ある日街の中で。
激が子供を連れてやって来た。
「…………」
出迎えた笑顔のまま、20秒ほど経った後カイは言う。
「いえ、大丈夫です師匠。これくらいで師匠を見損なう程世間知らずではありませんから、私は」
「よぉーし、お前の俺に対する何もかもが判る発言だな」
連れてきた子供は、激の後ろに隠れるように立っている。居るという事が判っても、顔は判らない。
「迷子だ、迷子。見つけてほっとく訳にもいかんから、お前に預けとくわ」
「師匠、昔よく仔犬とか拾って母親とかに怒られてたでしょう。
てか、拾った本人が面倒見てくださいよ!どうしてさも当然さもありんみたに押し付けるんですか!」
「お前が俺の弟子だからだ!」
「うわぁーなんて業だ!!!」
今更のように背負ってしまったものの重さを噛み締めるカイである。
「そういう事でよろしくだ!俺は今から骨董市に行かねばならんという使命がある!」
「あー、完全に私情ですね」
「てな訳で、はい!」
「え、えぇ?」
はい、とラグビーのボールでも渡されるみたいに手渡され、思わず受け取ってしまう。そして、激は「そいじゃ!」と去ってしまった。瞬間移動でまさに止める暇もなかった。
「…………」
うやむやの内に、結局は面倒事を押し付けられてしまったカイ。そうして、とりあえずまずした事は。
子供を下に下ろした事だった。
通りに出て、交番に預けようとしたのだが、そこでも手一杯なので暇ならば面倒を見てくれないか、と頼まれてしまった。頼まれたら嫌と言えないお人よしな性分のカイである。
そんな訳で、交番にて迷子と一緒にお留守番である。
「…………」
「…………」
しかし静かな子だ。大人しいというか。年のころは5つか4つだろうか。
自分がこのくらいの頃は、まぁ修行に明け暮れていたのだが。でもそれが無くても、毎日山の中を駆け回っているような気がする。動いてないと落ち着かないという感じだ。
とは言えこういうのは個人差というものだし、中にはじっとしている方が好きという子も居るだろう。
そうだ、爆はどうだろうか。
きっと、この子より一筋縄でいかないような子供だったのだろう。周りの大人たちの反応を勝手に想像しては、少し苦笑したりしてみた。
もしも、と思う。
もっと前に、爆と知り合えたなら。今よりもっと幼い時に出会ったとして、それでも今の関係があるだろうか。そのまま通過するだけの関係だったかもしれないし、今よりより親密だったかもしれない。在り得なかった過去の未来を想像するなんて、虚しい事この上ないが、つい思ってしまう。つまりは、ただ爆に会いたいだけの話なのだが。
机に肘をつき、ぼんやりそんな事を考えていた。ふと、おやつの時間になり、それなら与えた方がいいだろうと当人に何か希望があるか訊こうと、したのだが。
居ない。
一瞬、カイの周りの空気が固まった。これは由々しき事である、と行動を開始するのに一拍の間が開いた。
「!!!!」
ガタッ!と椅子を蹴るように立ち上がり、ドアに向かってダッシュ。そして勢いよくドアを開けると、
「ッ!でっ!!?」
その勢いのまま、ドアが閉まる。イタタタタ、と蹲っていると、
「いきなり開けるな!危ないだろうが」
って、この声は!
「!? 爆殿!?」
カイが見上げると同時に、ぼたっと鼻血が落ちた。
やはり迷子でも子供は子供である。いや、子供だから迷子なのだが。目を離した隙に何処かへ行ってしまうものだ。そう、自分もそんなだった。
その後爆と2人で見張りをし、やがて駆け込むように母親が現れた。押さえつけられるように、と言うか押し付けられて頭を下げ、男の子は母親と一緒に帰って行った。とりあえず、良かったと思う場面だ。
さて。
……えーと、
「爆殿、お久しぶりです」
「あぁ、そうだな」
迷子が居たので、そういう挨拶はまだしてなかったのだ。
「今日はどういった用事で……」
「特に用も何もないが、久しぶりにサーの飯が食いたくなったついでに、騒がしい師弟の顔でも拝もうかと思った」
「騒がし……アレは師匠が勝手に!」
「鼻はもういいのか?」
一緒にされては敵わん、と弁解しようとするカイを遮って、爆が聞いた。浄華してやるという申し出をカイは断っていた。
「あ、はい。血も止まりましたし……」
まぁ、それほどでもないし、何より見っとも無いし。
「それで、どのくらい居るつもりですか?」
「それはまだ決めてないな」
と、爆は言う。旅をするという目的はあるが、予定が詰っている訳ではない。なので、一ヶ月居る時もあれば明日にでも発ってしまう。
あっちへこっちへ、目を離した隙に自分の好きな所、行きたい所へ行ってしまう。
まるでさっきの迷子と一緒だ。
「……爆殿って、小さい頃迷子になったりとかしました?」
「なんだ、いきなりだな」
「いや、ちょっとそうかなーとか思ったんで」
「迷子になったりはしなかったが、皆がはぐれた事はよくあったな」
「……皆「が」? 皆「と」じゃないんですか?」
「違うな。周りが勝手にオレを見失ったんだ」
「……はぁ」
それってやっぱり迷子って事になるのでは……とカイは思ったが言うのは止めておいた。自分にとって良くない事が起こりそうだと直感したからだ。
そんなカイを、爆は横目でじろり、と睨み、
「何か言いたい事でもあるのか」
「い、いえ」
首と手を振るカイ。ふん、と爆は鼻を鳴らして前を向いた。真っ直ぐ。
あぁ、そうだ。爆は道でない所をいつも歩いているのだから、傍から見れば迷子に思えるのかもしれないな。
そしてそんな自分も、爆の事を思っては、気持ちがあっちへふらふらこっちへふらふら。
まるで迷子。
でも、当人にとっては-----
「待っててくださいね、爆殿」
「なんだいきなり」
「また、以前のように一緒に旅をしましょうね」
道には迷う。でも目的地は違えない。
辿り着くのは、やれるものならやってみろ、と不敵な笑顔のすぐ後ろ。
<おわり>
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