珍しく、というか唐突に真がやって来た。
のだが。
「なんだ、爆は臨海学校か。事前に知っていれば、そのまま行けたのにな」
現郎の家に着くなり、真は言った。繰り返し言う。現郎の、家だ。
それなのに爆に会うつもりだ。現郎が問題にしているのは、爆が自分の所に居るのを前提にしている事だ。別に困る訳ではない。そんな事をすれば、相手が喜ぶだけだ(あるいは、爆も喜ぶかもしれないが)。
「やろうと思えば知れたんじゃないか?事前に」
「馬鹿だな。いつ会えるか解らないから、会えた時が何より愛しいんじゃないか」
そうやってしれっと言う姿を見ると、あぁ爆はやっぱりこいつの息子なんだなぁ、としみじみ思う現郎だった。
「ちょっと、ジュース買ってくる」
同室の連中にそう告げて、1階の隅にある自販機に向けて歩き出す。部屋を行ったり来たりしているのか、此処にはあまり人は居ない。最も、居られても困るが。
「………」
とりあえず、ジュースを買う。そして、窓を開ける。
便宜上、1階となっているが、此処の裏側は切り立った崖で、そこから生えた木が、遠くから見ると空中に森を作っているかのように見える。
その木に。
いつもみたいに、老いたネコみたいに凭れているのは。
「現郎」
であった。
カラリ、と窓を開ける。山からの風は、夏だというのに涼しかった。
「何をしとるんだ、貴様は」
お前に会う為に、わざわざ口実作らなきゃならんくなっただろうが、と缶ジュースを持て余す。
「んー……まぁ、なぁ………」
と、つかみどころの無さはいつも通りなのだが。
「まさか、オレの顔が見たくなったから、とでも言うつもりか?」
「…………」
これは言葉に詰ったのではなく、解りきった質問に答えるのが面倒くさいのだ。
「たかが二泊三日で、」
「………」
「明日には帰るというのに」
「それはそれ、ってヤツだな」
「1人で納得するな」
そんな風に話しながら、目はずっと現郎を見ている。
つくづく思うのだが、現郎には夜がよく似合う。
昼の太陽に照らされる彼の髪もいいのだが、夜のまるで自ら光を放っているかのように見える様の方が爆は好きだった。
現郎の服は相変わらず真っ黒で。
それと対照に薄い色彩が、夜の闇にぽっかり浮いている。幻想的な光景だ、と、思う。
「爆、」
と呼ばれた事で爆は意識を自分に戻す。
「臨海学校ってのは楽しいか?」
「まあ、そこそこにな」
でも、と続けて。
「お前が、居ないな」
「…………」
爆は室内で、現郎は窓の外の樹の上で。
何だか、逢引を禁止された仲みたいだな、とそんな事を思ってみた。
「……そんな所に居ないで、こっちに入ったらどうなんだ?」
「いやぁ、もう俺帰るわ」
「それだと、いよいよ何しに来たんだか解らんな」
キスの1つくらいでもしていけ、と言う。
それに現郎は。
「明日になりゃ帰るんだろ?」
と、返し。
「……意趣返しのつもりか?」
「事実を言っただけだぜ」
そう言う現郎は。
あ、
笑った
そのまま少しぼぅっとしてしまったらしく、次に気づいた時は現郎はもう居なかった。夜の闇が当たり前に在っただけだ。
だから、唇に残る感触が、夜風が撫でていっただけなのかそうでないのかも解らないまま。
そして、まるで現郎が居なくなるのを図ったみたいにピンクが現れた。
「あ、爆、早くしないと先生に見つかるわよ」
「解った」
少し温くなってしまったジュースを持ち、歩き出す。
その時、ねぇ爆、とピンクが呼びかける。
「何か良い事あったの?凄く嬉しそうよ」
と。
<END>
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