雨音のせいでかえって屋内は静かに思えた。 雨の日の放課後だけあってか、ちゃんとした用のない生徒はほぼ全員帰っているのだろう。 その、”ちゃんとした用のある生徒”である激と爆は、ただ今保健室へと移動中。 溜まった湿気が水となり、そのせいで爆は足を滑らせそれを受け止めた激が足を捻った。 事態は……はっきり言って、激にとって「添え膳」な状態となりつつある!! もしかしたら今回の話、途中から裏に回るかもー!……って。 (よく考えたら保健室には保健室の先生が居るんだから(当たり前)2人きりにはなんねーよなぁ) そう冷静になってみると、ピー、と臨界点を超えていた自分の熱やテンションが徐々に平常へと下がっていく。 こうなると人間というのはいっそ可愛いくらい単純なもので、うーん、ちょっと残念だなーとさっきまでの葛藤も忘れて思ったりするのであった。 ちろ、と視線を下げると、いとも簡単に爆が視界に入る。ついこの前までは、この姿を眼中におさめる為に、自分は色々と裏工作をしたものだ。 なんだかんだで、現在はその頃と比べて、関係はやや親密になって……いると思いたい。 明らかに小さい身体で、真剣な表情で自分を担ぐ爆。 激は目的地に着くまで、じっとその顔を斜め上から眺めていた。
ガラガラガラー!! 「ちわーす、三河屋で………」 激のウェットに跳んだ軽いジョーク(本人談)は全てを吐き出される事を許されなかった。 何故って、そこには想像と違った光景が広がっていたから。 そう……何故ならば……保健の先生が、保健室に居ない。 机の上の看板には”ただ今出張中”という表示が激の目に飛び込む(ところで保健医の出張て何処だろうか……) (ちょ………マジかよ!?) またしても色んな臨界点がピーと超える。 ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、と重低音のベースのような鼓動が身体を揺らした。 室内に2人きり。 爆と2人きり。 室内に爆と2人きり-------!! 「----ホラ、何をぼけっと突っ立ってるんだ。中に入るぞ」 入り口で硬直してしまった激に、入るようにと促す。 「え、でも、ほら、今、先生居ないし………!」 「テーピングくらい、オレにも出来る。湿布ぐらい貼っておいた方がいいだろう」 ぐい、と引っ張られると、片足を挫いている激はそのまま重心がずれる。そうなると見事にこけて、すると爆を下敷きにしてしまうから……激はとりあえず大人しく足を進めた。 何処かツン、とした薬品臭。保健室お馴染みの、ベットを囲う淡いブルーのカーテン。 デスクの横の、本来なら寝かされるであろうベットに、激は腰掛ける。 爆は、勝手知ったる、という感じで薬品棚や引き出しを漁る。 「前は保健委員だったからな。結構薬の場所は解っている」 知ってる……と半ば口から出かけた言葉を慌てて飲み込んだ。 爆に関するだいたいのデータは、実はもう頭にインプット済だ。特に学園生活においての事は。 風紀委員という生徒を取り締められる立場をとことん活用したのだった。これぞまさに職権乱用! ちなみに爆とどーやら前々からお知り合いな現郎からは何も聞き出せなかった。チッ。 全ては爆のことが知りたい、という一心なのだが…… (どう考えてみてもこれって……ストーカーだよな) はは、と表情を引きつらせ激だ。 最近、いや多分昔からあったのだろうが……ストーカー被害が云々というニュースが流れる度に、激はその矛先が自分に向かっているようで落ち着かない。でもって、ストーカー本人の気持ちもうすぼんやり同感してしまう。 ずれて歪曲してしまっているかもしれないが、そう、偏にこんな真似をするのは、してしまうのは、その人が”好きだから”。 (爆に告白するにはするけど……この事も打ちかけるかどうか、それが問題だ) 純文学的に悩む激だった。 だってだって、ンな1年も前からつけてた、何て知ったら気味悪がられるかもしれないし、かと言って爆の中じゃまだ俺との面識は2ヶ月だけだし、それで好きだーて言っても軽いヤツだなーとか思われるかもあうあうあう。 などと思考のラビリンスに迷い込み始めた激を現実に引き戻したのは、足首に張られた湿布の冷たさだった。 「つべてー!!」 全くの無防備だったため、ダイレクトに来た。 「大げさなヤツだな……少しじっとしてろよ」 と、爆は以外に慣れた手つきでテーピングを施す。 ……爆はただテーピングをしているだけなのだが…… 肌に爆の手が触れるたび、激はいよいよ落ち着かない。 (……ちゃんと立てるか?俺……) この心配は冗談でもなくて、真剣なものだった。 「……よし。キツくないか?」 きちんとテープで固めた足首を、ずれはないか上からなぞって確かめる(勿論それにも激は落ち着かない)。 「これは一時しのぎだからな。帰ったらちゃんとした所で巻き直して貰え」 「えー」 「……えー、じゃないだろうが」 激は不満たらたらな声を上げた。 爆はそれを「わざわざ医者に行くのが面倒くさい」と取ったが、真実は「折角爆に巻いて貰ったのに解くだなんて!」であるのは当然の事だ。
雨の音しかしないこの空間。世界で2人きりのような、陳腐な妄想を抱かせた。 ----それが原因の一端かも、しれなかった。 爆が立ち上がり、激の目前まで下を向いた顔が近づく。 ふわり、とした空気の動きに----激の、今まで溜め込んでいたものが零れる。
----1年前。通りすがりに惚れて、何もかもが解らなかった爆が、今はこんな近くに居る----
----こんな………-----
「……激?」 我に返ったのは、爆の声で。 そして。 それは、自分の腕の中から、した。
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