school fuga,



 爆はただ今非常に不機嫌だ。
 それは何故かというと各クラスが使うだろうとめどを立てた予算計画書が。
 締め切りを過ぎた今でも出していないクラスがあるからである。
「いいか!3日後までに出さないと貴様の所の予算はさっぱり無しだ!それを踏まえてろ!!」
「そ、そんなぁ!」
「喧しい!!出していないのは貴様の所くらいだ!」
 残酷な言いつけに上級生は悲痛な叫びを上げる。それを後ろに控え、爆は脇目も降らずに歩いた……というかもはや競歩の速度だ。廊下は走っちゃいけないからね。
 たまたまそれに付き合っていたカイは足がつりそうな速度に必死に食い下がる。
「全く……今度から提出期限を守らないヤツは女生徒でも差し出させるか?」
「爆殿、江戸時代の悪徳代官じゃないんですから」
 何処まで冗談なのかいまいち掴め難い爆だった。とりあえず目は据わっている。
「さて、次は何処だ……」
 パラリ、と生徒名簿を捲る爆。それにカイが恐る恐る尋ねた。
「あの……出していないのは、あのクラスだけじゃないんですか?」
「カイ」
 自分を見た爆はいつも通りの表情である。
 なのに。
 カイはヘビの入っている箱を突付いてしまった気分がしてならなかった。
「オレは「出してないのは貴様の所”くらい”だ」と言ったんだ。貴様の所だけとは断じて言っていない」
「は、はい、そうでしたね」
 怒りの矛先が自分にむいちゃ溜まらん、と壊れた玩具のようにカクカクと首を上下に振った。

 と、いつまでも出していないクラスばかりに気を取られては仕方ない。そのクラスの予算をある程度考慮し、他のクラスの予算を計算しないと配賦日に間に合わない恐れがある。
(……で、オレがこうして計算しようとすると決まって邪魔するヤツが……)
 「それ」は足音を立てて近づいて来る。
 そして……
「爆―――――!これ今日の検挙者リスト!!」
「………………」
「あ、今オメー思いっきり邪魔なヤツが来たと思っただろ」
「……自覚があるならさっさと出て行け……」
 ドライアイスより冷たい爆の言葉でも激の姿勢は崩れない。
「何してんの……って、ああ計算してんのか」
「そうだ。だから邪魔をするな」
 完全に激に背を向け、キーボードを叩く爆。
「…………」
 激は出て行かない。かと言っていつものようにちょっかいもかけてこない。
 いつもとは違う激に、爆は少しだけ訝るが、計算する事に集中しなければ、と自分に言い聞かせる。ついでに何かしたら有無を言わさず窓から放り出そうと決めた(ちなみにここは1階だから放り出しても大丈夫)。
 そういえば……
 激とこんなに長く二人っきりになるのは珍しい。というより初めてだ。
 爆はまた何かロクでもない事を激が企んでいるのではないか、などと思っていた。
 やっと、激が口を開く。
「なぁ……手伝おうか……?」
 爆は驚いて振り返った。
 普段の激からは想像出来ない申し出だったし、何より……
 何か、違う。
 これが激の本質なのかどうかまでは解らないが。
「いや、いらん」
 それは頭の片隅に追いやり、断った。
 途端、激が忙しなくなる。
「あ……俺去年現郎の手伝ったから、少しは勝手を知ってるし……足手まといには……」
 ならないから、と懇願する。
 爆はあからさまに怪しい行動と言動に眉を顰めた。
「……何でそんなに手伝いたいんだ?」
 余程のお人よしでもなければ、こんな面倒くさい事を手伝おうなどとは言い出さないだろう。
 ……自分と大して親しくも無いのに。
(……?)
 自分で思った事ながら、爆は何か違和感というか、引っ掛かったものを感じた。ただ、それはとても微量で自覚しようとする側から自分の中から抜け落ちてしまったが。
「……それは……だな……」
 視線を何処かにやり、後頭部に手を当てる。
 暫くの間を置いて、そして―――
「―――……」
『最終下校時刻となりました。校内にいる生徒は速やかに下校して下さい。最終下校時刻に……』
 激が言おうとする前に放送が流れたのか、それとも被ってしまったのか。
 いずれにせよ、爆の耳にまで届かなかった。
 爆はパソコンを終了させた。
「……オレはもう帰る。貴様も帰れ」
「……あぁ、さよなら」
 落胆したような激に見送られながら、爆は手早く身支度を整え生徒会室を後にした。

(……さっきの激、少しおかしい……というか何というか……)
 自分に飛びついたりしなかったしふざけた事もしなかった……ってそれが常人なのだが。
 いつもあんなのだったら自分も蹴ったり殴ったりしないのに。
(それも何処か寂しいような……ってそ、そんな訳あるか!!)
 無意識でも……いや無意識だからこそ、そう思ってしまったのがとても許せなくて、色を変え始めた空の下を足早に過ぎ去った。

 最終下校時刻を放送で告げられたにも関らず、激は生徒会のやけに立派な机に失礼にも腰掛けていた。
 そして顎杖ついてボーッとしていた。
 それでもそろそろ教師が巡回に回って来るので帰らなければならないのだが。
 さすがに強制的に帰えされるのは快くは思わない。
(仕方ねぇ……帰るか)
 はぁーあと重い溜息をついて、椅子にかけてあった上着を着込み……
(ん……?)
 「それ」に気づいた。

 家に帰った爆はさっそく自分のパソコンを立ち上げ、計算の続きをしようとした……が。
「…………」
 鞄を弄っていた爆は手を突っ込んだまま、ザッと顔を青くした。
(フロッピーが……無い……)
 ひっくり返して中身をぶちまけてみたが、やはり無かった。
 そういえば帰る時に少し慌てて身支度したので、フロッピーを出したかどうかの記憶が曖昧だ。という事はそのまま置いて来てしまったのだろう。
 取りに戻りたい所だが、門が開いているか怪しい所だ。しかし、少しでも早く仕上げたい爆としては開いているかもしれない可能性がある以上行かなければならない。
 すっかり日も落ちたので上着を着なければ肌寒い。クローゼットから取り出す時、玄関のチャイムが鳴った。
(こんな時に……)
 苛立たしさも絶頂である。それでも乱暴にならないよう、心がけながらドアを開けると……
「激……!」
「こんちわ。ん?こんばんわの方がいいのか?」
「そんな事はどうでもいい!(確かに)何をしに来たんだ!?」
「いやー、お前コレ忘れただろ?」
 上着の中の胸ポケットに手を突っ込み、取り出したのは――フロッピー。
 ポンと爆の手の上に置かれた。
「そんだけ」
「…………」
 何か、言うべきなんだろうけど……
 何を言えばいいんだろう……
 爆があぐねいていると激が素っ気無く挨拶をし、玄関から出ようとした。
「激!」
 半ば反射的に呼び止めた。
「ん?」
「……あ……ありがとう……」
 ……違う。これも言わなくちゃならないけど……言いたいのはこれだけじゃない。
「どういたしまして」
 激はシニカルに笑う。いつもみたいに。
「……上がって行くか?茶ぐらいなら出すぞ」
「うんにゃ。嬉しいけど、それ早く仕上げたいんだろ?」
「けど、何か礼ぐらい……オレは貸し借りをほったらかすのは嫌いだ」
「相変わらず真面目だなー。別にいいよ。大した事でもなし」
「だから、そういうのが嫌だと言っているんだ!」
 思わず強くなった口調に、激が吹き出した。居心地が悪そうに爆は頬を紅潮させる。
「そんなに言うんだったら……そうだなぁ……」
 しばらく激は考えてから、爆に告げた。

 しまった!オレとした事がとんだ失敗を!!
 フロッピーを持ったまま、爆は後悔の嵐の中に佇んだ。
 いくらいつもと何かが違おうが、激は激なのだ。絆されるべきではなかったと、爆は改めて思い知らされた。
(あんな約束……どうするんだぁぁぁぁぁぁ!!)
 激は爆にこう言ったのだ。


 それが終わってからさ

 俺と、デートしよ♪