激がちょっとぶりに家に帰ると、カイが珍しく椅子に座っていて(大抵修行しているか、遠い村まで人に頼まれて使いに行っている)目の前には黄色い小山が出来ている。
なんだろう、と思うままに遠慮も礼儀もなく、ひょいっとそれを摘み上げる。
「あ!?……て師匠?」
「あぁ、栗か」
「あぁ栗か、じゃないですよ!また唐突に居なくなって!行くなとは言いませんから、せめて何処にどのくらい留守するとかを……」
「しかし大量だな。どうした、これ?」
もはや悪癖とすら呼べる激の放浪癖は今に始まった事ではないし、注意しても無かったが如くに聞き流されるのもいつもの事だ。でも、言わずには居れないのだ。自分が悪いわけではないのに、激が居ないと知って落胆する客人に、平謝りする時なんか、特に。
まぁくどいようだが、自分が言って止めるようならとっくに、というかそもそも聞く人ではない。
これが爆だったら、激もあるいは大人しくしてくれるのかもしれないが、現在世界を冒険中という根無し草状態の爆に一箇所に留まれ、みたいな事を言わせるのは心苦しいものがあるし、なにより他の人との接触は控えたい。特にこの師匠は!(最も他にもいっぱい居るけどね!)
「野生獣を避ける結界を張った報酬に貰いました」
「ほー、お前もそんな事をするようになったか。お師匠さんは感激だよ」
「………元はと言えば、師匠に持ってこられた事だったんですけどね………」
「さりげなく弟子の成長を促す俺って、いい師匠だよな」
もはや何も言うまい。カイは今の心に誓う。
激はテーブルの上の栗をしげしげ眺め。
「ふーん。なるほど」
なるほどって何ですか。と、カイが訊く前に。
「そんでこの大量の栗で栗ご飯なんか作って、爆を餌付けしようってのか。あー、嫌だねー薄腹黒は」
ガッシャー!!とカイは椅子に座ったままずっこけた。
「なっ、なっ、な!何を言いがかりに!!」
「だってどう見てもオメー1人の量じゃねぇし、俺が何時帰ってくるか解ねーんだかた作る筈もないし。保存すんだったら皮付きだろうよ。
つーかその前にお前が爆以外の事で何かすると思えん」
「最後の一文、そっくりそのままお返しします。……って、そうじゃなくて!私は!餌付けとかそんなんじゃ!
そんな事しなくたって十分、って、えー、今のは無かった事に」
無理言うなよ薄腹黒。
「わー、だんだんムカついてきた!腹いせに食ってやる!!」
「あ゛------!!なんて事を!!止めて下さいよ!!」
「じゃ、俺の為にだけ食ってやる」
「結局食いたいだけじゃないですか!返してくださいよー!!!」
なんて、師弟が栗を醜く争っている時に限って爆なんかがやって来る訳だ。
「…………」
爆は少し現状把握に困り。
「……何をじゃれ付いているんだ、貴様ら」
場面は栗の容器を高く掲げた激に、カイがすがり付いている。まぁ、じゃれ合っていると見えなくも無い。この2人でなければ。
爆の姿を見つけるなり、すぐさま激は。
「きゃー、爆ー、助けてー。カイが嫌がる俺を無理やりー」
「ぎゃぁぁぁぁぁっ!大誤解だ---------!!!!
って爆殿から離れろ-----------!!」
もはや敬語ではなくなったカイくんだった。
で。
今日は爆殿と2人、秋の味覚を堪能。
するはずだったんだけども。
「栗ご飯なんて、ぼく、初めてです!」
「ウチもや。地元じゃ海の幸で溢れかえっとるからな」
「アタシは食べた事があるわよ〜。たしかセーブンが本店の所の支店があったと思うの」
「ほう、栗はこうなっているのか。グラッセしか今まで見た事が無いものでな」
「うーん……結構殻が固いな……」
「おいおい乱丸。苦無で剥くな。苦無で」
「そう言うハヤテ。貴方が一番剥けてませんよ」
何この大人数。てかメンバー勢ぞろいは。
皆揃って、大量の栗をわいわい剥いている。楽しそうだ。楽しそうはいいんだけど。
皆の喧騒をすすす、と離れてカイは激に耳打ちする。
「ちょっと師匠!まさか、師匠が……」
「馬鹿言え。俺がさっき来たのはオメーが一番よく知ってんだろ。てか俺だってわざわざ人多くして爆と接触する機会少なくしたりしねーよ。誰の師匠だと思ってんだ」
最後の一言が引っ掛かるが、確かに激の可能性は低そうだ。
だったら何だって爆が来たのを皮切りにぞろぞろぞろぞろ皆がやって来たりしたんだ!今頃、本来(というかカイの計画)では、爆と2人きりで台所で肩を並べて食事作って……
「……で、デザートは爆殿vとかいう運びだったら、アタシは栗ご飯が出来上がるのを見計らってアンタの後頭部にハイキック決めて失神させるわ」
「……ピンク殿?どうしてそんなツッコミが、」
「ふっ。アタシが超能力のライセンス持ってるの、忘れたの?」
不敵に微笑むピンク。
なっ!?って事は、ピンクは他者の精神に入り込む事が出来るようになったのか!?カイは戦いた。
「人って考え事する時、思ってる事を無意識に口に出しているのよね。だからその唇の些細な動きを読み取って、」
「それはそれで凄いですけど超能力無関係!!」
それはそうと、みんなに触れ回ったのはピンクでも無さそうだ。
と、なると誰なのか。こんな事をして得するのは……
……待てよ。
「……爆殿?」
器用に皮を剥いている爆に言う。
「なんだ?」
「此処に来る前、誰かにその旨を伝えたりしました?」
「あぁ、デッドにしたぞ。この前寄ったら、カイの所に行く時は必ず連絡してくれと言われたからな。なんかよく解らんが」
で、律儀にしちゃった訳ですか!あぁもう可愛いなぁ!!(←敗者)
はぁーと地面に浸透するような溜息を吐くカイ。
「おや、どうしました。カイさん」
とか言ってくれたのはデッドだった。
「……いえ……それより、デッド殿が来るとは驚きましたね。そんなに栗ご飯好きがだったんですか?」
「何を言います、カイさん。ナイナイのデッドと言えば栗ご飯に目がないと、昔から語り草じゃないですか」
ンなの聞いた事ねぇよ、と大ツッコミしたいが、したら最後、自分に明日は無いとよく解っているのでハヤテはしなかった。必死に堪えた。
そうでしたか知りませんでしたよ、いやいやそんな、はっはっはと笑いあう2人が、ハヤテはとても怖かった。
やっぱりご飯は釜戸で炊いたのが一番だね!とみんなで確認し合うように、大量にあった栗ご飯はすぐに無くなった。ピンクなんか5杯以上食べていたと思う。
で。
皆。
食べるだけ食べて、帰っちゃった。
「……………」
後に残ったのは殻の御釜と人数分の茶碗。そして激が飲み漁った酒の空瓶だった。
いや、いいけどね。大した洗物も無いし。爆殿も、久しぶりの大勢の食卓で、楽しそうだったし。
そうさ、爆殿に喜んで貰えたなら、それだけで、それだけで………
突き詰めて考えると立ち直れなくなりそうだったので、カイは洗い物に取り掛かかる事した。
と、ふいに風が舞い込む。誰かが戸を開けたのだ。
師匠。ではない、この稀有な気配は。
「……爆殿!?行った筈では……」
「挨拶もなしに行くほど、オレは無遠慮じゃないぞ」
まるで幽霊でも見るような目つきのカイに、むっとして答える。
「ススキを取りに行っていたんだ。今日は、満月だからな」
あぁ、そう言えば、とカイは思った。
「……少々時期が遅れたが、月見だ」
「え………あの、爆殿?」
「なんだ」
「春の終わりくらいに言った事……覚えているんですか?」
前に爆が来た時も、季節は違うけどやっぱり満月で。
いろんな所で月を見たけど、自分はここからの月が一番いい。別に、一緒に見ようと約束した訳ではない。した訳ではないけど……したかった。本当は。
それでも、何処までも真っ直ぐに突き進む爆の足枷や柵にさせたくなくて、そう言ったことは胸に秘めて来たのだが。
もしかして全部ばれてた。と、言うか、伝わってしまっていたんだろうか?
「別に……オレが見たかっただけだ。貴様は、関係ない」
若干いつもより歯切れを悪くし、言う。適当に活けれる容器を探し、ススキをそれに入れる。
爆は優しい。いつでも、誰の負担にならなようにと言葉を選んでいる。
それはそれで尊い。
でも。
「……最近、師匠がまたあちこちよく出かけちゃいましてね」
と、カイは唐突に喋りだす。
「そういう時は、1人で食事をするんですが………
………正直、あまり美味しくないんですよ。味気ないというか」
「……………」
爆に会うと、以前の時より痩せたように見える。けど、それは爆の持つ気勢で大抵誤魔化されてしまって。
此処で、「爆殿、食事はちゃんと取っていますか」と訊いても、爆は否とは決して言わない。
爆は何も言わず、ススキを弄る。
やがて。
「……待ってなんかやらんぞ」
ぽつり、と言う。
「……待つ事なんか、ありませんよ。後ろを追いかけるんじゃありませんから」
そうとも、自分は自分の道を行く。そうして、爆の道と交差する。
自分達は、そうして出会いを果たしたのだから。
儚いはずの月の光は、完全に満ちているせいか、とても明るい。
それに包まれ、爆は。
嬉しそうに。
<END>
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