school march
生徒会副会長の現郎の主な仕事は、会長である炎のサポート。と、会長の下した命令(というか事項)を書類にまとめて書記に渡すものである。
何せ学園行事の最高管理者である会長の仕事は膨大である。ただのサポートとはいえ、それだけでもちょっとした委員会の活動に匹敵する仕事量だ。
だから。
「……んでなー、うっちゃん、爆が雨に濡れるのはヤだから室内がいいって言うんだけどよー。何処が喜んでくれっかなぁvvv」
「………………」
「んー、映画ってのもいいけど俺的には爆と色々お喋りしてーからパス。なー、何かねーか?」
「激……生憎俺は生徒会の仕事が忙しいからオメーの戯言なんか聞く耳持ちたくねぇ」
「うっさい。ンなもん俺が帰ってからやれ」
ポジション的に風紀委員は生徒会の直結した委員なのに、風紀委員長の激はそんな事を言う。
「……だったら今すぐ帰ってくれ」
「(聞いちゃいない)いいか!現郎!俺はこのデートで爆に告白する!!前は最終下刻時間で校内放送に邪魔されたげど、今回はそうはなんねぇからな!!」
何やら昨日爆といい雰囲気になった(らしい)激のテンションは空より高い。スペースシャトルが飛ぶ位置よりも更に上にある。
とーとつに人の部屋に来てはガイドブックを広げ、いちいち自分に意見を伺うのだ。当然窺った所で答えなんて返してやらないのだが、そんな姑息な攻撃は今の激にあまりのも無力だ。
仕方ないのでそのままほっといて現郎は机に向かった。
激は持っていた雑誌をグシャ!と抱き締める。まるで爆を抱擁する予行練習みたいに。
「それに……なんつったって、爆の私服が拝めんだよなー……どんなの着てくんだろ……」
はぁ、と陶酔しつつ何処かへ視線を投げる。
「あー、日曜日早く来いv」
「日曜日?」
パソコンだけに意識を集中させていた現郎がここに来て激の方へ身体を向ける。
「そ。にちようびー♪」
何も解っていない激に、現郎は相変わらず無表情だったが、心の中で思いっきり呆れていた。
「無理」
「へ?」
「風紀委員は今度の納涼祭で見回りを担当してんだぜ?これからドンドン忙しくなるってのに、ンな悠長にデートなんかしてる暇あるわけねーよ」
「…………へ?」
納涼祭は学園を一般開放しての地元の街との合同行事である。学園は場所を貸し渡すだけなので、生徒会の仕事はあまりない。が、その分風紀委員は見回りなどの地区別担当を決めたりしなければならないので忙しくなる。
それをようやく理解した激の背景は、少女マンガのよーなキラキラした浮遊物体からホラーマンガのような複雑なカケアミに変わった。
「なっ……う……ぇ……き、聞いてねぇよ!」
「聞いてない方が悪ぃ」
「あーもー!何でこんな時に納涼祭なんてやるんだよ!!」
「冬に納涼祭やってもしょうがねーだろ」
嘆く激に現郎は冷たい。
世の苦しみ全てを背負ったように地に伏していた激はいきなり決意を篭めた表情で現郎と向き直った。。
「……現郎!!」
「仕事変わってなんかやんねーからな」
先手を打たれた激は再びズーンと床に沈んだ。
「俺は……俺は一体どぉしたら……」
「爆とのデート中止して委員の活動に精を出す。簡単じゃねーか」
物凄い人事だと思った意見である(まぁ実際人事なんだけど……)。
「やぁぁぁだぁぁぁぁぁ!最近爆といい雰囲気なんだもん!このまま一気に進みてぇよ―――――!!」
「恨むんなら委員長のくせにスケジュールを把握してない自分を恨め」
「うわぁ―――――――――ん!!(滝涙)」
おもちゃ屋の前で駄々を捏ねる子供も怯むくらいの泣きっぷりだ。
(……まぁ、ようやく見えたゴールが遠ざかったようなモンだからな……泣きたくもなるか……)
どうでもいいが八つ当たりに自分のベットにチョップを連打しないで欲しいと現郎は思うのだ。
遡る事おおよそ一年前。
「うっつろー♪うっつろー♪」
自分の名前に妙な節を付けてスキップしてきたのは激だった。
「……スキップする位暇なら仕事手伝うかー?」
「なぁなぁ聞いてくれよ♪」
聞いちゃいねぇ。
「俺好きな人出来ちったv」
「……へー。で、連れて来たのか」
「いやぁそれが」
「……?付き合ってるんだろう?」
「いやぁそれが」
「……………?」
「いやぁそれが」
「まだ何も言ってねーよ。……ていうか……そいつと何処までいった関係なんだ?」
「いやぁそれが」
「……おーい」
激は急に落ち込んだ表情になり、
「関係と言うと……まだ無関係。だって仕方ねーだろ。廊下で擦れ違っただけなんだから」
「……それだけで好きになるなんて松田聖子より凄まじいヤツだな……」
「悪いかチクチョ――――――!!」
現郎の的確な例えに激が吼える。
「別に俺はオメーがどんな経緯でどんなヤツを好きになっても構わねーよ。
つーかそんな事俺に言ってどうする気だ?」
まさか恋のキューピッドになれとは言わないと思うが、恋する人間はどう血迷うか解ったものじゃない。
「おう、それでだな。何せ廊下で擦れ違っただけだから名前は愚か学年すら解んねー。……まぁ、身長とかで初等部とは思うんだけど……
なもんで。
個人調査票見せて♪アレ写真載ってるもんなv」
「ダメだ」
即座に却下した。
「どぉして!俺の恋の行方がかかってんだぜ!?」
「オメーの恋の行方がかかってよーが世界の存続にかかってよーが、アレは門外不出だ」
個人調査票は受験などで履歴書等と一緒に出される程重要なものである。おいそれと出せる筈も無い。
「いーじゃん見せてよ!!仕事でも何でもすっからよ!」
激は必死だ。しかし現郎は冷静に。
「いや、ぶっちゃけ俺にそんな権限もねーし」
「だったらそれを一番初めに言え―――――――!!」
果たして現郎は計算なんだか天然なんだか。
「……よし!仕方ない!」
激は別の作戦を思いついたらしい。現郎としてはそれに自分が含まれていないのを祈るばかりである。
「現郎、俺風紀委員になる」
…………………
「……………」
「額に手を付けるな。熱なんか出てねーよ」
「……………」
「袖を捲るなぁぁぁぁ!クスリなんかやってねーよ!!」
「……オメーが風紀委員になるなんて……そんな馬鹿な……!」
「……普段無表情のクセにこんな時は感情豊かなんだな」
激の発言にこれでもかというくらい恐れ慄く現郎である。
「風紀委員なら朝の点検で校門に立つからな。極々自然的に生徒をチェック出来るって寸法だ!うん、完璧!!」
なるほど。激にしてはまともな意見だ。しかし……
「わざわざ風紀委員になんなくても出来るだろー?」
まぁ風紀委員に邪魔だと言われるかもしれないが、激がそんな事で怯むはずもないし。
「馬鹿、オメー……」
激は真剣だ。
「ンなあからさまな事したら気味悪るがられるかもしれねーだろ……」
「……………」
激って意外と………
弱虫さんv
「現郎も人が悪いよなー……」
「まだ言ってんのか……」
色々と人望をフル活用したりちょっと裏工作もして激は見事に風紀委員になる事が出来た。生徒会の次に重要なポストなので普通のヤツにはなれないのだ。
で、朝の点検を任されついに激は名も知らない想い人を見つける事が出来たのだ。が!
「現郎、貴様が点検してるなんて珍しいな」
「あー……それはだな……爆……」
まさかお前に一目惚れしたヤツに付き合わされるとも言えず、現郎の言葉は宙に彷徨う。
ちなみにそのご本人はというと爆が(現郎と話す為に)近寄った時、何か悪い事でもしたかのように校門に身を隠してしまったのだ。
(多分見てるぜー……あいつ……)
背中で感じるのは紛れもなく嫉妬であった……。
「俺だってオメーが好きになったのが爆だったなんて、これっぽっちも知らなかったんだからな。つまんねー嫉妬は止めろよ」
「爆と喋った……俺なんか名前すら覚えて貰ってないのに……爆と喋った……」
机に頭を乗せてまるで呪祖の如く呟く激。
(……名前どころか、存在すら知られてない可能性大だな……)
しかしそれは黙っておいてあげた現郎だった。
そしてここから1ヶ月。
「激ー、話ぐらいはしたんかー?」
「いやぁそれが」
「……まだなのかよ」
「あっはっはっはっは」
笑いながら泣く激である。
「……だってよ……向こうにとっちゃ俺は一介の風紀委員なんだし……そんなヤツが話かけてもなぁ……」
「怪しいヤツだと思われるのが関の山だな」
「……俺もそう思ってたけど改めて人から言われるとやっぱ傷つく……」
労わりの無い現郎の言葉に、激はナイーブになった。
(せめてきっかけがあればなぁ……話掛けれるのに……)
そう思って激は苦笑した。
前は「会えさえしたら……」と思っていたのに。
どんどん欲求がエスカレートしている。
(貪欲だな……そのくせ叶える事をしない……)
ふと窓の外を見た。
……初めて爆を見てから季節が変わった。
とかシリアス気取った所で爆と近づける訳でもないので激は青少年にありがちな悶々とした日々を送っていた。
なまじ毎朝見てしまうので始末に悪い。清々しく見るのを止めれば、あるいはまだ楽かもしれないがそれも嫌なのだ。
そんなこんなで学年末になってしまった。
(来年委員会どこ入ろうかなー。爆の素性解ったから、もう風紀委員会にも用ねーし……)
と、激は生徒会室でぶらぶらしていた。ここは贅沢にも冷暖房完備だからだ。
ガチャリ、とドアが開く。
「よ、現郎遅せーじゃねーか」
「あー、ちょっと爆と話しててなー」
「ふーん……って爆と!?何を!?」
(目ざといヤツ……)
さりげなく言ったつもりが敏感に爆の名前に反応する。もはやすでに末期である。
「なぁなぁ!爆と何喋ったんだって!」
「うっせーなー。あいつ来年会計になりてーから必要なモノとか聞かれてたんだよ」
「へー……爆、会計になりたいのか……うん、ピッタリだな」
自分のように純粋に喜び、と、その時激は気づいた。
爆はおそらく絶対生徒会会計に任命されるだろう。と、いう事は隔週で開かれる生徒議会に出席する訳だ。
これは……使わない手はない!!
激はダン!と机に手をついて現郎に迫る。
「現郎!!生徒議会に出れんのは各委員会委員長だよな!?」
「そーだぜー……って、オメーまさか……」
とてつもない危惧を抱く現郎の前で、激は邪な含み笑いを浮かべた。
そーして来年度、激は風紀委員長になった。
そうなるまで激がどんな行動を取ったのか……それは誰にも解らないと言う……
で、ようやく二人は出会った。
そして現在に至る。
「頼むからぁぁぁぁ!お願い!!仕事変わって!」
「嫌だ」
激の必死のお願いはたった3文字で潰えた。
「酷ぇ……!友人の一年越しの想いが実を結ぼうとしているっつーのになんて冷たいんだ!!」
「そーゆー事をほいほい請け負うのは個人的に友情ではないと思う」
倫理的かつ道徳的な事を言われてしまった。
いやしかし、爆とデートする為にはえた非人にでもなってやろーじゃないか!!
なおも食い下がろうとする激に、現郎は核心に触れた。
「だいたいよー、爆は生徒会なんだから納涼祭の事も知ってるだろ?今は気づいてねーだろーけど。
そんな状況で出かけてみろ。仕事サボったってのがまる解りじゃねーか。爆は人生舐めたヤツには厳しいぜ?」
「あぅ…………」
ついにぐぅの音も出なくなった激は、がっくりと項垂れた。さながらラウンドの終了したボクサー(敗者)である。
外は、まだ雨だった。