school overture,


 毎月第2と第4金曜日は次の日が休業土曜日という事もあって、定例の生徒役員会議がある。今年度会計に任命された爆にとって、初めての会議だ。
 緊張と、それを上回る自信を湛え、意気揚々と会議室のドアを開ける。
 と、その顔が途端に歪む。
 気合を入れる為に大分早く来たのだが、先客がいた。しかも、その人物が人物だ。
 ファッションの為の色つき眼鏡を掛けて、チェーンの飾りが付いたズボンのポケットに手を突っ込み、柱に凭れ掛かりイヤホンで何かを聴いている。
 目に入った一瞬だけでもざっと3つは規則違反を犯している。そもそもドアには関係者立ち入り禁止という張り紙があるといのに。
 大方、ここは冷暖房も完備された部屋だから勝手に休んでいるのだろう。
「おい、貴様。今から会議が始まるんだ。関係ないヤツはさっさと出て行け。ここには風紀委員長も来るんだぞ」
 爆は別に目の前にいるヤツを庇おうなんてこれっぽっちも思っていなく、こんな事で会議の進行を妨げられて欲しくなかったのだ。
 でもこんな不届き者、早く取り締まったほうがいいだろうか……と爆が思考を巡らせていると、目の前の人物は唐突に手を上げた。そう、授業中発言するみたいに。
「……?」
 訝る爆の顔に、愉快そうな笑みを浮かべる。
「ハイ。俺が風紀委員長の激です。生徒役員様様♪」
 ――この時、爆は――
 意識が暗転するというのを生まれて初めて体験したという……

 とにかく、これが激と爆の初顔合わせ。
 生憎第一印象はお世辞にもあまりいいとは言えなかった(特に爆が激に対して)。

 さて。

「激―――――!!」
 その音量に木にとまっていた鳥達が枝から思わず羽ばたいて大空へ舞ってしまいそうな大声で呼ばれても、激はその表情を崩す事は無かった。
 いやむしろそうなる事を予測――否、そうなって当然、といった具合に。
「多分朝一番に、こんなデケー声で呼ばれるのって、俺ぐらいなもんだよな。
 で、今日は何なんだ、爆?」
 これは本当に見当がついていないのではなく、自覚しての上である。
 それが痛い程解っている爆は、怒りも露に激に近づく。
「何なんだ、じゃないだろうが!貴様、耳に何をつけている!?」
「何って……ピアスだけど?」
 味も素っ気もない単品のシルバーのピアスだが、却って激によく似合っていた。
「そんなもの耳にしてきていいと思っているのか!!」
「んな事言ったって、ピアスは耳にするのが普通だろ?リングを耳につけて来たらそれは俺もおかしいと思うけどよ、耳にピアスして何がいけねーんだ?」
 しれっとと言う激の言い分(明らかに詭弁だ)に後ろを通り縋っていく生徒数人がクスクスと笑う。
「……貴様というヤツはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
 生徒手帳11ページの”生活の規律”の項目ていの一番に”化粧、及び装飾品の類は一切禁止する”という項があるのを知らんのか!!」
「へーそうなんだー。いやー、為になるなー」
「アホ―――――!」
 ゴグギュリィィィィ!!
 左足を支点とした爆の回し蹴りが激に炸裂する。
「貴様はそれでも風紀委員長か!さっさと引退して誰かに譲れ!!」
「おいおい、委員の交代は特別な理由が無い限り、4月の生徒役員選挙以外の交代は認めてねーんだろ?」
「安心しろ。貴様の場合に限り理由の有無は免除してやる。むしろ必要ならオレが作る」
 爆の目は怖いくらい本気だ。
「ところで」
 真っ向から睨む爆の視線に臆する事も無く、激は言う。
「そろそろ朝のショートタイムの時間じゃね?遅刻するぜ、生徒会最少年役員書記様」
「……言われんでも解ってる!」
 と、同時に流れたキーンコーンという鐘の音は、さながら二人のラウンドの終了を知らせる合図にもなっていた。

 放課後。第2生徒指導室は風紀委員会の部屋でもある。ちなみに第1は教師が使う。
「なぁ〜んか、今日の爆はいつもと違ったなぁ」
 机の上に脚を乗っけて椅子を行儀悪くきこきこ前後に揺さぶる激だ。
「違うって……?」
 意味を掴みあぐねた乱丸が、独り言のように漏らす。
「ああ、何て言うか爆の声に何時もの張りが無かった」
「そりゃそうですよ。今爆殿は大変何ですから」
 本日の朝の点検で見事検挙されてしまった人たちの名簿を作りながらカイが言う。無論これは本当なら委員長である激の仕事なのだが。
「んー?会計が必要な行事って……何かあるか?」
 今は6月。学校のイベントも無ければ国の祝日もない寂しい月だ。
「今はないですけど、これから学園最大の行事が待ってるじゃないですか」
 そう言われてようやく思い当たった。
 学園ぐるみの最大の行事。それは学園際だ。学園際は確かに秋にやるものだが、秋に開催するには夏の間に準備をしなければならない。
 と、いう事は準備の為の準備……つまり、各部やクラス模擬店に必要な経費の計算に爆は襲われている訳だ。
「これがまた大変何だよなぁ。全体に支給される学費を踏まえて、各部の前年度に使われた経費を鑑みながら比率を求めて計算しなきゃなんねーんだもんなぁ。しかも皆が皆、期日までに仮予算案を提出してくれる訳でもねーし。下手すりゃ徹夜するぜ」
「師匠、詳しいですねぇ」
 大雑把さが目立つ激の意外な一面にカイは目を丸くする。
「おう。現郎が書記だった時、没収されたMD返してやるからって強制的に手伝わされたんだ。あん時俺は思ったね、この先、名詞折り曲げたり牛肉の産地偽装はしても書記にはなるめぇと!!」
 拳握りながら言う台詞ではない……とカイも乱丸も思った。
「兎に角、ですから爆殿をからかって遊ぶのは控えて下さいよ」
「え〜〜〜〜」
「って、何でそこで不服そうな顔をするんですか!」
 まるで自分が理不尽な事を言ったような扱いに純粋に腹を立てた。
「う〜ん……でも爆に嫌われたくねーしなぁ……仕方ねぇ、我慢するか」
 我慢しなくても十分爆に嫌われていると思うが。乱丸は心の中でだけ呟いた。
「師匠、出来ました」
 黙々と作り続けた甲斐があって名簿は立派に完成した。
「お疲れー。じゃ、出してくるからオメーら帰っていいぜ」
 激は名簿とか事務的な事はとことんやらない人間だが、生徒会へ提出するのだけは自分で率先してやっている。
 言うまでもないが生徒会室には爆がいるからだ。
 その事実を知っているカイと乱丸は顔を見合わせてはぁ、と溜息をついた。
(からかうなって言っても……絶対止めないだろうなぁ……)
 と、思いながら。

 激を四文字熟語で言い表すのなら。
(「奇々怪々」「奇想天外」「神出鬼没」……もっと他にいいのはないか……)
 何故爆がこんな事考えているかというと、もうすぐ当の本人が名簿を持って来るからである。
(全く……あんなのが風紀委員会で……しかも委員長だなんて、世も末だな)
 自分が楽しむ為には校則なんか二の次で、破っていない規則の方を数える方が断然に早いという勢いだ。
 そんな激が何故風紀委員長に、そもそも風紀委員会に入ったのか甚だ疑問である。
 しかし政治家が賄賂関係の汚職事件をしている限り、強ちまるで解らないという訳でもない。
 それはそうと。これを早く仕上げなければ。
 そう、仕上げるのに早いに越した事はないのだが……いかんせん予算の仮申請を出してくれない部が……たくさん……
 これでは計算の割り出しようがない。
(任された初仕事なのに……)
 気合が空回りしている気分だ。いや、そうなのだろう。
 と、爆がアンニュイになっている時。
「爆ー♪遊びに来たぜー♪」
「来るな!名簿出してとっとと帰れぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
 スパカァァァァァァァァン!!
 扉が開くのと同時に、爆は側にあったペンケースを激に向けて投げ放った。
 激と爆の毎日は、おおよそこんな感じであった――


今回は最初なので、二人の出会いと日常風景のダイジェスト(笑)
次からは何かが起こる……だろう、きっと。