
こんな、最後の力まで振り絞るような事をさせて、この花に悪かっただろうか。ゆっくり眠ってくれ、と埋め終わった後の表面を、ぽんぽんと叩いた。その素仕種が、まるで炎みたいで爆は一瞬眉を顰める。
立ち上がり、庭を眺める。母親が日々丹精を尽くして世話をしている木や花が、毎日色彩を変えて爆の目を楽しませてくれる。とても綺麗だ。此処には自分を傷つけるものは無く、陥れたり妬むものも何も居ない。
きっと炎は、自分がずっと此処に居ればいいと思っているんだろう。自分の携わっている世界の事なんか、知りもせずに。関わりもせずに。興味も持たずに。
炎が考えて居る事くらい、解っている。そこまでまるっきりの子供でも無くなった。
(けどな、炎。オレはお前が今何処で何をしているかが、とても気になって仕方ないんだ)
その為に、出来れば同じ場所に立ちたいと思う。
けれども。
炎が居る部隊に入りたい、というようなニュアンスを含んだ言葉を言った時、炎はそれはダメだ、と言った。頭ごなしに、爆の意見をろくに聞きもせずに、ただダメだ、の一点張りで。顔は険しく、表情は固く、これはたとえ、納得させる事が出来ても、酷く骨だろうという事は読めた。
それ以来、爆はそれを口にはしていないが、諦めた訳ではない。それは炎も気づいているだろう。爆が言い出した時、うっかり賛同しないように、常に警戒を怠らない。
一種の緊迫した空気。
爆はそれがとても嫌だった。
炎が何をしているかなんて、知らない。それでも、とても大変な事なんだろう、という事は検討がつく。だから、自分と居る間だけでも、纏った鎧は脱いで欲しいのに。もうあんな事は言わないから、と言っても信じないだろう。無理も無い、嘘だからだ。
こんな実りの無い堂々巡りでも、いつかは終わる時が来るんだろうか。花が萎れるみたいに。
(それにしても、あいつ、これを選んだのはわざとか?)
贈物としては最低だが、皮肉だとしたらとても気が効いている。
この花は、ヒメヒガンバナ。英名を、ネリネ・ウンドゥラタ。母親が自分で交配させたものだ。
さて、ネリネの花言葉には、「また会う日を楽しみに」「忍耐」。
そして、「箱入り娘」だ。
あるいは炎は、最初の言葉しか知らなかったのかもしれない。それを持って、選んでくれたのかもしれない。
大切に想ってくれているんだ。だから、余計に哀しい。
彼が望むようにしてやれば、昔みたいな無邪気な笑顔を見せてくれるのだろうか。
そんな事はしない。そんな事はしない、けど。
いっその事、
01.此処に閉じ込められて滅びてしまいたい
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