嵐禽




「おーい、餌だぞー。餌。解るか?」
「……独り言にしては妙だと思ったが……小鳥の雛に餌付けしてたのか」
「爆ー、気配消して家に入るなよー」
「気づくのなら、何も問題あるまい?」
 そうだけど、と呟きながら激はその場に立ち上がった。すらりとした長身が目の前に聳え立ち、何となく爆はムカっとして、激の脛を蹴飛ばした。
「イッテェ!何だよ、いきなり!」
「意味は特に無い」
「特に無いって……」
「それより、その雛はどうしたんだ」
「そ、それよりって……」
「早く説明せんか」
「……はいはい、解りましたよ」
 さすがに覇王を自称するだけあって、理不尽さや居丈高っぷりには年々磨きが掛かる一方だ、と激はしみじみ思った。
「”はい”は一度でいい」
「はーい」
「間延びもするな」
「はい、覇王殿」
 意趣返しのように爆をそう呼ぶ。一瞬その顔が顰められたようなので、また蹴りでも食らう前に激は説明に移った。
「ついさっき散歩してた時にな、見つけたんだよ」
「ほぅ」
 激は散歩、と単純に言うが、勿論それは一般市民が近所をてこてこ歩くようなものではなく、山の中岩山や木々を飛び移る、それはアクロバットなものだ。カイも本気を出されたら未だについて行けないと、この前爆に零していた。
「雛だけか?巣や親鳥は?」
 雛だけが発見されるという事は、まず在り得ない。周囲には必ず住居が存在する筈だ。見落としているだけで。しかし、激が見逃すとは、あまり思えない。
「あぁ。巣と卵の欠片はあったんだけどな。ちょっと離れた時に落ちてた。親鳥は……それと思わしき羽は見つかったんだけどな」
 激の説明はそれだけだった。今のセリフだけで考えるなら、最悪、親鳥は卵、あるいは親鳥そのものを狙ってきた何者かと戦い、死んで、還る直前の雛だけが巣と一緒に残った、という事になる。
「……その雛はどんな様子なんだ」
 爆は尋ねた。
「どんな様子かと言われると……今、エサを食わすべく四苦八苦してる」
「? 食わないのか?」
「それが、困った事に」
「貴様のやってる餌が悪いんじゃないのか」
「うっわー、失礼だな、そのセリフ」
 と、激が言うが、その表情は決して怒っているものではなく、むしろ笑いの方だ。
 けれど、どこか哀しそうだった。寂しそうでもあった。
 爆は気になり、追求する前に激が口を開く。
「この鳥に関しちゃ、今、この世界で俺より知るヤツは居ねぇよ」
「大した自信だな」
「そりゃそうさ。子供の頃、よく餌付けしていた」
「そうか、なるほど………」
 爆は頷きかけ、ふと気づいた。
 激の子供の頃、と言うと、それは……
「まさか、今になってお目に掛かるとは思ってなかったな。……とっくに絶滅種に指定されてるってのに」
 激は再びしゃがみ込み、巣のように丸めたタオルの中、あまりに小さい雛にそっと手を当てた。雛は何も反応しない。ぱっと見ただけでは、生きているか死んでいるか区別がつかないくらいだ。
「……でも、絶滅していなかったんだろ?」
「さぁ、どうだろうな」
 激は言う。
「もしかしたら、こいつは最後の一匹かもな。……だから、餌を食わないんじゃねーかな」
「何でだ」
 爆は少し怒ったような口調になった。諦めるような激の口調も気に食わないし、何よりその雛と、激が自分を照らし合わしているのが気に入らない。
「こいつが本当に、本当の最後の一匹だったら、他の誰かと番になって繁殖する事も出来ない。それなら、生きてる意味が無い。……何より、たった一匹で生きるだなんてそんな孤独……それこそ、死に等しい。
 生きながら死ぬより、潔く本当に死んだ方が、まだ楽だろ?」
「…………」
 今の激の発言で、爆の臨界点は振り切った。
 目の前で激がしゃがみ込んでるという状況を利用し、激の頭に思いっきり踵落としを決めた。
 ゴッ!と小さいが、痛そうな音が室内に響く。室内では小さい音かもしれないが、激の頭では除夜の鐘を至近距離で聞いたような衝撃が走る。
「イッ--------テッェェェェェェェ!!!おい爆!今のは洒落に何ねーぞ!いくらなんでも!」
「洒落にならんのは当然だ!本気でやったんだからな!」
「ほ、本気……なの?」
 まさか頭蓋骨陥没してないよな、と激は深刻になった。
「そんな事をぐちぐち言うくらいなら、最初から拾ってなんか来るな!だから、こうして連れてきた以上、最後の最後の最後まで足掻いてみせんか!無理やりでも生かせ!そいつの意思なぞ知るか!貴様に見つかった時点で運が悪かったと、諦めてもらうんだな!」
「諦めて貰うって、雛にかぁ?」
「それ以外何がある」
 ギロ、と爆は射抜く。
「い、いや無いけど……」
「解りきった事を訊くな。バカたれ」
「……どうせ、俺はバカたれですよー」
「これ見よがしに捻くれるな。もう一発脳天に貰いたいか」
「い、いえ、本気で遠慮します」
 冗談抜きで同じのをもう一度貰ったら、本気で頭蓋骨が割れてしまいそうだ。
「……3日後……いや、1週間後、また様子を見に来てやる。その時、みすみす死に追いやったなんて事になってみろ。バクシンハを百連発お見舞いしてやるからな」
「……今のは、言葉の絢ってやつだよね?ハリセンボン飲ますみたいな?」
「本気に決まってるだろう。何ならハリセンボンも捕まえてきてやろうか」
「あーいやいや。解りました!ちゃんと面倒見ます!絶対!」
 びし!と額に手を当て、敬礼の真似事をした。
「ふん。最初からそう言えばいいんだ」
「……全く。本当に、傲慢と言うか不遜と言うか……」
「別に百連発するのは今からでも構わんぞ」
「何でもありません!何も言ってません!」
 激は悲鳴のように言った。


「……あー、爆と会うと、確実に体力と気力が殺がれるよな……」
 溜まらず、その場にへたり込む。爆が事実上、世界最強なのを身をもって知る激だった。
 爆が去って言った後、激は雛に向き直る。
「さて、と。そういう訳だから、観念してもらおうかね」
 と、激はタオルにくるまれた雛に不敵な笑みを浮かべた。
「フネンの仙人様、舐めるなよ?」


 そして、一週間が過ぎた。
 昼前、爆はツェルーのとある山に居た。ここからでも、簡単にサーの激の所まで瞬間移動出来る。
「…………」
 約束は約束だ。行く事は決まっている。
 少し躊躇うのは……
 どうも激は、普段はピエロみたいなふざけた態度の癖に、その根っこが酷くネガティブだ。さすがに自らを死に選ぶような真似はしていないが。……今の所。
 それでも、生に対しての執着が薄いような気がする。他人から見れば、簡単に命を危険に晒すような真似をしている自分の方がそうだと思われそうだが、自分は決して、危ない真似はしても死ぬつもりはさらさら無い。
 でも、激は。
「……………」
 あの雛が死を選択したとして、それに食い下がってくれるだろうか。生きるんだ、と力強く励ましてくれるだろうか。
 最後の一匹。そんな肩書きを背負ってしまったあの鳥と自らを、激は重ね合わせてしまっているように見えた。
 今の時代に逆らって存在している生き物、として。
 百連発は本気の本当なんだぞ、と思いながら瞬間移動する。軽い眩暈のような瞬間を越えれば、そこはもう激の家の軒先だった。
 ノックはしないでいきなりドアを開ける。激は鍵を掛ける習慣がない。盗まれるような貴重品は此処には無いし、不法侵入者に怯える必要も無いからだ。
「激!居ないのか!」
 家の中に入りながら、爆は声を掛ける。
「居ますよー。ほら、此処に」
 ぬ、と激が顔を出したのは……上からだった。
「………」
 爆はぴくりとも表情を変えず、無言で拳を繰り出した。
「おわ危ねっ!顔直撃じゃねーかよ!」
「ふざけた真似をするからだ」
 ぴしゃり、と爆が言う。
「確かにふざけたんだけどさー、だからと言って鼻を狙ってパンチは……」
「雛は?どうした?」
 何やらぶつくさ言う激の言い分は無視して、爆は本題に入った。
「あぁ……それがな、爆……」
 と、床に降り立ち、ちゃんと爆の前に立った激は、セリフと共に表情を沈痛なものにした。
「……どうかしたのか」
 爆は平静に言う。
「実は昨日……俺、どうしても鳥肉が食べたくたって、ぐぇぇぇぇぇぇぇっっ!!」
 激のセリフが終わらない内に、爆はその胸元なんて生ぬるい事はせず、直接首を絞めた。
「貴様の下らないジョークは聞きたくない。雛は?死なせてないのか?」
「……つーか……お、俺が死にそうだってばっ……!」
 首を絞められて酸素の吸入が困難になっている激だ。仕方無いので、爆は手を離してやった。
「毎回懲りないヤツだな」
「だって、それが俺のキャラだもん」
「下らんな」
 爆はこれまたはっきり言った。
(周囲が望む「自分」なんぞ、どうでもいい)
 と、爆はそう思っている。それはそのままその生き方にも反映している。
 けれど、爆は同時に知っている。人には求められて生きる道もあるのだと。自分を貫くより、必要とされる事の方が嬉しい。そんな時がある事も。
「そんなに気にしなくても、ちゃんと育ってるって。ちょっと爆が深刻な顔してたから、リラックスさせただけじゃねーかよ」
「それが下らんと言うんだ。さっさと雛を見せろ!ちゃんと目撃するまで信用出来ん!」
「解ってるってば。そんなに怒るなよ」
「原因がそんな事を言うな」
「あうー、容赦ないなー」
 顔を情けなく崩し、ちょこっと泣きまねをした激だった。
 そして爆に蹴られるように(本当に何度かは背中を蹴られた)急かされ、部屋に案内する。
 そのテーブルに、爆が今まで見た事の無い種類の小鳥が、ちょん、と座っていた。薄い灰色……青色も混じっているかもしれない。そんな、ちょっと変わった色。
「こいつか。随分姿が変わったな」
「そりゃ、あの時は本当に生後まもなかったからな。今は羽もあって、鳥っぽいだろ?」
「あぁ」
「言っとくけど、俺むちゃくちゃ頑張ったんだぜ?無理やり口こじ開けて食わせたりしてさー。そりゃもう大変だったんだから」
「そうか」
 爆は生返事のようなものをし、視線は小鳥にだけ注いでいる。
 真新しいオモチャを見ている子供のようだ、と激は思う。いや、法律的に言えば、爆はまだ十分に子供の範疇なのだが。
(……でも、大人になっても、その目、変わらないで欲しいなぁ……)
 一度時間軸を離れた性だろうか。どうも変化を拒むきらいがあるな、と激はこっそり苦笑した。
「……なるほど。確かに、オレが見た事の無い鳥だ。絶滅種に指定されたのも無理も無いな」
 少し近寄り、一層詳しく観察して爆は言った。
「自分が見た事無い、即ち、この世に存在しない、ってか。大した自信だなー」
「……何が言いたい?」
 テーブルに少し近づいている爆は、依然入り口に立ったままの激を振り返った。今のは、含みのある言い方だった。
「別に。見たものだけを信じるのは早急だよ、っての言いたかっただけで」
「何も見ようとしないよりはうんとマシだ」
「……そりゃあ、ね」
 そんな議論は今はしなくてもいい、と爆は話題を摩り替えた。
「こいつはまだ飛ばないのか」
「まーな。記憶によれば、還ってから一ヶ月弱って所かな」
「なるほど」
「それにな、こいつの巣立ちはちょっと変わってるんだ」
「? 何がだ?」
「嵐の日に旅立つ。丁度、繁殖の季節もそれと重なってる」
「嵐……って、雨も降っている中をか?」
 普通、鳥は雨の中を飛ばないものだ。
「あぁ、間違いないよ。俺は何度も見てるから。本当に、嵐の日に飛んで行くんだ」
「……外敵が居ない……から、か?」
 爆が思い浮かんだ仮説を唱えてみる。が、激は肩を竦めるだけで。
「結局、俺の時代には明確に判明されなかった。今言ったお前の仮説も、勿論出たけどはっきりと裏づけは出来なかったんだ」
「ならお前は?どう思ったんだ?」
「俺?俺はねぇ……そうだなぁ……」
 と、激は窓に視線を移す。正確には窓の向こうに、だが。
 まだ嵐の気配を見せない、穏やかな青い空。
「うーん……若気の至り、ってヤツじゃねぇの?」
 そして、悪戯に笑ってみせた。
 その答えがあまりに馬鹿馬鹿しくて。
 爆もつい、笑ってしまった。


「だからね、爆。あたしが何が許せないかっていうと、限定とか銘打っちゃって、作って勝手に価値観作り上げている事なのよ!店ならちゃんとお客に全部行き渡るよう、努力せんかーい!」
「…………」
「爆!ちょっと何を考えんのよ!」
「いや、散々並んで欲しかった限定チョコレートケーキを品切れで手に入れれなかった悔しさを二日に渡ってその怒りを衰えずに維持し続けているヤツは他にも居ただろうか、と」
「居たらどうだっていうのよ!」
「何かの記録に申請してやろうかと思ってるだけだ」
 爆はしれっと言った。
 ここはセカンの町にあるカフェだ。ピンクのようなよく言えば賑やかな、悪く言えば騒がしい人物が通う割には落ち着いた雰囲気で包まれている。そこで爆は紅茶を嗜みつつ、ピンクの怒りに付き合ってやっている訳だ。こうして定期的に会わないと、かなり強引な強攻策に出られる。いつぞやは、今からあんたの家を破壊するわよ、というメッセージがメールに入り、まさかと思い言ってみると、家の前に特大ハンマーを携えたピンクが居たものだ。
 かつての仲間に完全音信不通というのも割りと気が引けるので、気が向いた時にぶらっと立ち寄り、話し相手になっている訳だ。今回の話題は、昨日変えなかった限定チョコレートケーキについて、のようだ。
「食いたいなら、ここで愚痴を零してないで今日も並んだらいいだろう」
「あたしは愚痴ってんじゃないのよ!怒ってるのよ!」
「オレには同じだ」
 これは長引きそうだな、とちょっと気を休める為に視線を窓に移した。
 すると、やけに遠くの空が暗い。
「……もうすぐ雨でも降るんじゃないのか?あれ、雨雲じゃないか」
「へっ?まじ?……って、アレか。あれなら平気よ。サーで止まって、こっちまで来ないの。
 毎年そうなのよ。ま、ある意味季節の風物詩みたいなもんね」
「そうか」
 と、爆は返事をして、思い出す。
 激のところで雛を見てから、今がだいたい一ヶ月目という事。
 そして、あの鳥は嵐の日に巣立つという事----
「…………」
「それでね、あたしが何に一層ムカついたかっていうと……って、訊いてる?」
「すまん。用事を思い出した」
「あ、ちょっと!」
 ピンクに止める隙も与えず、爆は店から出て行った。
 行く先は、勿論。


 セカンは雨粒ひとつ落ちてはいなかったというのに、サーについた途端、爆は土砂降りの雨に見舞われた。よくバケツをひっくり返したような、という表現が使われるが、それにぴったり当て嵌まる。まるで滝の中みたいだ。
(くそ、こんな事なら、雨具をつけてから来るんだった……)
 あるいは、激の家の中に直接飛ぶとか。
 しかし、後悔先に立たず、というやつだ。爆はもう全身びしょ濡れで、今頃雨よけをしても無駄のように思え、半ば諦めたように爆はそのまま先を歩く。
(それにしても……こんな中、本当に飛び立つというのか……?)
 なんだか激の言い分は、まんざら嘘でもないように思える。こんな中、正気で飛んで行こうとは思えない。
(若気の至り、か……)
 わざと無茶や無謀としか思えない道へ、あえて突き進む。
 そうして、壁にぶち当たった時の痛みや越えている時の苦しみで、自分が生きているという事を実感する。
(……その点については……オレとアイツは同じかもしれんな)
 そして、あの鳥とも。
 その時。
「…………?」
 爆の耳に、何か聴こえた。風や雨の轟音ではなく、もっと些細で繊細なもの。それでいて、今まで聴いた事のない、綺麗な----例えて言うなら、風の歌声のような。
 その声に、誘われるように上を見上げる。すると。
(-----あ………)
 この前見た鳥は、ま未熟な雛の状態だったのだろう。だから少し薄汚れたような色だった。
 今、爆の頭上を飛んでいく鳥は、空の青さよりもっと儚い薄い水色をしていた。尾羽が長く、目の残像で曇天の空に白い軌跡を見せる。
 ……これだと、外敵の対策に、あえて嵐を選ぶという説は怪しい。それなら、こんなに目立つ色彩をする必要が見出せない。黒い空に、この鳥は映えていて、はっきりと目立つくらいだ。
(良かったな、飛べて)
 折角鳥として生を受けたのだから。飛べずに一生を終えるというのは、孤独に生きるよりもっと寂しい事だ、と爆は思った。
「あっれー、爆、来てたのかよ。こんな嵐に」
 どこかすっ呆けたような声と口調で現れたのは、勿論激だった。
「……貴様、何故傘もささずに外に出ている?」
 激の姿を見て、爆は呆れたように言った。実際呆れていたのだが。
 激もまた、爆と同じように全身ずぶ濡れだったのだ。
「傘が無いのは爆とお揃いだろ」
 俺だけ責めるのはお門違いだ、と言っている。
「オレはセカンから飛んで来たんだ。貴様は家からだろうが」
 激は自分と違い、準備が出来たはずなのだ。家に雨具があれば、の話だが。
「まぁいいじゃねぇの。雨に濡れちゃいけません、っていう法律がある訳じゃないし」
「法律に従う云々の話じゃないだろうが」
「……ま、あいつにだけ雨に見舞われるってのも何だしね」
 激が言った「あいつ」というのは、勿論爆では無い。
 あぁ、そうか。
 あの鳥が最後の一匹かもしれないから。
 他に仲間が居ないから。
 激が、同じように身を置いて見送ったのだ。……親や仲間の代わりに。
(……だったら、オレにも一声かけておいたらどうなんだ)
 確かに世話も何もしていないが、巣立ちにには立ち会いたかった。
 言ってくれなかった激を恨みがましく思ったが、子供っぽい言い分のような気がして、爆は発言は控える事にした。
「爆ー?何、顔顰めてんの?」
 しまった、顔に出ていたのか、と爆は内心舌打ちした。
「ただあの鳥、これからが大変だな、と思っていただけだ」
「ふーん」
 当たり障りのない事を言ってみる。実際思っていた事でもあったし。
 激は返事はしたが、まるっきり信じてはいないようだ。
「まぁ、お前に飼われていた時も十分大変だっただろうがな」
「えぇー、褒めてくれないのー?」
「何故褒めないとならない?」
「いけずぅー」
 唇を尖らせる激だった。
「……なぁ、激」
 と、爆は尋ねる。
「あの鳥は……本当に最後の一匹、なのか?」
 それがどうも気になって仕方が無かった。
「……どうだろうね。俺もはっきりは言えないけど。とっくの昔に絶滅したとか言われてたのに、今こうして俺らの前に実際に一匹出てきてる訳だから」
「そうか……」
 なら、その僅かな可能性にかけてみるしかない。発見されてない同種が居ると。あいつが、孤独な生き物にならないように、と。
「……ま、同種族がいるかどうかは解らないけどさ、」
 と、あっけらかんとした激の口調。
「でも、空を飛んでるのは沢山居るし。何も同じじゃなければ仲間になれない、って訳でもないし」
「……そうだな。うん、そうだ」
 爆は何度も頷いた。
「そうそう。異種間でも子供は出来るし。同性でも恋は芽生えるし」
「そう……って、は?何を……?」
 今、かなり聞き捨てなら無いセリフが出たような気がした。あるいは雨の轟音のせいで聞き間違えたか、と思って激を見やると、なんだか穏やかな笑みを浮かべてこちらを見ている。
 本当に、穏やかで。背景が荒れた空だというのを忘れそうなくらいの。
 髪が水に濡れた妖しい雰囲気もあって、なんだか激が格好良いように思える。今までそんな事欠片にも思った事は無かったのに。あるいは自覚した事、かもしれないが。
 爆は押し黙ってしまった。何も言えない。
「とりあえず家に入ろうぜ。いい加減風邪でも引きかねないしな」
「……、あぁ、そうだな……」
 何だか声の歯切れが悪い。こんなの、いつものオレじゃない、と思いながら、爆は激の後ろをついていった。
 さっきの笑顔が、頭から離れないままに。




「食えよ、ほら。食えってば」
 爆が帰った直後から、激は早速雛に餌を食わせる為奮闘していた。が、雛は口を開こうともしない。これはもはや激にとっては死活問題だ。爆は雛を死なせたらバクシンハ百発だ、と言った。爆はやる。間違いなくやる。確実にやる。
「なあ、俺の命がかかってんだよ〜」
 しかし、雛はそんな事はわれ関せずとばかりにそっぽを向いてしまっている。
「っあー、もう!ムカつくヤツだな!」
 雛に悪態ついても仕方無い、と思うが、口に出さなければやってられない。
「……おい、オマエな、」
 激は雛に顔を近づけ、話し掛ける。
「独りぼっちで寂しいのは解るよ。俺もある意味、同種はもう居ないんだから」
 自分は本来この時代の人間ではない。そのコンプレックスはどうしようもなく強く、そして酷くプレッシャーとなって自分に圧し掛かる。本当は、このままこうしていてはいけないのではないか、と。さっさといなくなるべきなのではないか、と。
「でもな、こうして今此処に居る以上、生きなくちゃならないんだよ。……って言うか生きてもいいんだよ」
 ふと思い出したように過ぎる孤独感、そして触発されるように浮き出る自殺願望。それを抱いている時の自分を見ると、爆は怒ったような顔になる。死ぬな、と言いたげに。一番最初は、はっきりそう言われた。
「俺はな、大切な人に死ぬな、って言われたから、生きるんだよ。それだけだ。な、生きるのなんて簡単だろ?何も難しくねぇよ。この世で一番簡単だ」
 激は雛を覗き込む。が、雛は変わらず口を閉じ続けている。はーっ、と激は溜息をついた。そして、仕方無いな、と、呟き、
「そうだな。まだ全然知らない世界だもんな。怖いよな、踏み込むのは。……よし、こうしようや。お前が巣立つ時、俺も踏み出す。言うよ、あいつに」




「なぁ、爆ー」
「なんだ」





俺、お前の事好きだよ





 かくして鳥は嵐の日、飛び立った。




<END>





むぉっ!無駄に長く……!
相変わらずタイトルに困りました。最初「嵐の夜に」とか思い浮かんだんですがオオカミとヤギの熱い友情物語かよ、って事で止めました。
ちなみに逆転裁判やりながら書いてたよ。すぐ手元で成歩堂が待った待ったと煩いよ。英名フェニックス・ライトが。