「ろこもこや」
と、全くのひらがな発音に、さっぱり理解出来ていないと言う事が推測される。
現郎は、それでも(現郎なりに)考えたらしく。
「………
かわず飛び込む水の音」
「違う」
「ビックリマンあたりにそんな名前のヤツが」
「ヘッドロココと取り間違えていやせんか」
何故解る、爆。
現郎は遠い方向へ目を向け、
「俺はあれのチョコが結構好きでなぁー。あの、いかにも駄菓子って味に子供の幸せが、」
「そろそろ説明したいんだが」
爆が半眼で言うと、現郎は黙った。
「ロコモコというのはハワイの料理で、ご飯の上にハンバーグと目玉焼き、それとレタスなんかの生野菜が乗っているものだ」
「なんか、極めて日本食らしいな」
現郎が呟く。
「まぁ、向うには日系人が多いからな」
「で」
のそ、と寝癖を直さず起き上がり。
「わざわざハワイの食いモンの解説しに来た訳じゃねーんだろ?」
「まあな」
と、爆は起き上がって空いたスペースに腰掛け、
「今度の祭りで、それの露店をオレの委員が出すんだ。儲かった金は、全部盲導犬養育費として団体に寄付する。全員でぼけっと箱持って突っ立って、金がそれに入るのを待ってるよりも、よほど建設的だろう」
「ボーイスヤウトやガールスカウトの団体に聞かれたら、めちゃくちゃ怒られそーな意見だな」
呑気に言ってみる。
「料理がハワイのものだから、屋台の雰囲気もそれに合わせて小物を揃えるんだ。アロハシャツ着たり、レイをぶら下げたりウクレレ弾いたり」
「……ちょっと、待て」
おぼろげだが、爆の目的がわかったような気がした。現郎が止める前に、爆がさくっと言う。
「そこで、オレは思い出した訳だ。そう言えば、金髪碧眼で無駄に外人チックな奴が居たな、と」
あぁ、やっぱり、と現郎は顔を顰めた。
「よーするに、俺はアロハシャツやウクレレみたいに場の演出をする小道具って事か?」
「理解が早くて、オレはとても嬉しい」
俺は悲しいよ、と心の中で呟く。
「俺がやると思ってんのか?」
「不可能だと思っている事を言ってみる程、オレも暇じゃない」
そう言って、不敵に笑う。そうされると、現郎としては両手を挙げるしか道はない。
「だいたい、無駄って何だよ。無駄って」
「無駄じゃないなら、伊達だろう。お前、眉毛は黒いんだから」
そう言って、前髪をかき上げ髪の付け根を見る。遠慮の無いこの行動に、現郎は平然として受け入れる。
「…………」
しばらくその姿勢を保ち、そして離れた。
「あれだけ近づいたのに、キスもしないなんてな」
甲斐性のない男だ、などと言われ、現郎は肩を竦めるばかり。
さて当日。
一風変わったものを出しているせいか、屋台はそこそこ盛況していた。アロハシャツにエプロンという姿が、なんともユーモアだ。
「現郎」
と、いう爆もアロハシャツの上にエプロンをつけている。
2人は休憩時間をもらい、屋台の裏のスペースに居る。数十センチ先の喧騒が、別世界のようだ。
爆は、言った。
「いいか、これからいう事をよく聞け。
客の関心は引き付けながらも、女性から携帯のメール番号などは聞かれないように勤めろ」
「……なんか、生きてもいいけど息すんな、ってくらい難しくねぇか」
「やかましい」
むぎゅっ、と生意気に反論した現郎の鼻を摘んだ。
「1人や2人、5人でもオレは気にはしない。でも、さっきので何人目だ。訊かれたのは」
現郎は考えて答えた。
「…………たくさん」
「13人目だ」
13か……不吉な数字だな、と、また鼻を詰まれた現郎は思う。
ちなみに、それらの答えは現郎は全部「持ってねぇから」の一言で終わらす。持って無いのはこの場にだ。、爆との連絡手段でしかないそれは、今は爆と一緒なので当然のように置かれている。
それ以上食い下がるようなら、うるせぇ邪魔だという容赦ない言葉で取っ払う。向こうとしても手軽なナンパをしたいだろうし、こんな扱いにくい男はゴメンだと早々に立ち去ってくれるのだけが幸いだ。
そういう輩がとりあえず13人で、遠目で現郎を見て、キャーキャー騒ぐのは数知れない。
「つーかよ、」
と、鼻を摩りながら現郎が言う。
「こういう事態、考えた上での事だと思ったんだけどよ」
「ここまでの数とは想定外だったんだ」
む、と拗ねたように現郎を見る。
現郎が2段がさねビールケースの上に腰掛け、それでも爆よりは目線が高い。
「ガキ」
と、ついそんな言葉が出た。
それには爆は反論も鼻を摘むこともせず、ただただ憮然としていた。自覚しているらしい。だったら、今の発言は地雷だった。現郎としては、単に身長の低さだけを言ったにすぎなかったのだが。
「そろそろ、店に出るぞ」
もうこの話は終わり、とばかりに爆が歩き出す。
「なぁ、爆」
反応、無し。現郎は勝手に続ける。
「俺はガキつったけど、それが嫌いってのは、」
「……解っている」
それが悔しい、と爆はふん、と鼻を鳴らした。
今、現郎はぼけっと突っ立っている。元々小道具の一環として存在している訳だが(まぁ、品物を手渡したりするが)、いよいよぼけっとしている度合いに磨きがかかっている。
理由は簡単。爆と別行動だからだ。別行動と言っても、視界には入っているのだが。
公園内の、休憩所みたいに机と椅子が並べられている場所。周りには屋台もあって、そこで適当なものを買い、食べながら友達と楽しく談笑していた。
見ているのがばれたら気まずいな、と思いながらも見ていると。
「あの〜」
独特のイントネーションの、高い声。
またか、とうんざりする気も失せる。
見れば案の定、似たり寄ったりな露出した格好の女が3人。長い爪が目障りだな、と思った。
「屋台って、いつまでやってるんですか?」
「終わったら、一緒にカラオケ行きません?」
「…………」
現郎はばりばりと頭をかいた。
彼女達から見れば、迷っていると思うだろうが、実体は「なんで俺がテメーらと一緒に行かなきゃなんねーんだよ」とか言いながら、殺気篭った目で睨むのを我慢している。前にそれをやったら、爆に凄く怒られたからだ。
「……俺、付き合ってるヤツが居るから」
えー!、と不満と好奇の声があがった。
「どんな人なんですか?」
「セクシー系?かわいい系?」
うるせーなーと思いながら、答える。
指をさして。
「あいつ」
「……………」
「爆、ぼけーとしてどうかしたか」
「貴様にだけは言われたくない。………は、ともかくとして。
何だか、オレが戻ってから微妙に客が、というか人が増えていないか?」
「さぁなー………」
と、答えた現郎は、すっとぼけて見える。
終わったら問い詰めてやろう、と決めて、盛り付けたロコモコを現郎に手渡す。
「現郎、」
と、爆が現郎に手を伸ばすと、歓声みたいなものが小さく沸き起こった。
それを聞き逃す爆ではなくて、でも理由が解らなくてただ首を捻るばかりだった。
<END>
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