普段岩山に囲まれた環境に居るせいか、カイは海辺に来るとどうもハイになってしまう。
ましてや今は、クリスマスというイベントを控え、街は一層賑わっているのだから、その空気が伝染してしまう。横に居る爆は、至っていつも通りにしているので、視線を忙しなく移動させるカイの挙動が一層目立つ。
「おい、キョロキョロし過ぎだぞ」
見かねた爆が言ってみるが、カイは治まりそうもなさそうだった。
「いえ、だってどの品取って見ても、初めて見る物ですから……あ、ほら爆殿、このツリーのオーナメントに貝殻のがありますよ!」
凄いですね!とそれを掲げて見せてくれるカイに、一瞬爆はこいつは自分より年上だった筈だ、と本気で思い返していた。
この街に長いする予定ではなかったのだが、それも怪しくなってきたな、と爆が考え初めた頃、それを決定させるものがやって来た。
「爆!爆やないの〜!」
特徴あるその口調は、かつてこの国のGCだった者だ。
「ルーシー」
これはまた面倒なのが出た、という心境を如実に表した口調と表情だったが、それにめげるルーシーではない。
「もー、来るなら一言声かけたって、っていっつも言うてるやないか!水臭いな!」
ルーシーば爆に寄るなり、ぷりぷり怒った。爆の素っ気無い態度にめげないルーシーだが、爆もそんなルーシーの攻撃をものともしなかった。ガトリング砲並みに次々と発せられる言葉の数を、右から左にあっさり聞き流している。
「ルーシー殿、お久しぶりです」
カイがやや遅れながらも挨拶した。
「あぁ、お久。……アンタ、まだ爆と一緒に旅してんの?」
「え、えぇ、まぁ」
「……ふぅ〜ん………」
ルーシーのねっとりした言葉に、カイは引き攣った笑顔で返事した。もし、今夜カイが死体となってこの地に倒れてたら、犯人は間違いなくルーシーだろう。
ルーシーはくるっと向きを変えて爆に向き直った。
「なぁ、爆、今夜ウチの寄り合いに来おへん?航海の都合で、今日クリスマスパーティーおっ始めようヤツらがおるんや。ウチが主催でな、人数集めたいんや」
「オレには関係ない話だな」
爆はにべもなくそう答え、カイを引き連れて歩き出そうとした。
「ご馳走仰山出るで」
「仕方無い、顔くらい出してやるか」
すぐさま回る右をした爆に、本当にこの人は金じゃ動かないけどプライドと食欲に忠実だなぁ、と思った。
案内されたのは、波止場近くの宿屋だった。表に「今夜貸切」と看板が出ていた。
ドアを開け、中を見ればまさに宴も酣と言った具合だった。人数集めたいから、と言って爆を誘ったが、それは多分ただの口実に過ぎなかったんだろう。所狭しと並べられた料理にふさわしい人数が、すでに其処に居た。酔いつぶれ、寝転がっている者すら居た。
「爆v遠慮せんといて食べてやv」
「勿論そのつもりだ」
爆殿、そんなセリフは堂々と言うべきではないと思いますよ……
そんな事を思っているが、ついさっきまで爆よりはしゃいでいたのはむしろカイだ。
「なぁ、爆、肉と魚どっちがえぇ?酒もあるで?」
「オレはまだ未成年だ」
爆は少しむっつりして言った。この場ではおそらく最年少なのを気にしたのだろう。
ルーシーはおそらく、そのままべったり爆についているつもりだったのだろうが、そうは問屋が下ろさなかった。
「ルーシー!ちょっとこっち来いよ!」
「えぇー?今ウチ、ダーリンと短い逢引楽しんどるやで!?」
なんて事を言うんだ、と2人同時に思ったが、
「ハハハハ!なんだ、お前までもう酔ったか!」
なんて笑い飛ばされていた。それはそれで安心したのだが(特にカイが)そんな風に思われているルーシーの普段が気になった。
ルーシーを遠くで呼んだ男性は、別の男性の首をホールドして捉えていた。
「こいつがな、今度結婚するんだと!一緒に祝ってやろーぜ!」
「ぬぁにぃぃぃぃぃぃ!!?ウチはまだ既成事実すら成り立たせとらんつーのに……許せん!
爆!ウチは行くけど、好きにしといてや!文句言うヤツが居たらウチが二度とそんな真似させんようにしたる!」
なんて好き勝手言って、ルーシーは駆け出した。
だからどうしてこの人達はそんなセリフを堂々言ってしまうんだろうか。そして、ルーシーに「祝われる」その男性にそっとカイが合掌した。
さて、ルーシーが行ってしまった事で、完全にアウェイ(いや、敵地ではないけど)になってしまった2人は途方に暮れた……訳でも無く、マイペースに立食パーティー方式となっている会場で、勝手にご馳走をあさっていた。
バランス良く食べようとしているのだろうけど、結局肉類ばかり多く取っている爆を見て、カイはなんだか微笑ましく思った。
そんな時。
「爆?やっぱり、爆じゃねぇか!」
その声は、勿論ルーシーではなかった。カイより少し年下の、つまり爆と同じくらいの少年だった。と、いう事はかつての爆のクラスメイトだったんだろう。多分この予想は間違ってはいない。
相手の少年はよく言えば親しい、悪く言えば馴れ馴れしい態度で寄ってきた。
「なんだよ、どうしてお前も此処に居るんだよ?まさか、俺と同じで航海士になりたいとか?」
「……………」
爆はそっちを見ようともせず、そっぽを向いたままだった。
自分が居たのでは話にくいのだろうか、と思ったカイはさりげなくを装って、距離を取った。
(そう言えば……爆殿は、GCになるまでは学校で通っていたんですよね)
話にはそれなりに聞いていたが、実際目の当りにするとまた違うものを抱く。何せ自分の知っている爆は、とても学校なんていう狭い世界に収まりきれるような者とは思えないからだ。なので、言っては悪いが、爆の通っていた学校が破壊してないのは奇跡ではないだろうか、とうっかり失礼な事すら思ってしまった。
-----ガッシャァァァァン!!!
そんなカイの思考を遮るように、大きな物音が響く。
テーブルが倒れた音だ。
何だ、とカイがそっちへ向く前に、いきなり後方へぐぃっと引っ張られた。
「へ? え?」
「ぼけっとするな、逃げるぞ」
声の主と自分を引っ張っているのは爆だった。
「え、ちょ、ちょっと爆殿!?」
「いいから早くしろ!」
爆が丁度言った時、店の外に出た。
「……よし、此処まで来れば追っても来ないだろう」
TKと指名手配された時のようなセリフを、また聞く羽目になるとは。
街の外れまで来たカイは、そんな事をふと思った。
「……で、爆殿?どうしたんですか?」
爆に吊られるように、なんとなく一緒になって走ってしまったが、理由はさっぱりだった。
「まぁ、なんと言うか離せば長い話なんだがな」
と、爆は前置きした。
「あいつが腹立つ事言ったから殴り倒した」
「爆殿、一言で済みましたよ……って、何ですってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?」
驚くよりツッコミを先にしたのは彼の悲しい性だろう。
「ど、どうしてそんな事を!」
「人の話を聞いていなかったのか。向こうが気に入らん事を言ったからだ」
「だからと言って、暴力に出てどうするんですか!」
「つい、反射的に手が出たまでだ」
「つい、って……」
しれっと言う爆に、何となく脱力してしまうが、力を抜かしている場合ではない。
「行きましょう、爆殿」
「何処へ」
「戻るんですよ!このままでいいと思ってるんですか?」
「勿論、オレだって後悔はしている」
爆が素直に認めたので、カイはあれっとなった。
「こうなるのだったら、もう少し腹に詰めておけばよかった。結構美味かったしな」
ずべしゃぁ!とカイはその場でコケた。
「ば、爆殿、あのですねー、」
「しかし抜かりもないぞ。持ってこれるものは持ってこれた。ロブスターはさすがに手が回らなかったがな……」
悔しそうに爆はそう言い、戦利品の詰めた袋を服の下からごそっと出した。その袋は結構な膨らみがあったのだが、ついさっきまでの爆の服の下にとてもそんな物が入っていたとは思えないのだが、まぁこのくらいの不思議は世界の何処にでもあるから、ほっとくとして。
「ほら、このバケットにチーズとサラミを挟めば、サンドウィッチになるぞ」
「いや、爆殿、」
「安心しろ、貴様の分もある」
「爆殿!」
と、カイは大きな声で爆のセリフを止めた。
「向うに非があるとしても、殴ってそのまま逃げ去るなんて、以ての外です。それに、ルーシー殿の面目も潰れてしまいますよ?」
「…………」
カイの言う事は全部正論なので、爆は沈黙を通した。
「爆殿」
少し強い調子でカイは言った。
「向うは、何て言って来たんですか?」
爆は解らない人物ではない。それどころか、むしろ聡い部類に入る。そう、自分よりも遥かに。
そんな爆がこんな真似をしたのだ。余程酷い事を言ったのだと思うが。
「言いたくない」
きっぱりとした口調で言った。
「爆殿」
「言わんと言ったら、言わん。それに、あそこにも戻らない」
そう言いきった爆には、自分の考えを撤回しないいつもの強い光があった。カイはそんな爆の眼が好きなのだが、この時ばかりはそうもいかない。
グ、と拳を握った。
「私は……戻りますよ」
「好きにすればいい」
「えぇ、そうします」
突き放すように言い、身体の向きを反転して歩き出した。
爆が考えを変えてついて来てくれはしないだろうか。爆が一度言った事を反故した事は1度も無かったが、カイは少しそんな希望を抱いてみた。元々微かしか持って居なかったそれは、街に入った時完全に消えた。
さっきと同じ街だが、その時のように心が浮き立つような気分にはなれない。店の並びから、飾りまで何まで同じだというのに。違いといえば隣に爆が居ない事だ。たった一つの決定的な事だ。
はぁ、と思わず溜息を吐いた所に、大きな声がした。
「あっ!カイ!こんな所に居たんかいな!!」
「ルーシー殿」
まさに今から赴こうと思っていた人物がやって来て、少しカイは面食らった。
「あ、あの先ほどは……」
頭を下げようとしたカイに、ルーシーは待ったをかけた。
「待ち。謝らんでもえぇ」
「へ?どういう……?」
「あれからウチも倒れたヤツに話を聞いたんや。そしたら、……あ、」
ルーシーは何かを言い掛け、しかし他の何かを思い出したように言葉を止めた。
そして、徐にカイを殴り飛ばした。
「どぅあぁぁッ!!」
ダガダーン!とカイは壁にぶつかった。
「何をなさるんですか」
イテテ、と呟きながらカイは起き上がった。ぶち当たった壁には皹が入っていたのだが、カイのリアクションはイテテだけだった。
「うっさい!今から事情聞いたら、これでも安いくらいやと思えぃ!」
「はぁ……?」
カイは訝しげに首を捻った。その顔を見て、やっぱりパンチひとつでは安いくらいだ、とルーシーは思いながらも話し始めた。
今日は隣のナイナイまで足を運ぶつもりだったのだが、この国で一夜を過ごす事にした。いつも通り、具合のよさそうな場所を探し、寝床を確保する。幸い、今日は洞窟を発見出来た。手馴れた作業で淡々と整えていく。
火を確保し、湯を沸かして紅茶を入れる。そして、さっき強奪した食料で食事を取った。もそもそと口に入れて行く。今頃、カイが着いた頃だとかは、なるべく考えないようにした。
「爆殿、」
なんてしていたら、カイが戻ってきた。
爆はそれに気にする事無く、食事をする事に没頭する。カイは無言で爆の横に座った。
「…………」
カイが何も言わないので、しばし火の爆ぜる音だけが響く。
「……何か言いたい事とか無いのか」
爆が口を開いた。相変わらず、視線は手に持った手製の即席サンドウィッチに注がれていたが。
「いえ、何も」
カイは静かに答えた。
「……そうか」
「えぇ」
返事したその顔には、笑みが広がっている。ふん、と鼻を鳴らし、最後のひと欠片を口に頬張った。
「それで、爆殿。私の分は?」
「そんなの、とっくに胃袋の中だ」
「えぇぇぇぇ!さっき私の分もあるって言ってたじゃないですか!」
「知らん。食事時に居ないという事は、それを放棄したと見做す」
「そんなぁー!じゃ、私はどうすればいいんですか!」
「それこそ知らん。さっきみたいに好き勝手すればいいだろ」
「爆殿ー!」
カイの悲痛な叫びなぞ、何処吹く風、みたいに爆は気にも留めなかった。
さて、其処から少し離れた港でルーシーは冷たい風を浴びていた。
「あーぁ、やっぱもう2,3発、ぶん殴っておくべきやった」
エネルギーの発散を求め、手を握ったり開いたりしている。
爆は、相手がカイの悪口を言ったから殴り倒したのだった。
<END>
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