秋になった。
彩りの季節から実りの時期となった。意識して見れば、風は冷たさも増したし、空の青は遠ざかったように思える。鳥の声も虫の声も、いつの間にかがらりと変わっている。
だというのに。
「現郎。オイ、現郎!」
ソファの上で、涎をたらしてないのが不思議なくらいだらしない寝相で現郎が寝こけている。その現郎を、爆は揺り起こした。
「あぁ〜?もうメシか?」
起き上がりもせずに言う。
「ボケた事言ってるんじゃない。貴様、そんな格好で寒くないのか」
天気は生憎の曇り。秋は冬の一歩手前なのだという、そんな当たり前の事を思い知らされるような気温なのだが、現郎は一ヶ月前と同じ格好をしている。Tシャツに、デニムのズボン。
「……寒い?」
寝惚けているのか本気なのか、爆の言っている意味を掴みかねている。
「もう10月だぞ。夏の格好していて、寒くないのか」
爆は七分袖の上に半袖のパーカーを重ね着している。
「10月」
現郎の目がほんの少し開く。
「そーか。どうりで最近、寝つきがちょっと悪いと思った」
身体が冷えるから、中々眠れなったようだ。ぽりぽり頭を掻きながら、しれっと言う。これが現郎の素なのだから、始末に終えない。
「だから、冬の服出すぞ。ほら、立て」
現郎の腕を掴んで、ぐぃーっと引っ張る。爆は、幼い頃体験したサツマイモ掘りを思い出した。
現郎の趣味と生き甲斐と使命は睡眠である。本人に言わせると、心地よい睡眠の研究と実験と追求らしいが、結果的には何も変わらない。そして、そんな現郎の口からはファッションセンスやコーディネイトという言葉は出てこない。大抵、誰かが(主に爆だが)これを着ろ、と言わないと2,3着をローテーションしている。現郎の持っている服が少ないのは、必然と言えよう。
「まぁ、衣替えは簡単でいいがな」
現郎の秋・冬服を出し終えたのは、爆が現郎を無理やり立たせてから僅か10分の事だ。現郎自身も、身体にフィットした素材の長袖を着ている。身体の線がはっきりとし、現郎がその辺に転がる生活習慣病予備軍とは程遠い体躯の持ち主だという事がよく解る。
「あー、あったけぇー」
現郎は間延びした発音で言う。もっと感動して言えばいいのに、と爆は思った。
「本当に貴様は寝る事しかしないな。その気になれば冬眠も出来るんじゃないか?」
「いや、やっぱあれは人間には向かないみてぇだ」
その言葉にはただの一般論や推定だけとは思えない説得力があったので、さてはこいつ、試したな、と爆は確信した。
「全く、オレが居なかったらどうするつもりだんだか」
「その時は……適当にしてるさ」
ぽつり、と呟くように現郎が言う。爆は現郎の方を向いたが、現郎は爆を見ないようにしていた。
爆はその横顔をじ、と見て。
「馬鹿だな。貴様なんかが適当にやってて、ちゃんと生活出来る筈ないだろう。
オレはこれからミルクティーを飲むつもりだが、現郎、お前はどうする?」
「飲む」
「解った」
爆は食器を収めている戸棚の前に立ち、淹れるカップを選んだ。水色のギンガムチェックと、ラピス・ラズリを連想させるような深い青色のマグカップ。紅茶のカップは、水色を楽しむ為に淡い色のを選ぶのが鉄則だが、ミルクティーなら構わないと爆は思う。紺色に包まれたセピア色の紅茶は、何か懐かしい光景を見せてくれそうな気がする。
お茶請けは何にしようか、と考えると、いつの間にか隣に居た現郎が、ごそごそとクッキーを取り出している。
解り易いヤツ、と爆は可笑しくなった。
熱いミルクティーをたっぷり淹れたマグカップを持ち歩いたら、湯気がはっきり見えた。秋は気をつけないと、すぐに冬になってしまう。
それを現郎に気づかせてやるのは、実は爆の楽しみのひとつだ。
<おわり>
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