school skeleton



 本格的に梅雨の時期に入った。
 外の雨が室内にまで入り込んだように何処か陰湿さが漂う。
 普段は底抜けに明るい(ただ単に楽観的だという意見もある)ピンクもまた、いつもの張りが無い。。
 が、それは決してこの気候のせいではないのだ。
「爆……沈んでいるわね……」
 爆は放課中にも関らず、一番窓際の自分の席で窓に当たり下に流れる雨垂れをぼぉっと見ていた。
 ピンクの声にカイが答える。
「実はまだ予算の書類を出していない人がいるんですよ」
「ええ!?だってお金が配賦されるのって来週の中ごろでしょ!?それに金額出してもそれではい、って配れるものでもないんじゃない?」
「はい。そうなんです……」
 カイの長い耳がペションと垂れる。親友が窮地に立たされているのに、何も手伝えないその無力さに。
 ピンクもまたもどかしさに悩んだ。ここで自分が手伝うと言い出した所で爆がそれを甘受するとは思えないし、爆の方から言い出すなんてもっと在り得ない事だ。
(でも、無茶して倒れたりなんかしたら、絶対無理矢理手伝ってやるんだからね!)
 そんな自分の考えをを聞いた爆が、まるで居直り強盗みたいだな、と言うのを思い描き、ピンクはほんの少し笑った。

 と、自分の身をとても案じてくれる友人に恵まれ、爆はとても幸せである。
 しかし。
 違うのだ。
 確かに未だ書類を提出しないヤツがいるのは困った事だが、そんなのはピンチの内には入らない。
 何より問題なのはというと。

 それが終わったらさー、俺とデートしよ♪

 忘れたフロッピーを届けて貰い、何か礼を、と言った所、こんなとんでもない申し出が返ってきてしまったのだ。
 考えただけで頭上に鉄アレイを乗せてる気分だ。
 それを少しでも吐き出せればいい、と溜息をつく爆の横で雨が降っていた。

(……そもそもオレとデートなんてどういう了見なんだか……)
 どうせ一緒に居てもどつかれるだけだというのに理解不能だ。
「爆ー」
「うわ!急に出てくるな!」
「……別に気配隠した訳じゃねーんだけど……」
 丁度その本人の事を考えていたので驚きも一入だ。
「それよか何処行くの?オメーがこっちに来るなんて珍しいな」
 この学校は学年別に錬が分かれている。
「書類を出していない最後のヤツから引っ手繰りに来たんだ。それがあればもう片付いたも同然なんだが……」
「そーゆー事なら俺も行く」
 嬉々として爆の後をつく激。
「来ないでもいい」
「いや、だって何せ俺のデー……」
 ガッ!と爆の手が激の口を捉えた。
「……一度約束した事からちゃんと付き合う……
 だがな、他人には決してその事言うなよ!」
「わひゃっひゃ(解った)」
 爆に口を押さえられたまま頷く。
「……所で、その最後の一人ってのはどいつだ?」
 激がそう尋ねると爆は何故かげんなりとした。
「……貴様も知ってるヤツだ……」
「?」
 誰だろう、と考えを巡らす。
「雹だ」
「――爆、書類は俺がちゃんと奪還してくるから、オメーは部屋へ戻れ」
 雹の名前をきいた途端、やけに神妙な顔つきになった。
「何をアホな事を……」
 爆が激の言葉に呆れたその時。
「爆くぅぅぅぅぅぅん!」
 ドッと爆に掛かる重力が増した。
「ひょ……ッ!」
「あぁん、会いたかったぁぁぁぁvvvでも会いに行くと爆くん怒るし……」
 前につんのめった爆だが、すぐに抱かかえられ今度は反るような体制になる。いずれにせよ苦しい。
「でぇぇぇぇいい!離せぇぇぇぇぇぇ!!」
「うん、解った。でもあと少し体温を感じてから……v」
「今すぐ離せ!!」
 ジタバタ暴れるが、後ろから抱かかえられてるため、今いち反撃が攻撃力に欠ける。
 そんな二人を激が強制的に接がした。
「激!邪魔する気か!?」
 直ぐに怒りを露にする雹。
「校内の規律を守るのも風紀委員の一環だからなー、暴行を加えられている生徒を救出するのは当然だろ」
 激は何気に目が笑っていなかった。
「暴行じゃないよ!愛を深めていたんだ!!」
「受ける側の問題だっつーの」
「って、あぁ!テメー爆くんに近寄るなぁ!」
「近寄れなきゃ守れねーだろぉが!」
「えぇい貴様ら喧しいわぁ!」
 流れるような動作で二人に蹴りを食らわす爆。
「俺は別に貴様何ぞに守って欲しくないわ!」
「本当だよね」
 腕を組んで頷く雹。
「そういう雹もとっとと書類出せ!冗談抜きで貴様だけだ出してないのは!」
 憤慨する爆に雹は何故か楽しそうだ。
「爆くんは怒った顔も可愛いなぁ。ホラ、書類だよ」
 と言ってB5の紙を提示する。
「あるなら素直に出せ……」
 大した事なんかしてないのに何故か疲れた。
「あげてもいいけど……条件があるなぁ」
「何だと?」
 爆は嫌な予感の赴くまま眉を顰めた。そんな爆にでも雹は笑顔を作りながら、
「僕と付き合ってv」
 とかほざいた。
 ……………
『……ンなぁにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!??』
 二人の大絶叫が綺麗にハモッた。
「……ってどうして貴様まで叫ぶんだ」
 爆が言うと、激は後頭部を掻きながら言った。
「つい、ノリで」
「?」
 納得は出来なかったが今考えるべきは雹である。
「一体何を考えているんだ?貴様は」
「だって……爆くん僕が必死になって想いを伝えようとしても聞いてくれないし……」
 確かに爆は聞いていないが、雹がそれで告白する事を止めたかというと全く無い。
「だから、強硬手段に出る事にしたんだ」
 強硬過ぎる。
「……出さなければ貴様の所の予算が無くなるだけだぞ」
「爆くん、口ではそう言ってもやる訳が無いんだよねv」
 く、はやりダメだったか。爆は臍を噛んだ。
「別にキスしたりしようって訳じゃないんだよ。休みの日に一緒に何処かへ出掛けたり、電話して話したりするのでいいんだ」
「う〜……」
 それだけでもちょっと嫌なのだが。しかし……最低でも今週中に計算をしなければいい加減間に合わない。初めて仰せ付かった仕事だ。悪魔に魂売ってでも仕上げたい。
「それくらいなら……」
 爆は魂を悪魔に売る事にした。雹の顔が輝く。
 しかしその時。
あ――――――――――!!
 激が何の脈絡も無く大声を張り上げる。さしもの雹と爆も驚いた。
 その隙を狙い――激は雹の手から書類を引っ手繰り、爆を脇に抱えてその場から走り去る!!
「書類、確かに受理致しました〜〜〜〜♪」
 走りながらの声に、雹が我に返る。
「あ!テメー!激!爆くぅぅぅぅぅぅぅぅん!カムバ―――――ック!!」
 爆に向けた手は虚空だけを掴んだ。
 その傍らでは「廊下を走らない」のポスターが張ってあった。

「うし!ここまでくりゃいいよな」
 生徒会までなだれ込んだ激と爆。
 しかし念の為に鍵はかけておこう。でも本気の雹にそんなものは通用するとは思えないが、やっておくのにした事はない。
「激ー……」
 憮然とした声が……思いっきり至近距離で聴こえた。爆を抱えたままだった。
「悪ィ悪ィ。気づかなかった」
「気づかないのにも程があるぞ……」
 スタ!と不自然な体制にも関らず、綺麗に地面に降りる爆。
「それにしてもオメー軽いなー。メシ食ってるか?」
「朝もちゃんと食って来てる。いらん心配するな」
 爆がそう言うと、激は何やら言い返したかったらしいのだが……やっぱり口を噤んだ。
 爆が問いただす前に激が言う。
「ホラ、早くこれやっちまえよ」
 爆を抱えていたのと反対の手に持っていた書類を渡す。
「じゃ、俺は帰っから。さよ〜なら〜」
「ちょっと待て」
 そのまま爆の声を聴こえなかった事にして、室内を出ればよかったのだが……自分が鍵をしていたので開けるのにタイムラグが生じてしまった。これで帰るのは不自然だ。
「な……何……」
 恐る恐る振り返ると爆はキっときつめの視線を向けていた。
(あああああ!爆やっぱ怒った!?)
 何せ小脇に抱えて攫ったのだ。爆の意思を無視して。
 鏡を見ている蝦蟇のようにだらだら汗を流す激の前で、爆はなんと。
 ふっと顔を緩め――笑い出した。声も出して。
 予想外のリアクションに激の顔がほえ、となる。爆はそれを見てさらに笑う。
「全く……貴様はあんな事……」
 その笑い方は何処か大人びて、しかし浮かぶ表情はあまりにも幼い。
 それから程なくして、爆の笑い声に激の声も混ざった。

「結局手伝わしてしまったな……」
「いいって。俺暇だし」
 昇降口は各校舎に設置されているので爆とはここでお別れだ。
「雨、降っているな……」
「まぁ、梅雨だしな」
 爆の呟きに激が応える。
「……室内」
「?」
「室内、だな。行くとしたら」
「何処に?」
 激はいまいち話が見えてこない。すると爆が照れているのを隠して、少し怒った表情で言う。
「だから、貴様がデートとかほざくヤツだ!折角だからな、濡れるのは嫌だ」
 一方的に告げて自分のロッカーへと向かった。
 その背後でようやく飲み込めたらしい激が、解った任せとけ!と嬉しそうな声を張り上げたのを聴きながら――




つー訳で、次回はちょびっと激の方にスポット当てた話を書きたいと思いますv