蝉の声が煩い。太陽の光が暑い。
それでも粘ればいつか身体がなれてくれるだろう、と何もせず、そのまま横になっていたら。
「………ぁ、」
ドロっとしたのが鼻から出た。確かめるまでもなく血である。と、いうかそれ以外が出たら困るのだが。
「やべー」
と、いう呟きは虚しく蝉の鳴き声に消える。
とりあえず、色々冷やした方がいいだろう、と中身が沸騰しているような頭で思った。本気で何処か沸騰しているのかもしれない。暑い。熱い。
ガラっとドアを開けた、避難所に選んだ保健室には意外な人物が居た。
「爆。お前こんな所で何してんだ?」
「それは鼻血を流している貴様に言いたいな。何をした」
何をしたって言うかー、と、激は頭をぽりぽりした。
「外で寝てたら、のぼせ上がって血が出た」
事実だけ簡潔に述べると、爆が塩辛い顔になる。
「寝汚いのは現郎だけにしろ」
「いやいや。これくらいじゃアイツの足元にも及ばねぇよ。
それより、此処に居るなら看病してよ」
「自己管理を怠けただけのヤツにかける情けは無いな」
医学というものを根底から覆そうな発言を言ってのけた爆だ。激はこんな事を言ってのける爆が大変気に入っている。
気に入ってるだけならよかったのにな、と心の中でだけ呟いた。
爆は本気で何もしてくれなさそうなので(まぁ保健委員でないのだから別にいいのだが)、激は適当にタオルを持ち出して水に濡らし、ベットに横になってそれを額に乗せる。その冷たさは刺激に感じられるほどだった。どうも、自分で思っている以上に熱を持っているらしい。
まぁ、どうでもいいや。
タオルの位置をずらし、眼にかける。手は胸の上で組んだ。これから棺おけにでも入るみたいな姿勢だと激は思う。
ふと、風が吹いた。爆が自分の側の窓を開けてくれたのだ。
「あ、サンキュー」
そのままの体勢で言った。どうやら、爆は傍らに居るらしい。そんな気配がする。
「で。貴様何をしていた」
「えー?だから外で寝ていて……」
「それは聞いた。オレが訊きたいのはそうしようと思った動機だ。
夏休みだというのに、何しに来ているんだ。貴様の事だ。補習なんて事じゃないだろう」
「……それは爆だって同じじゃん」
「オレは図書室に用があるんだ」
「うん、俺も同じ」
「嘘付け。1度も其処で会ってないだろうが」
そこまで会話を交わした時、またカーテンをふわりと舞わせる風が吹く。それの通り過ぎた余韻が終わるような頃、激が口を開く。
「……家に居ると、落ち着かないんだよなー。何かしなきゃって思う」
「生意気に受験ノイローゼか」
「って言うか、寂しいんだよ。もうすぐ卒業だし」
ここで次の夏を迎える事は、もう無い。
「いっそ留年しよーかなー。そしたら、もう1年爆と一緒じゃん?」
「馬鹿な事言ってるんじゃない」
「あははー」
激は軽く笑う。
でも、それが本心だから、と口には出せない呟きがまた増えた。
爆が、好き
どうしようもないくらい、好き
どうにも出来ないけど、好き
好き
「それはそうと、」
と、言う爆のセリフが、激の意識を思想の迷路から抜け出させた。
「貴様、もう少し自分の身体を労わってやったらどうだ。粗末にするな」
「そう?俺、自分大好きだけど?」
「そうじゃない。予防出来たものをそのままにしておくな、といいたいんだ。今回の事も」
「……ちょっと面倒臭かっただけだってば」
深刻に取らないで欲しい。そう願うが、事実、激は自分がどうなってもいいと思う時がある。
だって。
「爆はさ、」
と、激はぽつりという。
「とても大切なもののはずなのに、それをぶち壊したいとか思う時ってある?」
「…………」
伝えられない気持ちが辛くて苦しくて、でも爆に会うと嬉しくて。そう思えなくなるくらいなら、いっそ死んでしまえばいいと極論を出してみたり。
一部分を無くせ無いなら、全部がなくなればいい。
「何もかも無くなってしまえ、とか……そいう時って、ある?」
「無いな」
どーん、とかいう効果音が聴こえそうなくらいの断言っぷりだ。
「大切なものは大事にするし、気に食わないものなら壊す。オレはそうする」
「……俺もそうしたいんだけどね」
自嘲めいた笑みを共に言う。すると、爆ははぁ、と溜息をついたようだった。
「なら、仕方ないな」
全くだ、と激も思う。
「こうしよう。激、お前の身体、俺に預けろ」
「は?」
「預けたからには、それはオレのものだから、貴様の一存で粗末にすることは許さん」
「はぁ?え?は?」
なんだなんだ、俺を中心に何の話が出来上がってるんだ?と激は慌てて起き上がる。
「ちょっと待てって!一体何が……ッ!」
と、激はセリフを途中で終えた。
視界に飛び込んだ爆の顔が、自分の顔にそっくりに見えたからだ。
爆への想いを持て余している時の。
「解ったな」
「………」
あぁ。
自分に怪我等をして欲しくないばかりに、強引な嘘をついてそれを阻止しようとしている爆は、とても滑稽だ。
でも、それ以上に愛おしく思えて。
まだ爆の持っている気持ちが、自分のそれを同じものなのかは保証出来ない。それでも、今の出溢れてしまった想いは止まる事をしなくて、激は今まで必死に抑えていた事を解放した。
つまり、抱き締めて。
好きだと。
言ったのだ。
抱き締めた時、自分が汗をかいていた事を知って、慌てて離れれば、そんな自分を見て、爆が顔を綻ばせていた。
此処で夏を迎える事はもう無いが、次の夏でも爆には会えそうだ。
この茹だるような盛夏の中、淡い期待が芽生える。
<END>
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