◆さても疎ましき雪模様

 真っ白な銀世界の中に居ると、自分がいよいよ穢れて見える。
 コンチクショーと踏み荒らしてみようとして、そんな度胸は無くて足跡だけを残して行った。
 それにすら責め立てられているような罪悪感を覚えて、爆に会いに行く。



◆噤み鳥

 とりあえず、嫌われる事だけは避けたい。
 ずっと側に居てよ、とかもっと好きになってとか、いつも俺の事考えてくれる?とか。
 そんな事は絶対言わないように。気をつけよう。
 で、気をつけていたら。
「お前、時々無口だな」
 と、爆が言った。



◆空を横切り

「ぉああッ!」
 と、横で何を激が妙な叫び声を出したかと思えば。
「飛行機雲だぜ、爆!」
「おお、本当だ」
 この日は雲すらない青空で、そこに出来上がる飛行機雲は、まるで誰かが線を引いているみたいだった。
「あー、なんか久しぶりに見た気がするなぁ」
「そうだな」
「こういうの、ちょっと見かけるとラッキーだよな」
 それでさ、と続ける。
「一度でいいから、飛行機雲が終わる所まで見てみたいんだよなぁ。そうもいかないんだけど」
「なら、今見ればいいじゃないか」
 と、爆が言う。
「え、でもこれから出かける予定で……」
「店は簡単には、まぁ消える所もあるかもしれんが、飛行機雲はそれよりもっと早く消えるぞ」
「…………じゃ、見よっか、な」
 遠慮がちに言うと、何を恐縮しとるんだ、と爆が悪戯にに笑った。
 そして小さい夢が叶う。



◆瑞祥麒麟

 ばく、という言葉の響きを聴いて、何かを連想したんだっけ。
 なんだろう、と思った側から思考の隅に追いやられ、それがふと掘り返されて思い当たる。
(あぁ、アレだ)
 獏。
 中国だったか何処かの幻獣で、そう、悪夢を喰べてくれるのだ。そういう説がある反面、良い夢も喰うだのとも言われていて、一筋縄ではいかなそうなヤツだ。
(よく名前には力が宿るって言うよなぁ。全くだ)
 夢を支配していて、凡庸とした一般人の手にはとても負えないようなヤツ。
 なぁ、爆。
 今は呼んだ声も届かない場所に居る相手に向かって。



◆紙風船ぱちん

 例えば。
 今くれたメールの返事を出さなかったたり、明日した約束をすっぽかしたりすれば、この関係はそこであっさり潰れるだろう、と思う。それは何をするより簡単に違いない。
 なんでこんな事思っちゃったんだか。ちょっと試してみたい気になっちゃったじゃないか。
 そうして、酷く傷つく相手が見たいなんて。



◆舌先に苦み

 エスプレッソ。
「あんた、そんなの飲むの?」
 ピンクが少し驚いたように言う。
「苦いよ。すっごく」
 自分は飲んで悶絶した、と語る。
「あいつは普通に飲んでいたんだがな」
「あいつって反重力頭男?」
「その反重力頭男」
 今頃激、くしゃみをしているだろうな。
 で、飲んでみたら確かに苦かった。苦い所ではなく、その後何を飲んでも苦いような気さえした。
 あいつの名前を呼んだ時ですら。



◆電波にのって飛んでゆけ

 それくらいの事、電話で言えばどうなんだ、と携帯電話に馴染めない古い世代の人は言うけど、
 でもわざわざ時間割いてもらう程でもなくて、でもやっぱり知らせてあげたい事ってあるじゃない。
 簡単に素っ気無く、メールでぽんと、隙間の時間に開いてください。メモ書き程度のラブレター。

 TO:爆
 『駅前の桜が満開だったよ』
 FROM:激



◆波と蔓草

 何から何まで形を揃え、完全にシンクロした動きを取っても同一になれるはずが無い。それでも、ただ、そう、反発する事も相反する事もなく、ただ寄り添っていたいんだ。
「……だからさー、俺はね?喧嘩する程仲がいいっつーのを否定する気は無いんだけど、喧嘩するよりかはまったりしたいの。そういう事態は避けて通りたいの。これって甘えかな、逃げかな」
「オマエ、烏龍茶で酔ってんのかよ」
「あぁー、嫌われたくねぇー」
 素面でこの状態で、本当に酔ったらどうなるのかと、最近現郎は厄介な好奇心に見舞われている。



◆素敵詐欺師

 結婚なんて妥協と納得、と誰かが言った。それなら恋や愛は錯覚と洗脳だと思う。
 それはそれでいいと思う。少し気になるのは、騙した者勝ちか、騙された者勝ちか、という所で、そもそもどっちがどっちかが解らない。
 まぁいいか。騙してるにせよ、騙されてるにせよ、騙してるつもりが実は騙されてるにせよ。
 今のこの状態、決して居心地が悪いものじゃないから。


◆風鈴にも似た不幸

 中が空だと、いい音がするもんだ。
 俺と爆は傍から見ると上手く行っているように見えるらしい。


◆装飾用隠者

「爆はさー、あの甲斐性ナシ反無重力髪男でいいの?」
 いつの間にか、ピンクの激への呼称に付随品が増えているな、と思いつつもそれには突っ込まずに居る爆だ。
「それでいいのか、と聞かれると返答に少々困るがな。特に率先して別れようとも思わんし」
「今の所は、って感じ?」
「まぁ、そうだな」
 今まで恋愛というものをした事が無い爆には、過去の事例というものが何もなくて、つまりは逆説的に、ある事でなかった事を、あった事でない事を知る訳だ。
 なので、特に率先して別れようとは思わない、とは、ずっと一緒にいたい、という事だ。
 こんなややこしい事は判るのに、爆の好みが判らんわ、とピンクはジュースをずごーっとストローで一気に飲み干した。

◆貴方の時計は遅れている

「激は、」
 と爆が言い出した。
「ハップヒーフォービアなのか?」
「いや、別に接触嫌悪症候群じゃねぇよ?」
 自分で言っておいて何だが、よく知っているな、と爆は思った。
「それなら、どうしてキスとかあまりしないんだろな」
 その発言に、激は座ったままコケた。
「この調子だと、本懐を遂げるのにどれだけかかる事か」
 はぁ、とか溜息もつかれた。
「本懐って、何ちゅー事言うの、お前」
「仮にも好きな人と触れ合いたいと思うのは、そんなに突拍子もない事か?」
 仮にもって何だよ、仮にもって。激は少々引っ掛かった。
「いやまぁ、そうだけど、ってかむしろ俺もそうだけど……
 ……お前にゃ、まだ早いだろ」
 と、言ったらムスっとし、そっぽを向かれた。部屋を出て行かれないだけ、確かに爆は自分が好きなのだろう。俄かに信じ難いが。だからこんな事も言うのだ。
 相手もしたい。自分もしたい。でも実際に踏み切れないのは、自分の中の爆が、まだその段階ではないからだと思うのだ。
 現実の爆は、多分とっくに受け入れる準備は出来ているというのに、この、ズレ。



◆薔薇の化石

 「砂漠の薔薇」という物がある。別称はアイアン・ローズ。その名前の通り、鉱物なのだ。しかし、鉱物にも関わらず、花の薔薇ととてもよく似た形状をしている。理由は判らないが、薔薇の形とこの鉱物の形を構成する上での根本原理が同じなのではないか、という説がある。つまり、同じ鋳型で出来た異なる成分の物だ、という事だ。
 球体は数式で表される。なので、薔薇の形もきっとそれで記す事が出来るのだろう。おまけに、植物と鉱物という垣根を越えてまで普遍的に存在し得るのなら、球体に匹敵する、あるいはそれ以上に簡単な数式であると。
 そうだとしたら、俺たちの関係も、数式に出来たらうんと簡単かもしれないね。
 いつか解き明かして、うんうん悩んでいた自分を嘲笑出来たらいいと思う。


◆錦糸で縫い込んだ免罪符

 貴方が私を好きで、私が貴方を好きだという事はなんて無敵

「で」
 激は切り出す。
「いいのか。本当ぉーに、いいのか」
「くどいな。その辺にしないと、オレの気が変わるぞ」
 すると、激はそれは困ると言わんばかりに口を噤んだ。
「……合意じゃなかったらさ、」
 と、不意に言い出す。
「これは犯罪なんだよな」
「あぁ、重罪だ」
「でも、好き同士だから許されるんだよな。つーか、するんだな」
「そうだな」
 そう返事して返った笑顔は、爆がとても好きな物。


◆飴細工の花束
◆次元階層寄辺無し
◆約束の灯
◆誰にでも理解可能
◆ミスタ=フロイライン
◆なんと複雑な世の中