全ては開ける為に





 閉じられた箱は何の為にあるのかと言えば。
 それは、開ける為だと、思う。

 何の為に開けるかと言えばそれは。

 手に入れる為。




 チチチ……チュンチュン………
 小鳥が鳴いている。自分達の時間が来たと、はしゃいでいるみたいに。
「………あ。夜が明けた………」
 1人だけの部屋、カイがぽつり、と呟いた。
 机の上には未だ開かない箱があり、『へっ、ばーか』とかカイを鼻で笑ってるような気がした。




 爆が久しぶりにカイの元を訪れてみると、カイがぐーすか寝ていた。
「…………」
 珍しい光景だ。基本的に太陽と行動を共にするカイが、昼寝とは。
 そんなカイを横に、爆は勝手に上り、茶を淹れてある材料で食事を取り、書物で調べ物をし、する事がなくなったのでカイを起こす事にした。
「おい、カイ。起きろ」
 ゆさゆさと揺さぶってみる。が、熟睡しているらしく、その程度で起きてはくれなかった。
「…………」
 爆は聖霊を手に取る。
「やれ」
 爆発の後、ピンク色の煙が部屋から噴出す。




「ぅげほっ!げほ!!……って、爆殿!?何時の間に来ていたんですか?」
「なるほど、このくらいじゃ、もう平気か……」
「ちょ、何を気になる目安つけているんですか!!?」
 確かにカイは、爆発で吹っ飛んだけども、その身体には怪我ひとつ負っていなかった。なんだかんだで、パワーアップしているんだろうか。
「どうした?貴様が昼間から居眠りしているなんて珍しいな」
「あ、いやその……昨夜と言いますか、徹夜してしまったものでして」
「何か調べものでもあったのか?」
 まさか修行で徹夜はすまい。
「いえ、この箱を開けようと」
 と、カイは数時間前まで格闘していた箱を差し出す。
 一見すれば、なんてことない箱だ。表面の模様が凝っていると言えば凝っているだろうか。
 それを受け取り、とりあえず蓋を開けようとする。が、当然に開かない。
「何処か鍵でもかかっているのか?」
「鍵ではなくて……ちょっと、失礼します」
 爆の持っている箱に、手を伸ばす。そして、模様の1つに触れると、それはカイの動きに合わせてスライドした。爆の眼が、少し驚いたように開いた。
「こうしてずらしていくと、箱の中の仕掛けも動いていって、」
「正しい手順を踏まないと開かない、と言う事か」
「はい」
 理解の早い爆に、カイはこっくりと頷く。
「これ、どうしたんだ?」
「師匠がくれました……と、いうか作るだけ作って、これを開けてみるのも修行とか言って勝手に押し付けて行きました」
 そして、そのままぷらりと旅立ってしまった。まぁ、適当な時に帰ってくるのだろう。今に始まった事ではないので、心配したり、不満を漏らしたりした所で無駄だ。……と、解ってはいるが、愚痴の1つでも言いたい。
 爆は、まだしげしげと箱を見ている。
「ひょっとしてあいつ、単に厭きたんじゃないのか」
「その可能性は、大いにありますね」
 深く同意するカイ。
「……これ、中に何か入ってるのか?」
「さぁ……音はしませんよね」
 先ほどから爆が箱を上下横に向きを変えているが、箱にぶつかる音はしない。
「気になるな。よし、カイ。開けてみろ」
「……え」
 ぽん、と手渡されたそれに戸惑う。
「どうせ今日、泊まるつもりだったからな。それくらいあれば、開くだろ」
「あの、爆殿、ですから、昨日一日かかっても無理で……」
「昨日の一日で出来なかったから、今日の一日も無理だというのか貴様は」
「…………」
 カイは、手元の箱を見た。次に爆を見て、そしてまた箱を見た。
「……やります。やって、みせます」
 カイがそう言うと、爆は満足そうに、そして嬉しそうに悠然と笑った。




 室内は静寂に満たされている。聴こえる音らしい音といえば、カイが細工を弄るかすかな音だけだった。
 そろそろ、日付が変わる頃。カイの集中力も限界に来ている。
 細工自体も複雑だが、仕掛けが見えない、というのが最大のネックだろう。今、自分がやっている事が正しいのか違うのかすら解らない。開いたら当たり。そうでなかったら外れ。それだけ。
 爆は、カイの傍らで本を読んでいる。かなり難解そうなそれを、爆は普通に読んでいた。
「……ねぇ、爆殿」
「なんだ」
 無視されるかな、と少し心配したが、すぐに相槌が返ってきた。それに胸は幸せに疼くのだ。
「これ、今日で開かなかったらどうします?」
「殴り飛ばす」
 これもすぐに返事が来たが、先ほどみたいに明け透けには喜べない。
「……多分、私には開けられないような気がします」
 そのカイのセリフに、爆はちら、と様子を窺う。
 弱音みたいな言葉を吐いたくせに、目は強い意思を携えて、決して諦めてはいなかった。
「でも」
 と、カイは続けて。
「爆殿の為だったら、開けられます。絶対」
「……そうか」
 カイは眠気もいい所で、多分自分が何を言っているかがよく解っていないのだろう。だから、そんな事が言えるのだ。
「…………」
 爆は本に目を戻したが、内容が頭に入ってこないので、閉じて。
 カイに身体を向けた。




 何かのスイッチが入ったみたいだ。
 カイの手の動きが早くなった。気がする。
 そうなる前に、は、とカイが息を飲んだような気もした。
 手の動きが早いというか、手の動きに追いついていない、といった方がいいかもしれない。
 そして。
「…………っつ!」
 カチン、と小さな音は、爆にまで届いた。
 それまでとはうって変わって、カイはスローモーションのかかったような動きで蓋に手をかける。
 果たして。それは。
 開いた。
「……………や、」
 カイが爆を振り返る。疲労と睡魔にやられた顔だけども。でも。
「やった!やりましたよ爆殿!!開きました!!!」
 ガタガタと忙しなく立ち上がり、遠くに居る訳でもない爆の元へと駆け寄る。
「おい、カイ、そんな慌てると……」
 と、爆が止める暇も無く。
 ガッ!
「あ、」
 びったーん!とまるで受身も取れなかったカイは、律儀に顔から倒れた。
 あまりの見事なコケっぷりに、一瞬見届けてしまった爆だ。
「カイ?……おい、カイ」
 仰向けにしてみたカイは、顔が赤くて(床にぶつけたから)伸びている……と、いうか寝ている。
 まぁ、最初から寝ている最中を起こしたのだし。横になったら、それがなんであれそのまま寝てしまうか。
 なんとかベットに引き上げ、風邪にはならないように上に一枚かけてやる。
 そして、箱を持ち上げる。
 箱を閉じていた金具を外しただけのそれは、蓋は閉じたままだった。
「…………」
 一瞬考え、けれど爆は開けた。
 中は。
 空だった。
「…………」
 いや、空でいいのだ。爆だって、本気で中に何かが入っているとは思っていない。
 なのに、何故カイにそんな無茶を言ったのか。
 たかが箱を、開けられないと気落ちしているカイに腹が立ったから。
 自分が言うに、必死に叶えようとしているカイが見たかったから。
 ……今日、此処に留まる理由が欲しかったから。
 ふぅ、と溜息に似た吐息を零した。
「……カイ、」
 ふと、なんとなく呼んでみる。
 と。
「……爆殿………」
 あたかも返事みたいな言葉に、一瞬どきりとする。が、その後意味不明な単語が続いたので、寝言が偶然返事になったみたいだ。
 とりあえずは。
 この箱を開けられたくらいには……素直になってやろうか、と。
 寝ているカイの髪を梳き、爆はそう思った。




<END>





爆がやれと言えば焼け石の上を歩くカイが好き。アニメになった時、ぼうぼうめらめらと爆とダルティの後ろで燃えてるカイは輝いていたさ。いや、燃えているからじゃなくて。
要するに犬なんだな、うん(そんな締めくくり方!)